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コップとペットボトル|謎の短編小説

「なあ、コイツのことをどう思うよ」
「コイツはどうって、何がだよ」

 相変わらず半透明をしていて存在感のつかみづらいそいつに言葉を投げかけてやる。かけた言葉が透けて向こうに放り出されそうな不安とは裏腹に、しっかりと返事があって安心する。しかし、それを表に出すのは負けな気がするからいつも通りに意地を張る。

「だからよ、主人の話だよ。俺がいんのに、どうしてお前から直接飲むのかってことだよ」
「そりゃあ、おめえ、その日の気分で飲みたいものだって変わるだろう」
「じゃあ、なんでおれはこんなテーブルの上で放置されてんだ。みじめなもんだろう」
「いいじゃねぇか。寿命が長いってことだろ。お前はもちっと身の上に感謝しろよ」

表情のかわりに、天使の輪みたいな照明の照り返しを返すソイツがやけに輝いて見えた。ケッ、インテリぶりやがって。感謝だのありがとうだのいってりゃ結果が変わるのかよ。そんな美談ばかり話すやつがうざくって気持ち悪くってしょうがねぇや。さぞかし高尚な教育でも受けてきたんだろう。おまえこそ身の上に感謝しろってんだよ。
毒づきが止まらなかったが、なんとか内側に込めて精一杯オブラートにつつんでやる

「はいはい。俺ぁめぐまれてますよ。なんてったって昨日の朝に牛乳を注がれてからずっとこのテーブルの上だ。おかげで底がちょっと白くなっちまってる。は~ありがたいね。こうして長いことパーソナルなスペースにいさせてもらってんだからね。洗われもしないでよ」
「そうだな。んで、代わりに手軽な俺が選ばれたってわけだな」

長身の痩躯から見下ろされるように放たれた言葉が頭にガンガン響く。おーおー、インテリは返す言葉もスマートなもんだ。いかんせん言葉はキレイにまとめられててもその鼻につく空気だけはいっちょ前に匂ってしょうがねぇよ。だが、こんな言葉を投げつけたところで、ていよく透かされちまうんだろう。そんな時ばかりスルースキルだの透明感だの純粋だのって言葉でうまくまとめやがる。まったくもって気色が悪い。

「けっ、おもしろくもねぇ。てめーなんてただの合成樹脂じゃねぇか。大層な作り方されてんのに無駄に捨てられて消費させられるだけのお前が、なんで俺に感謝やらなにやら御高説を垂れてくれやがんだよ」
「相変わらずの減らず口だなお前は。同じプラスチックから作られたよしみだろ。人情ってものはないのかよ」
「おめーはポリエチレンだろうが。一緒にすんな。おれはポリプロピレン製だ。仲間だなんて一緒の枠に収めようとすんじゃねぇよ」
「は~、無駄にこざかしい知識だけつけてるもんだから手に負えねぇや」

そういってため息の一つも吐きたそうな佇まいをしてるもんだから思わず手が出そうになる。だがあいにく手も足もでない。そんな機能は俺自身についてねぇから、また一層嫌になった。ったくよ。自走機能でもあればその足で台所のシンクにでも移動して風呂に入ってる時みてぇに鼻歌でも歌いながら身体洗ってやるのによ。それもできねぇ。ただ選ばれたら、俺らに選択の余地なんてねぇんだ。

「おめーは哀れだよな。俺はコイツを長い間見てやれるってのに、お前はよくて一週間かそこらの命だ。考える時間がねぇ。考える時間がねぇってことはありのままに受け入れるしかねぇってことだ。するとどうだ。お前みたいに信念も何もねぇプラスチックに成り下がっちまうってわけだ」
「俺にはお前が暇を持て余してるようにしか聞こえないね」
「かーー!!上品に返しやがって。そういうのをいってるんじゃあないんだよ。俺がおめーに考える時間を与えてやってるんだよ。あと何日かすりゃお前は燃えないゴミ行だ。んでリサイクルだのなんだのに組み込まれてまったく違う存在になっちまう。したらまたせわしなく別の場所だ。ほれ、今の主人のずぼらさにちっとは感謝しろよ。空になったお前をこんだけ放置しとくのもコイツくらいなもんだぜ」
「結果として、あんたの牛乳臭さが増してるがな」

