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二重スパイ~ビジネスの肝:情報戦

久保山が唐突に切り出した話しは、僕に小さくない衝撃を与えた。
彼は新卒で入社してから半年間、僕がトレーナーとして面倒を見てきた社員で、飛びぬけてはいないが、比較的優秀な社員だった。
半年後には僕と異なる部署になり、直接的に業務で関わる局面は少なくなっていたが、月1回は飲みにいく間柄で、良い関係性は築けていた。
だからこそ心配になって声を掛けてくれたのだろう。が、最も状況を知らないのは僕の方であった。

「社長が言ってた、っていつ?俺が辞めるっていう事だけを言ってたの?」
僕は何を確認すればよいのかまとまらないうちに、問い始めていた。

「先週、若手だけ集めた打ち合わせがあったんですが、その席で…タクさんは近々辞めることになるから、その席を誰かに埋めてもらう必要があるって。」
久保山はとても良い奴だ。とても不安そうな表情と話し振りで、本当に僕が辞めることに対して悲しそうにしてくれる。
もしこれが彼の演技なら、喜んで騙されよう。一先ず、無駄に不安を与えるべきではないし、僕も情報が必要だ。

「へぇ、東田社長はそんな言い方をしていたのか。他に何か言っていなかった?」
「えーと、驚きが先行してあまりはっきり覚えていないんですが、社長の中で今考えている新事業があって、それを後任に任せたい、と言ってました。」
「その中身は何か言ってた?」
「いえ、それはまだ言えないと言ってました。今の経営コンサルの仕事とは全然違うらしくて、社長と二人で進めるプロジェクトになるらしいです。」
「ふーん。そうなんだ。」
僕は他人事のように、興味なく見えるような反応を示した。

「一緒に会議にいた米山は、風俗じゃね?なんて冗談言ってましたけどね、あはは」
「それだ!」僕が待っていた情報だ。久保山が気にしないようトーンに気をつけて僕は聞いてみた。

「米山は、何でそんなこと言ったのかね?」
久保山は「えっ…」と何故そんな事を聞くのか、という一瞬戸惑うような表情を見せたが、特に気にも留めず話を続けてくれた。

「なんか、社長が風俗嬢らしき人と一緒にいるのを見かけたらしいですよ。他にも、明らかに相手が女の電話をしているのも何度か聞いているらしくて。まぁ成金社長あるあるじゃないですかね。あ、あと…」

矢継ぎ早で話した久保山が何か思い出したらしく、語気を強めて教えてくれた。
「タクさんが一緒に仕事してる、オオサカさんがこの1ヶ月よくこちらに見えるんですけど、社長とここでよく打ち合わせしてるんですよ。この前来た時、お茶を出した米山が『二人が風俗経営の話をしてた』って教えてくれたことがあったんですよ。」

なるほど…"オオサコ"だけどな。「そんな訳ないですよね〜」と言う久保山の言葉はスルーしながら僕なりに推理をしてみた。

東田は僕から情報が取れないから直接大迫から取ろうとしているのか。だから、自分の手駒になる者を早々に見立てて、本社で裏稼業を始めようということか。

さすが東田社長だな、と思いつつ、久保山には余計な心配は掛けられないと思い、「今ん所は辞めないから安心しな」と伝え、仕事に戻るよう促した。

東田の本意は分からない。ただ、僕自身が身の振り方をどうすべきかを決断う時期が近づいている、ということは明白だった。考えを整理しようとした所で、「や…」と右手を軽く上げて東田が応接室へ入ってきた。

僕はその場で立ち、「おはようございます」とお辞儀をした。

「今日は何かある?」
と東田から切り出してきた。

「大迫さんの仕事の件ですが、ここ数日、何度か絡ませてもらっています。」
「そうか。何か新しい情報は取れた?」
東田は少し前のめりになり、僕の顔を覗き込むように目線を向けた。

「いくつかあるんですが、社長ご自身は、彼の仕事についてどこまで把握されていらっしゃいますか?なるべく意味のある情報をお伝えしたいのですが。」

東田は僕を見つめながら、背もたれに背を戻し、しばし考えこんだ。
「こいつにはどこまで話して大丈夫だろうか?」とでも考えているのだろう。

ほんの数秒の沈黙の後、東田は口を開いた。

「大迫君のビジネスについては、何となく察しているんだよ。だから、準備が出来次第うちでも自力でやってみようと考えている。」

東田は一呼吸置き、続けた。

「ノウハウを知る人間が必要だから、その時に君の力がいるんだよ。」

姿勢を崩さずに東田は話しを続ける。

「いいかタク君、これは情報戦だ。君は大迫君から、彼のメイン事業に関する取れるだけの情報を取ってきて、僕に渡す。恐らく大迫君も、隙があればこの会社を乗っとるチャンスを窺っているだろう。」

「資金力は、中小企業とは言えこちらに分がある。うまくやれば、彼の所を買収できるかもしれないしな。」

東田はニコリともせず、彼のプランの一部を話してくれた。

東田の言う通り、情報はビジネスの肝だ。

情報戦で負けることは、ビジネスでの負けを意味する

この時、ビジネスの重要なポイントを東田から1つ教わった。

と同時に、ビジネスにおいても忘れてはいけない事があると、自分自身に言い聞かせた。

「仁義と誠実」

僕はこの2つを持って戦おう。

そして、この仕事をしていく限り、二重スパイとして生きることを決めたのだ。

続く…

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