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きっかけ

屈託のないナオの笑顔に、束の間の安らぎを覚えた僕は、ベンチに隣がけ会話を楽しんだ。

男って単純なものだ。

「自分には色々話せそう」

優しくそんな風に言われれば、恋はしないまでもその人のことが気になってしまうものだ。とりわけ、気持ちが整理できないような、悶々とした気分の時など、尚更だ。

「私、お母さんしかいなくて、そのお母さんも家にいないから話す人いないんだよね。」

「へえ。日中は何してるの?」

「事務のアルバイトしてる。女ばっかで、毎日ギスギスしてて、ほんとストレス溜まるの。毎日妬みと愚痴りばっかでイヤになるんだよ。」

ナオはいたずらっぽいはにかんだ笑顔で応えた。

「母子家庭で人間関係最悪で、こういう所で会うなんて、引くでしょ?」

変わらず笑顔のままで僕に投げかけてきた。

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「いや、全然。むしろ面白い出会いだなって思ってるよ。」

僕もナオ同様に笑顔で返した。そして、本心から、引いていなかった。

「ふーん。それなら良かった。」

ナオがそう呟いた所で、今日のお相手らしき方がレストラン前に到着したのが見えた。僕はベンチから立ち上がり、「じゃあ、ご案内してくるので、今日はよろしくね」と十数メートル先のお店へ向かった。

「うん」とナオが頷いたのを確認し、男性客の元へ向かい、本日の流れと料金回収を手短に済ませた。所定料金を受け取り、食事後の流れは二人で決めること、最後まで行くのは自由だが決して無理強いはしないことー以上を説明すると、特に問題ないという返事を確認した。

この日の相手は、某一部上場企業で営業本部長を務める現役バリバリのやり手サラリーマンで、自身でも会社経営に手を出している。大迫から聞いた話では、年収3000万以上はあるそうだ。

180センチを超える体躯に薄いグレーのストライプスーツをまとい、鮮やかなピンクのネクタイに白のチーフを合わせ、イケメンとは言えないが周囲から目線を集める風情を放っていた。

この増田という男は、人を見下すでもへりくだるでもなく、淡々と話す質でどこかおとなしい印象があり、女遊びをしそうにはとても見えなかったが、これまで会ってきた人種とはまた違う雰囲気があり、とても興味深かった。

予定の時間になっていたこともあり、一通りの案内を終えると「じゃあ、お願いします」と軽く頭を下げ、足早にレストランへ消えていった。

僕はナオの元へ戻り、今日の彼女の売り上げとなる5万円を手渡した。

「ありがと。どんな人だった?良い人そう?」

前のめりに確認してくるナオに「今日の方はちょっと怖い人だね」とうそぶいてみせると、「うそー、どうしよう…」と落ち込んでしまったので、急いで否定した。

「大丈夫だよ、優しそうな方だから。」

「ほんと?なら良かった!じゃあ行ってくるね~。」

ナオは笑顔で手を振りながら、増田の元へ向かっていった。

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良い子だな。

何となく彼女とはまた会いそうな予感を感じつつ、残務処理のため赤阪へ戻った。

男とも女とも、いろんな出会いがあるんだな、この仕事はー。

そんな想いを抱きつつ赤坂へ戻ると、大迫が先に戻っていた。

「お疲れ様です。」

「おう。」と短いやり取りを交わし、しばらくの間お互い無言で残り作業を進めていた。が、東田とのやり取りが頭に残っており、スパイはしないにしても、何か大迫と話をしておきたいという気持ちがあった。

「大迫さんは、今どの仕事が本業なんですか?」

不意を突かれた質問だったのか、大迫は顔を上げると眉間にしわを寄せ、一瞬怪訝な表情を見せたが、怪しがることも怒ることもせずに応えてくれた。

「全部本気だから分かんねーが、収益面では風俗だな。」

風俗、という言葉に抵抗があり、これまで心の中でも使わなかった言葉を使い、大迫はサラッと答えた。

「コンサルも儲かるけどな。コンサルは月ごとの収益、風俗はピンポイント収益だから、キャッシュフロー的に風俗の方が効率はいい。それに、コンサルの客も結局風俗に流れてくるんだよ。」

「なるほど。本当に効率的なビジネスモデルになってるんですね。」

「そういうこと。」

「ま、聞きたい事があったらいつでも聞いてくれ」と言いつつ大迫はまたPC画面に集中し始めたので、深掘りは一先ず止め、この日は先に帰ることにした。

「明日、定期報告で本社に行くんですが、何か用件ありますか?」

特に意味はなかったつもりだが、大迫には一応自身の動向を報告しておこうと思った。

「ん?あー…特にないな。社長によろしく言っといて。」

「分かりました。では、お先に失礼します。」

そして翌日、東田への定期報告のため本社を訪問した。

「おはようございます。タクさん、今日いらっしゃる日だったんですね。社長はまだ見えてないので、待たれますか?」

定時に訪問した僕を一期後輩の久保山が応対してくれ、「そうするよ」と、応接間にて一先ず待つ事にした。

その久保山が、「ちょっといいですか」と周りの目を気にするようにこっそり応接間に入ってきた。

「社長が、タクさんが会社辞めるって言ってたんですが、本当ですか?」

!?

「何の話しだ?」

続くー

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