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あたしのさいごのブルー

あたしは彼女の名前すら知らなかった。青い透きとおった瞳を見て、ああこの子だ、と直感した。そういうものだってだれかがいっていた。


十六年前の明日。あたしの誕生日。あたしに春の美しい花の名前がつけられた日に、あたしの運命は決まってしまった。大人たちはどうしよう、どうしよう、と嘆き喚いたけれど、あたしはそれがほかのだれかに口を出されるものじゃないと、生まれたときから知っている。きっと彼女だって、そう。
絆ってそういうものよ。少し前、学校の屋上から飛び降りる直前の友人がそういっていたのを思い出した。絆ってそういうもの。少女はだれだって知っている。


「"あたしねさくらが好きなの"」
彼女は流暢な英語でそういった。金色の髪に青い目をした外国人の少女だった。
あたしは彼女の喋る英語を和訳するのに少しの時間を要したけれど、あたしの心臓は彼女の言葉の意味を瞬時に理解した。さくらが好きなの。それはこの病院のまわりに植えられている木の名前だ。それはあたしと彼女が出会ってから初めて交わした会話だった。
"あなた知ってる?桜の樹の下には死体が埋まっているのよ"。
「あ、あたしあなたの目とってもきれいだとおもう。こんなにきれいな青は初めてみた」
それは避けることのできない運命なのだけれど、あたしはとにかく、彼女をこの病院の屋上から連れ出したかった。本能とは別に、いやだ、と培った倫理観がいっていた。
「"桜は死体から血を吸って、それでピンク色に色付くんですって。とってもすてき”」
そんなわけがないのに。すてきだなんて。そんなわけがないとだれしもが理解していることなのに、それが絆だもの。
「"あたしは生まれたときからそれになりたかった。でもその前にひとめさくらをみたいとおもった"」
だから会いにきたの。それはあたしと彼女にゆるされたさいごの日だった。
「"目をそらさないで。あなたの瞳にうつることが最高のしあわせなの"」
彼女はそういって、力強く地面を蹴った。
病院の屋上。柵の向こうがわ。あたしにはゆるされない場所。そこから彼女は、文字通り空を飛んだ。
ほんの一瞬だけ空を飛んで、そうしてその悲願を達成したのだ。どのみち彼女には今日がさいごの日だ。
空は透きとおるように青かった。青い美しい瞳の彼女を包み込むように、真っ青。彼女の死体はいま、きっと桜の花びらのベッドに横たわっているのだろうけど、あたしには青しかない。その、さいごの輝きだけが、あたしを照らしていた。絆ってそういうもの。


あたしねさくらが好きなの。はじめてみたものをあんなにも堂々と好きといえるひとはきっとほかにいない。ある大人は絶望して、ある大人は人殺しになって、ある大人は金をつんだ。あたしねさくらが好きなの。あなたの瞳にうつることが最高のしあわせなの。
大人はなにもわかってない。あたしだけが、あなたのことをわかっていて、あなただけが、あたしのことをわかっている。
絆ってそういうものよ。涙は出なかった。それよりも、大人にならなければいけないことのほうがいやだった。



文字が好きで多趣味な現役女子大生が好きなものや感じたことについて書き綴ります。あと主に少女を題材に短編小説も書きます。