見出し画像

バイバイ、ありがとう

「おやつの時間ですよ」
先生が、園児たちを呼んでいます。

みんな一斉に教室へと駆け込み自分の席に着くと、おやつを配る先生の顔を嬉しそうに見上げています。その中に一人、まだ空っぽの皿をしょんぼりと見ている子がいます。
ユキオは、おやつの時間があまり好きではありませんでした。

ユキオが通う保育園では、おやつを食べ終わった人から帰りの身支度をして、迎えが来るのを待ちます。だから、食べるのが遅いユキオは、いつも最後まで教室に残っていました。
今日のおやつは、ビスケットとホットミルク。それから、スルメの足が一本。

「いただきます」

先生の声に続いて、園児たちが元気に挨拶をして食べ始めます。
まずは、ビスケット。モグモグと動く口元から、ビスケットがぽろぽろと皿の上に落ちます。
それが終わるとホットミルク。カップに顔を近づけ、フーフーと湯気を吹き飛ばしながら少しずつ飲みました。
ユキオはカップの持ち手が熱くなると、いったん休んで、またカップに口をつけました。
そのころには、体の大きなケンちゃんも、元気なモトちゃんも帰りの支度をするために教室を飛び出していきます。
ユキオは、だいぶ冷めてきた残りのミルクをグイっと、一度に飲み干しました。
さて、残りはあと一つ。スルメだけ。
かんでもかんでも噛み切れない、スルメだけです。
口に入れると、いつものスルメの味がしました。

まだ帰り支度ができていないのは、ユキオだけでした。保育園の窓の外には、迎えに来た親と並んで歩く友達が見えます。

「ユキオ、バイバイ」と、飛び跳ねているのが見えました。

ユキオはスルメをかじったまま、手だけを振って返事をすると、また口をもごもごと動かしました。
何回かんでも、スルメはスルメの味がしました。

「ユキオくん、先に帰りの支度をしてから、続きを食べよっか」

先生に言われて帰りの支度をしていると、お母さんが自転車で迎えにきたのが窓から見えました。
ユキオは走って玄関に向かいます。

「ユキオくん、じゃあまた明日ね」

見送る先生に手を振り、ユキオは自転車の後ろに跨ります。
スルメをかじったままのユキオを載せて自転車が走り、いつもの橋の上で止まりました。

ユキオは自転車に跨ったまま、橋の下を覗くように身を乗り出しました。そして、かじりかけのスルメを川の中に投げ込みました。
スルメが落ちた川の水が、ポコポコ動きます。

それを見たお母さんが言います。
「ユキオ、なんて言うんだっけ?」

ユキオは、川に向かって笑顔で手を振りました。
「スルメさん、バイバイ。おさかなさん、ありがとう」

頂いたサポートは、知識の広げるために使わせてもらいます。是非、サポートよろしくお願いします。