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大物社長の教え「正解は作るもの」

大迫に連れられ会うことになった"西の大物"社長は、しばしばビジネス誌にも取り上げられており、僕も何度か見た事がある顔だった。
「山田様、今日はありがとうございます」
驚きと、じわりとくる感動を味わっている僕をさておき、大迫はいつも通り淡々と挨拶を済ませていた。
3人でロビーのソファセットに腰掛け、大迫が今日お連れする女性の"特徴"を伝えると、山田社長は満足したようなにこやかな表情を浮かべ、自身が取っている部屋番号を教えてくれた。
「ありがとうございます。それでは私が女性をエスコートしますので、お部屋でご精算をお願い致します。こちらの秘書が伺わせて頂きます」
大迫がそう述べると、僕の反応を待たずに山田社長は立ち上がり、行きましょうかー、とエレベーターへ向かった。
「タク、回収頼む。金額は伝えてあるから」
と指を3本立てた。
「ゼロは6コだからな」

そういうと、大迫も颯爽とその場を後にし、本日の女性を迎えに行った。
ゼロが6コって…え…
驚きを処理しきれず、頭の整理をする間も無く、それでもエレベーターのボタンを押して立つ山田社長を待たせる訳には行かずに小走りで追いかけた。きっと、「目が点」というのはこの時の僕の表情を言うのだろう。
これまで対応してきた相場から一気に上がっていて、何度も聞き間違いかと思っていた。
だが、何より"西の大物"社長とエレベーターで2人だけになるのは、何より貴重な瞬間だった。「ビジネス雑誌やテレビ番組に出てくるような経営者に、いつか会ってみたいー」
何となく思っていたが、こんな形で叶うとは…
事前に分かっていれば、不躾ながら色々聞いてみたいと思う事を沢山用意できたはずだ。
ただ、ビジネスマナーとしてお客様の素性を暴いたり晒したりするのはNGだ。もちろん、僕らに提示される"山田"社長は、仮名だ。
大迫の事前ヒアリングで粗方の素性は聞くものの、本名や本業までは、向こうが言うまで聞く事はない。
ただ、建設会社の社長という事だけはオープンだったので、緊張感を抑えて質問をぶつけてみた。
「山田社長、不躾で申し訳ないのですが」
「仕事をする上で大切にされている事は何ですか?」
後から思えば、唐突で抽象的で答えにくく、失礼な話だろう。だが、この時の自分には精一杯の冷静さで押し出せた言葉だった。
「ん?」
階数ボタンの前に立つ山田社長は柔かな表情で僕の方を振り返ると、「ふふっ」と笑って前を向き直した。
そうだなー、と上を向きしばし考えている間に、目的階に到着した。
山田社長の部屋に到着するまで、2人は無言のまま廊下を突き進んだ。
社長はそのままバッグを開け、現金を取り出すと精算額の確認を始めたため、僕は「やっぱ、失礼だったな」と思い、勘定の手伝いを申し出て100万円の束を受け取った。

「目に見えるものから答えを探さないことだね」
僕に札束を渡すと、社長は呟いた。
「答えを探すのは大事なんだよ。でも、今目の前にある選択肢をチョイスするんじゃなくて、自分の求める最高の答えを考えて、作り出すんだよ」
「じゃないと、いつもライバルとの比較でしか成長を感じられないからね」
札束を数える手が全く淀みなく動きながら、穏やかに淡々と話してくれた。
「答えを、作り出す、ですか」
他の追随を許さないトップ企業を動かしている人の考えに触れ、心が動かされる感覚を覚えた。
「やはり、既存の選択肢だけで生き残っていくとは差別化に繋がらないという事ですかね」
フフッ、と笑い社長は初めて僕と目を合わせ、微笑んでくれた。
「そんな小難しくは、考えてないけどね」
僕もクスリと笑い、和やかな空気の中で札束を数え合った。(この時の社長の教えも、今思えば理解しきれてはいなかった…汗)
社長を見ていてもう一つ気付いたのが、札束を数えるのが銀行員並みにスムーズだという事だ。
「社長、数えるの早いですね…」
僕も決して遅くはないが、社長の指さばきはベテラン銀行員並みに早く、僕が1束確認を終える頃には、2束目の確認を終えていた。
「今は減ったけど、昔は現場の社員は皆現金のやり取りだったからね」
僕の確認を終えるのを待ちながら、スーペリアルームのラグジュアリーチェアにドッカと腰を掛け、脚を組みながらリラックスしながら、社長は教えてくれた。
「現場の事や基本が、何だかんだ一番大事って事だよ」
背中を倒して、目を瞑りながら話してくれた社長の一言は、僕にとって大事な言葉として響いたー…
続く

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