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ポエム・エッセイ

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ポエムのまとめです。わたしの頭の中は、こんな感じです。
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2023年7月の記事一覧

オセロにだって流れはある。

収納から断捨離で、それからミニマリストとコスパ。そういう感じで意識にも流行があるらしい。 そう、だから最近は「白」が劣勢らしい。黒いほうが余計なストレスがない人もいるみたい。そして、複数必要なときこそ同じ色で揃えたほうが良い。 柄がバラバラじやなくて、同じ黒いTシャツ、同じタオル、同じ箸を何本も買っておく。探す必要もないから、効率が良い。その通りだ。 元から綺麗な白にできる人はいいけど、できもしないのに「白」の意識だけを共通認識とされる世界は、ダラしないとされてきた方からす

ピンスポットを意識して。

自分はとても冷たい人間なのだろうかと度々考える。この「冷たい」というのは、当然、世間一般と比べてだ。 これは不毛な悩みなのだろうとは何となく分かっているから、なおの事、しんどい気持ちがする。 度々訪れる。 この考えにいたる出来事が、定期的に訪れる。 年齢を重ねたから、しょうが無い。そう思い、何とか乗り越えていく人になりたい。けれど、今のわたしはそうではない。その悩みの輪郭が分かる程度に調べ物をし、「こんなことは自分がすることなのだろうか?」と、この瞬間も感じている。 もし

「それ」の単位はまだ無い。

満足感は、自分のためのものか。 勝手な思い込みなのかもしれないが、そんなものは個人的な印象や感覚としてだけの存在なんだと思っていた。 だって世の中には、満足感を高めようと呼びかける声に溢れているから。 あたかも「それ」は、あなたの、そして私の気持ちひとつで素敵なものに昇華できるんだという気にさせる。 でも本当は満足感を作り出し、コントロールしている側はしっかりといる。 それも、たくさん。 意識してみる。 そうすれば、次第にコントロールできるのかもしれない。 とりあえず、

プラスイオンって、あるの?

年々熱くなるらしい地球で、生きているのか、生かされているのか分からないけれど今日も晴天だ。 この暑さを凌ぐために木陰を借りた。 この木も地球に生かされているのかと見上げる。だけど、返事がないのか、木の話す言葉が聞き取れないのか、それすら分からない。 地球に根を張り水を吸い上げるのも、日光を受け止められるように葉を広げるのも僕のためじゃないだろうけど、仮に僕の為だとしたら随分と恵まれた動物だ。多分、違うだろうけど。 たまに遠くの緑を見ると目に良いらしいし、何百年もの樹齢

皆勤賞を貰わない人生。

朝、ラジオ体操帰りなのかなと思われる親子を見る。 ああ、夏休みに入ったのかと思うと同時に、付き添いの親の多さに驚く。 ニュースで見るような事故から守れるようになのだろう。それは分かるし、ポジティブに考えれば朝から親子で過ごす仲の良い家族なのだろうから、良いことだ。 自分の子供時代を思い返すと、付き添いなんてほぼ居なかった。 体操を行う公園の近所のオジサンが一人と、町内会長のオジサンがラジオを持って来るだけ。そんな感じだった。 それにラジオ体操に行けば体操が終わってからの蟻

好きこそものの上手なれ。

電車の楽しみ方を知りたい。 田舎暮らしのクルマ社会にいると、電車に乗る機会はほぼない。学生時代に通学に使わなかったら、電車の乗り方を知らないままで歳を重ねる人もいると思う。 わたしは旅行が好きなので、旅先での移動に使うことはあるが、そんな程度だ。 ちょっとした距離を、あまり混んでいない車両で過ごす。車窓を流れる景色を何となしに見て考え事なんかをする。座ってれば運んでくれる。 このクルマとは違うリラックス時間をもっと楽しみたいのだが、具体的な方法が分からないのだ。 単に新幹

いざ、食べろと言われますと。

子供ながらに「おはぎ」には、違和感というのか特別感みたいなものを感じていた。 別に「おはぎ」が特別好きで、食べられるのが嬉しいとか、そういうのではなくて、不思議な存在だった。 大人になった今では、食べたければスーパーで買ってきて食べれば良いと、その程度の認識だけど。たしか、仙台のスーパーで有名な所があったな、そんな感じ。 でも、皆さんにとっては「おはぎ」はスイーツですか? 私には、そこがどうも収まりが悪い。 未だに変な障壁がある。 あんこ餅。はい、スイーツです。 きなこ

