ある雑貨屋にて1

25歳のある日、私は職場の女性に恋をした。仕事終わりに行った、地元のスーパーでのことだった。私はその人に挨拶をすると、その人は笑顔で
「湯川くんお疲れ様。マスクしてたのに、よく私だってわかったね。」
と私の顔を下から覗き込むようにして挨拶を返してくれた。目を合わせるのが苦手な私は、少し俯きながらその人の前に立っていた。だからこそ私の顔を下から覗き込んだのだろう。そしてその人が、なんの計算もなしにしたその仕草とその時の表情で、私は恋に落ちた。いやその女性の情報を整理すると、(落ちた)よりも(堕ちた)の方が正しい表現かもしれない。なぜならばその女性は私より、20歳ほど年上の人で夫も子供もいる人だったのだから。
 スーパーでサラさんに会い、そこで恋に堕ちたからといって、翌日から距離が急に縮まったというわけでは無かった。同じ職場で住んでる場所もさほど離れているわけではないので、運命を感じるほどの出来事でもなかった。私が働いている職場は、割と地元に密着した企業で、従業員も地元の人が多かった。そのため仕事終わりにばったり会うなんて事は、よくある話だったからだ。しかし変化はあった。普段から行う毎日の挨拶の中に、そのスーパーの話題が出るようになった。
「今日冷凍食品が安いみたいよ」
「来月から商品の配置が大きく変わるみたいよ」
などの他愛もない話ではあるが、毎朝のそのやり取りができる20秒ほどの時間が、私にとっては幸せそのものだった。そしてその幸せが長く続いて欲しいと私は思った。私はその為に、2つのことをした。一つはスーパーの商品の値段と質をよく見るようになった。(あの商品の値段がいくら上がった。鮮度のいい生鮮食品は?)などの話は、一般家庭に所属している主婦ならば毎日のように気にしている話題だと思ったからだ。もう一つは、スーパーに行く回数を増やした。それはたとえ買いたいものがなくてもだ。理由は単純、また会いたかったからだ、仕事以外のあの人と。