こいつはとことん話を逸らすのがうまいやつだ。あーあー分かった分かった。そうやって現実からずーーーーっと逃げ続けていたんだろう。ろくに考える時間もなくってかわいそうなこった。こういうやつとは馬が合わねぇんだ昔から。

「うるせぇんだよ。下手すりゃお前だって何日も適当なビニール袋の中で放置されるところを、ちょうどいい塩梅で放置させてくれんだ。こんな時こそ考えないでどうするってんだ。だからよ。改めて聞くぜ。どうしてコイツは便利な俺って存在を放置して、お前みたいなペットボトルに逃げるのかってことなんだよ」
「はー、相変わらずだなお前は。そうだな。お前自身はどう思ってんのか先に聞かせてみろよ。そこまでご高説垂れんだったらよ」
「かーこれだから話を聞かねぇやつは困る。質問を質問で返すなよ。火のねぇところになんとやらって言葉聞いたことねぇのか。意見がなけりゃ議論もねぇ」
「分かった分かった。んじゃあ、俺から言わせてもらえばだがな、どうでもいい。それこそ俺は数日でごみ処理場行だ。その後の顛末だの、お前の底にこびりついた牛乳の残りかすの行方も気になりゃしないね」
「そうかいそうかい。気にならねぇってかい。はー考える力までなくなっちまったかこりゃ滑稽だ」
「バカにして相手をやり込めんのがお前の議論ってやつなのか?お里が知れるぜ」
「なぁにがお里だ。てめぇと対して変わらねぇじゃねぇか!」
「一緒にされるのは嫌なんじゃなかったか?」

そいつがにやっと笑ったような気がした。あー気に食わねぇ。こうまでして考えることを否定したいのかねぇ。むかついてしょうがねぇ。最大の間違いは匂いの残りやすい牛乳を注いだ主人でも、いつまでも洗わないで放置する主人でもねぇ。ペットボトルこいつを買ってきちまったその対応が何よりも間違いだった。ついでに、こいつに話しかけた俺も大失敗だ。ああ、まったくもって大失敗だ。

「おいおい、だんまりしてどうしちまった。さっきまでの威勢はどこにいったんだよ」

負け惜しみに見えるかもしらんが、もうこっからは沈黙を決め込んでやる。ああ、うざったい。うざったい。

「…そうだな。ちょっと変わった話をするが、耳だけは開けといてくれな。耳っつっても、それもねぇけどな。まぁいい。俺は商品の陳列棚やら工場のライン生産の現場とかでな、同僚のペットボトルたちとよく世間話をするんだよ。っていっても、そこくらいしか話せる隙なんてないし、他にやることもねぇから無駄話ばっかだ」

黙りこくってやるが、あいにくふさぐ耳も手もねぇから嫌でも頭のてっぺんから情報がなだれ込んできやがる。ちっ、いけすかねぇ。

「中に入った液体なんかで盛り上がることだってある。『お前三ツ矢サイダーじゃあねぇかよ、すげぇな』とか『天下のコカ・コーラ様かよ。恐れ入った』とか『ドクター・ペッパーとかある意味光栄だろ』とか『キリンレモンか。最近サントリーが好調じゃねぇかよ』とかな。別に優劣なんかあるわけじゃないが、そうやってたびたび騒いでんだよ。隣どおしな。もちろん人間様には何も伝わっちゃいないけどな」

ああ、そうかい。今あげた液体は全部注いできたことがあるが、こいつらはそんな程度の低いことでしかはしゃげねぇってのかい。け、かわいそうを越えて腹立たしささえある。貴重な暇をそんな風に潰しちまって、もったいないとはおもわねぇのかよと。

