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私は「もの隠し」のプロ

起き抜け一番にまず探さなければならないものはなんだ。

そう、眼鏡だ。

それが無ければ私は実質的に行動不能に追い込まれる。だから前日、「いつもの場所」に眼鏡が置けていると確認して眠りにつく。いつもの場所は、ベッドサイドの本棚の上。そこが定位置と決まっている。

これこそが私のルーティーンに違いなかった。

・・・

カーテンの隙間から日の光が差し込み、私の横顔を照らす。
ぼんやりとした世界の中で、確かに朝の到来を感じる。
徐々に意識が覚醒していき、やっと目が開けられる。
何気なく横を見やると、記憶上は直前、しかし実時間であれば7時間前に操作したばかりのスマホが充電コードに繋がれている。

電源をONにすると、パッとついた液晶の中にAM6:45と表示されている。
アラーム前に起きれた。まだ出発まで時間がある。今日はゆっくりできそうだ。幸先のいい朝だな。

そう思いながらベッドサイドに手を伸ばす。


空を切った。


あるはずだった感触がない。

硬い天板のしたたかさが私の爪先から伝わってくる。そこから上下左右に腕をスライドさせていく。この本棚の天板はごくごく小さい。30cm×30cm程度の小さなワーキングスペース。

端から端まで、滞りの一切ない可動域によって、「天板の上に何もないこと」が明白になる。

バカな。

昨日、確かにこの上に眼鏡を置いたのだ。なくなるはずがない。

いや、単純に下に落ちただけだろう。
我々はこの程度じゃ動揺しない。
まだ起き抜けゆえに我々の信条を忘れるところだった。

「常に冷静であれ」

そうして気だるい体を起こし、ベッドから本棚の周りを覗き見やった。何もない。少なくともベッド上から確認する限りでは何もないように見える。

いや、まて、そもそも超ド級の私の近眼では、フローリングのシミと眼鏡の区別も危うい。床のシミ一つでさえ、物体と見間違えてしまうほどだ。

だが、眼鏡をさがすための眼鏡など都合よく持ち歩いていないし、予備はない。

よって這いずる様にベッドからしな垂れて、手でペタペタペタペタと、フローリングのシミがそれぞれ質量を持っていないか、きわめて原始的な方法で模索した。

傍からみたらきっと、生まれたての貞子みたいだったと思う。
「はじめてのおつかい」ならぬ「はじめての呪いのテープ」でデビューしたばかりのリング・ザ・バースデイが始まる。ド早朝に。

上半身は床に接地するが、下半身はまだベッド上に残っている。
あれ、この体勢、今なら階段から徐々に降りてくる呪怨の加弥子もいけそうだ。もしくはエクソシストのオファーも夢ではない。

しかしそんな三大ホラー女優(?)の怪演もむなしく、床に眼鏡らしき痕跡はなかった。
すべてのシミは限りなくフラットに近いブラックだった。


…しかし慌てる時間じゃない。

もしかしたら、夜中の起き抜けに行ったトイレに置きっぱなしという説もある。洗面台だって候補の一角。

ランドルト環では計測不能な0.1以下の視力を振り絞り、眼鏡の捜索にあたる。

トイレ、なし。
トイレットペーパーの台の上、なし。
洗面台、なし。
浴槽の縁、なし。



ない。バカな。どこにもない。

まて、まて。
いやまだだ。冷静になれ私。
灯台下暗しという言葉もある。
もしかしたら私自身が目を覚ました布団の上に、そもそも最初からあったという可能性も浮上する。

そうだ。起き抜けに眼鏡をかけ、そのまま外さずに寝入ったのかもしれない。

思い至るや否や、急いで寝室に戻り布団をガサゴソした。
まるでベットメイクをするかのように、隅から隅まで手刀でアイロン掛けをする。
念入りに、きわめて念入りに行った結果。

やっぱり、何もなかった。

キレイに掛け布団が畳まれてしまった。


その瞬間に、自分の中で何かが「弾けた」


「おい!!隠れてないで出て来いよ!!!」


クローズとか東京卍リベンジャーズでしか聞かない類のセリフが口を飛び出した。それまでの丁寧な捜索とはうってかわり、嵐のごときガサ入れがはじまる。

布団をバッサァ!
机をズズズ!
ドアをバターン!
ふすまスッスッスッスッ


「どこにいんだよ!おめぇ…見つけたらただじゃおかねぇからな!」


名前の配役されていない「チンピラB」あたりが発言しそうなお決まりのセリフが飛び出す。

言っておくが、これは全部独り言だ。
温度感を示すための便宜上「!」マークを付けているが、実際には

「…オイ…カクレテナイデデテコイヨッ…」
「…ドコニインダヨー…オメェミツケタラタダジャオカネェカラナー…」

と、あまりにちっちゃすぎて掠れ掠れの発音になっています。
だって早朝だし起き抜けですもの。
お隣さんとご近所さんに大変優しい仕様です。


そうして見つからない眼鏡に対して募る焦燥感と不安とが激しい言葉に変換されていく。

「こんにゃろぉおおお!!!」


布団をバッサァ!
机をズズズ!
ドアをバターン!
ふすまスッスッスッスッ


まったく同じ行動を繰り返す。だが、ダメ!
どうしても見つからない。
かすんでぼやけた世界の中で、必死にあがく。

なぜない。
どうしていつもこうなんだろう。
どうして決まって場所に置かれていないんだ。
絶対深夜の内に足はえてどっかいってるだろう。
ピクサーかよ。
ウッディとかバズとかはちゃんと定位置に戻ってたじゃん。
元の位置戻れよ。
ちゃんとおもちゃ界の不文律守れよ。


そんないわれのない愚痴を永遠に吐き続ける。めっちゃ小声で。

あーあ、もういいや。今日はコンタクトにしよう。

本当に緊急時しか使わないワンデイを鞄から無理やり引っ張り出す。ドライアイだし、長時間継続すると翌日に響くから、最終手段。そうして鏡の前で装着する。

世界が輪郭を帯びた。

はぁ、とため息一つに時計を見る。眼鏡行方不明事件発覚からすでに40分が経過していた。朝のゆったりとした時間は突然のカチコミで無に帰した。

あ~あ、最初の10分くらいで諦めてさっさとつければよかったのにな…。
はぁ、まあいいや。もういい。忘れよう。帰ってきたら改めて探せばいいや。

そうしてバサバサにした布団を元に戻していた時のこと。
ベッドの下をたまたま覗いた。
なんか、奥の方に眼鏡が転がってた。
ワンデイのコンタクトは、装着後3分でその役割を終えた。




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