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夏祭り

 もうすぐお祭りのシーズンがくる。わたしの住む地域とそのまわりの地域のお祭りが、秋頃まで毎月どこで行われる。季節がら梅雨を跨ぐので、田舎特有のジンクスみたいなものがある。「あそこの祭りが雨だから、うちのは晴れなんだ」とか「あの祭は、雨まつりだから」とか、わたしの子供の頃から同じことをみんな得意げに言う。
 
 昨今、何年後には消滅する都市だと言われたと思ったら、「〜の祭りが〜無形文化財」になりましたと回覧の市報が回ってきたりする。どこの地域も子供が少ないのだ。「お祭りにさんかしませんか?」と、本来は祭りの風習のない地域からも参加を促しているのは、もう何年も前からなのだが、やはり減る一方だ。子供が少ないのだから、当然、若手も少ない。祭り山車の引き手が不足している。

 これも祭りのを観光として楽しむ方々からしてみると「さみしい」と感じるのだろうが、地域の人からするとそういった片方の意見だけではなかなか難しい見方なのだ。 わたしも参加しなくなった方の人間だ。
 子供の頃は祭りが大好きだったし、その日だけは違う自分になるのがわかるほど興奮し、周りの大人との一体感に錯覚し大人びた顔をしていた。周りにも、今でも他の何物でもなく「1年は祭りのために生きている」と言い切る人達も多数いるのは知っている。しかし、大人になるにつれて、楽しいだけではないことが付いて回る。
 まずお金が一番。地域差もあるだろうが、わたしの所では祭りの一日だけの為に20万〜30万はかかると親から聞いたことがある。山車の引き手への振舞いのお酒や料理、お祝い金、子供たちへのお菓子にジュース。
 そして、酒を飲めばトイレに行きたくなる。今では安全性のため無くなった風習だが、祭りの日はどんな人にも自分の家のトイレを貸すというのが普通だった。その地域に持ち家を建てたなら、知らない酔っぱらいの対応を1日中しなければいけないのだ。
 あとは、騒音問題。祭りは朝の3時から、その日の夜中まで続く。私が子供の頃は、中学生でも希望すれば次の日の午前3時まで山車上に乗っていた。それが普通だと思っていた。お祭りの前後に仕事は休むのが当たり前で、小中学校だって休みだった。時間や季節というのは、地域で一体となって進むものだった。でも今は、そういうわけにはいかない。仕事のほうが大事な人もいるし、子供だって受験やスポーツを優先したい子だってたくさんいる。

 時代が変わったと言うしかないのかもしれない。祭りのあとに、家の風呂に浸かりながら祭り太鼓と笛の音が遠くに聴こえるほど耳鳴りがして、地震でもないのに湯船の中が揺れているように錯覚する程に“祭り漬け”の1日を強制させることはできないということだ。
 ただの夏のイベントとしてのお祭りは残るだろう。盆踊りをして、露店があって、花火があがる。でも神事としては、消えていくのかもしれない。それでも、それを止めようとは思えない。あるうちにルールを守って楽しみましょうといったところだろうか。

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