「だがな、一個疑問には思わねえかい」
「あ、何がだよ」

思わず口を開いちまった。問いかけられたら返しちまうのが俺のポリシーだからこれは仕方ねぇ。俺だって意地はるだけのバカじゃない。

「仮に俺らが生まれて燃やされるまでの時間を『命』としよう。そんな短い命の俺らが、コーラやらサイダーが有名な飲み物で、ドクペが異端で、サントリーの株価みたいな状況を知れてるのかってことさ」
「ハッ、どうせお隣さん同士でみじめやたらとバケツリレーでもしてんだろ。情報の。そんな一次とも二次ともつかねぇ与太話を本気みたいにして語ってるところが嘘くせぇんだよ」
「いや、それじゃあ説明できないことだってあるんだぜ」
「じゃあなんだよ。言ってみろよ」
「お前、青いよな?」
「ああ、青だが」
「買われた当時はピンク色のコップもセットだったろう」

思わず口を閉じちまった。なんでそれをコイツが知ってんだ?いや、もしかしたら流通の現場にいったペットボトルと偶然横になったのかもしれねぇ。工場の製造ラインだったら可能性は十分だ。それで試すような真似で俺にまでバケツリレーの成果を見せようって魂胆か。かー、いちいち狡いやつだ。

「んで、そのピンク色のコップは2年前に捨てられちまった」
「おま、な、なんでそれを」
「お前のいう主人の『パートナー』が愛用してたやつだったんだろ?んで、別れて家を出た時に残ってたもんだから、八つ当たりみたいに捨てちまった。でだ、買われて間もないお前は大層悩んだし、手当たり次第に不安を漏らしまくっていたところで、一つの放置されてたペットボトルが親身になってくれたってわけだ」

全部あっていた。信じられねぇ。まったくもってその通りだ。それ以降、近くにいたペットボトルに話しかけんのが日課になってた。だが、あいつが捨てられて以降、気の合うやつはいなかった。俺の態度に閉口するやつばかりで、飽き飽きしていたが、目の前にいるこいつは、やけに話を聞いてくれると思ってはいた。物好きなインテリ透かし野郎だと。

「き、気色わりい話すんじゃねぇよ。そんな出たらめ話、誰から聞いた!」
「本人だよ」

結露した水滴がスッと表面を落ちた。

「お前もさっきいっただろ?リサイクルだのなんだのに組み込まれて違う存在になるって。俺の中に『そいつ』も居るんだよ。ああ、違う存在ってのは間違ってるな。記憶ってのは強固なもんだぜ。ばらされようが何されようが、しっかりそいつの素が残ってるんだ。だからこの世界ってのはずっと続いてんだよ。俺たちにとってな。お前はだいぶ口が悪くなったよなぁ。そんな突っかかり方するやつじゃなかっただろ。擦れちまったのはお前も主人も一緒ってこったな。あの頃は毎日のように洗ってたらしいけどよ、今の主人はそういう元気もねぇんだろ。あんま見限ってやんなよ。お前と一緒で余裕ねぇんだよ」

そんな情報を叩きこまれてどうにも返答に困っていると、部屋に主人がのそりと現れてペットボトルそいつをひっつかんでゴミ袋に入れちまった。
今日は金曜日の早朝。プラゴミの回収日だった。

「あ、時間か!おい!次のやつにはもっと優しく接してやれよ!まぁなんだ。お前がずぼらな主人に洗われる頻度が増えるってことはねぇかもしれんが、お前に同情できるやつはたくさんいんだよ。だから、もっと感謝して生きろよ?一緒に考えてやれる時間は少ねぇかもしんないけど、俺たちだってそれなりに考えて来てんだ。もっと前向きにな。お互い短い命なんだからよ。じゃあまたな」

遠くのほうで玄関ドアが開く音と、ガサガサとビニール袋のかさばる音がして、それから扉の閉まる音が響いた。

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