開けた。

珍しく空が乾いていて、喜ばしい。 日陰という場所が、一年で1番輝く時期が来た。 早朝の涼しさに思い出すのは、遠くなったいつの日かの昼寝。 蝉の声を背に受けて水遊びをし、茹でたトウモロコシを噛じる。あとは扇風機の側で、お腹にタオルケットをかけて昼寝する。 まだまだ、蝉の声は聞こえてる。 空の喉が渇いている。 失った水分は戻らないのか? でも、まだ雨は降らなくていい。 どうせ新潟には、雪が降る。 いずれは。

真っ白に、今日も傷をつける。

最近のキッチンはIHが多いのかな。 凹凸の少ないフラットなキッチン。 フローリングのお気に入りの部屋がある家を建てるなら、フラットにならした地面の上。わざわざ、デコボコの地面に家など建てない。 ボタンが色々ついていた電話だって、ツルっとフラットなスマートフォン。 朝起きたならフラットな気持ちで窓を見て、一日のはじまりをコーヒーでも飲みながら迎えたい。 それなのに、何故か夢に思い描くのは山なりに波打つような展開。 あなたは店に立ち寄る。 そこには、あなたと同じように偶

ぼくは、化け猫派。

好奇心を飼い慣らすネコがいるとしたら、そのネコはなんと呼ばれるだろうか。 優しい心の持ち主は、好奇心をどう扱うのか。みんなが自分の好奇心のままに行動したら、いや、たとえば性善説を信じているのなら、それで全てが上手くいくのだろうか。 結局は、運悪くして不幸に見舞われてしまう人もいるだろうから、そこから意義を唱える人もいるはずだ。 でも、もしも、九つ命があると言われるネコが、その九つの命を使い切るほどに好奇心のままに生きることが素敵なことだと証明してくれたのならば、ニンゲンも

それってどっち?

近所のお店。 雑貨屋というのか、古くから個人でやっている地域の何でも屋みたいなお店。入ったことはないが、ガラスの引き戸で覆われていて外から中が見えるので、散歩中に目が行く。 そのガラスの引き戸には、手作りの店の宣伝が貼ってある。 「昔ながらの物、なんでもあり」 そして、その下には平仮名でこうも書かれている。 「な い も の は な い」 えーっと、どっち? 「なんでもあるよ」ってことでいいのかな。 それとも古くからある店だから、潔く「そうはいっても」って無いものは諦

尖った鉛筆と書きやすいノート。どっちがすき?

ゴリラは、ハミングするらしい。 そして、仲間のそばで食事をとると研究者は話していた。 食事こそが争いの元である野生の世界では、異常な行為。 それでも、客観的に見ているこちらからすると、分け与えるのはやさしい行為のように感じる。 ご飯にカラオケ、キャンプ。あとは何があるだろう。 ソロ活したくなるのは動物的で、その気持ちは普通のことで。 それでも、たまには他人が活動している様子を風景として遠くから見ているのも悪くなくて。 なかにはすべての頂点に、神様になりたいなんて人もいる

静かな夜でも、日焼けはできる。

夜中だというのにフライパンでオリーブオイルを温め、チキンの皮面を押し当てる。浜辺でガヤガヤはしゃぐ海水浴客みたいな音がする。 暗い窓の外と寝室とは違い、電気をつけたキッチンは明るい。 ひとしきり遊んで日焼けしたチキンが寝そべっている。火傷しないように注意しながら、まな板の上に。 すぐにでもレモンをかけて食べてしまいたいくらい、カットするたびに抵抗してくる。その弾力に負けそうになりながらも誘惑を払いのけ、「まあまあ」と、荒熱をとる自分が誇らしい。 冷蔵庫の上に、フードロス対策

晴れの日にレインコート。

日本語として1番の発明は、「一口サイズ」じゃないかなと思う。 表す範囲の大まかさと、言葉から連想する行動とをよく言い表している。 それから、伝えやすくて聞き取りやすい言葉だ。 そして、この言葉に人々が熱狂したからこそクッキーが食べやすくなり、アイスの「ピノ」が生まれ、ついには「歌舞伎揚」まで、小さくなった。 人々の次をつまむ手が止まらなくなる。 色々とある世の中のだけど、悩みの大きさも「一口サイズ」で収まってくれると、たまに訪れてしまう悲しみも何とかできそうなのに。