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『ネコスーツ』で滞納してた『ストレス税』を返済するお話。


初対面で人と話す時。
私は持ち前の「ネコ」を頭のてっぺんからスッポリ「被る」

社会人になってからやっと製法製造が分かってきた「ネコ」だから、ちょっとしたものになっている。一見すれば、競泳水着に使われるような強靭なラバー製で、頭どころかつま先まで包み込んで、私をいい人に魅せてくれる。


「人の第一印象」って、その後の評価やら人事やらをすっかり定めてしまうほど強力無比。
メラビアンの法則に従えば、私の55%は見た目で決められ、声の大きさとトーンで38%がまたたく間にソールドアウト。
後はどんな話をするかで残った7%が埋められて、私の全ては完成するらしかった。

これを知ってから、私は何かやらかしちゃった記者会見みたいな気持ちで対話に望むことが多くなった。

メラビアンの法則とは、コミュニケーションにおいて、言語情報が7%、聴覚情報が38%、視覚情報が55%影響するという法則です。 この法則は1971年にアメリカのアルバート・メラビアンという心理学者が提唱しました。

メラビアンの法則より


全身全霊を込めて持ってきたエピソードは、一家に一台とばかりに添えられたメラビアン・フィルターでまんまと濾されて、たった7%の残りモノになってしまうらしい。

とりあえずと湘南美容外科クリニックに駆け込んだり、お金を注ぎ込んでボイストレーニングに時間を割きたくなるのも頷ける話である。

けれども、残り7%にどうしようもなく情熱を持ってしまった人間にとっては、ひどくストレスフルなお話だ。
私は色んなお話を聞いてみたいのに、ドレスコード抜きでは門前払いな世のことわりにしぶしぶと従うしかないのだから。

そうして被ってきた「ネコスーツ」もすっかりカタチになってきた。
これが悲しいことなのか、嬉しいことなのか。少なくともまだ「やらされてる」感が抜け落ちない。生粋のめんどうくさがりなのだ。
年末調整や確定申告と同じくらい「身だしなみ文化」に疲れ果てることがある。

自分らしくで着たい服を着る時はイイ。
晴れやかで、自由で、ちょっとしたドキドキと。
家のドアから一歩でた瞬間に新世界に突入した気持ちになれる。

だけど「ネコスーツ」となると、話は別だ。

全身蒸れるし。
着圧されすぎて血の巡り止まるし。
ギチギチと動きづらいし。

そんな窮屈な思いをしながらも着ていられるのは、対価として「ストレス税」を払っているからなんだと思う。

影も形もないはずの「ストレス税」って概念だけで首を締められそうになるんだから、想像力は簡単に世界を変えてしまえるんだなぁ、とか現実逃避したくなる。
年度末の所得控除みたいに「あなたの今年のストレスは〇〇でしたので、これくらいストレス減らしてみました」って通知が届いたら素敵なのにな。

結局、健康診断の数値やらメンタルウェルネスやら瞑想から逆算することでしか分からない曖昧な存在だから、頭を悩ますだろう。

・・・

私が痛く愛用しているネコスーツも、長く関係が続くと綻びがバレる。

実はところどころ細かく破れているし、ひっくりかえせば内側はツギハギだらけでボロボロ。足元や手元もすっかり擦り切れていたり。
パッと見でわからない部分は粗末に扱っている。

だってこれメラビアン社製のオーダーメイド・スーツだもの。
「私」って人間が何者かも知られないまま排除されることを防ぐスーツ。
それ以上の価値や思い入れが私の中にない。
好きで着ているわけじゃないから。

毎回、気持ちよく着用できたら、きっと人生からバラの香りが漂うだろうな。
でもそのためには、膨大なストレス税を納めて、メンテナンスしてもらわなわないといけない。

まるでストレス社会の高額納税者。
みんな何でもないように振る舞っているけど、たまに分からなくなる。
ネコスーツのメンテナンスを「好きでやれてる」人が御茶ノ水や表参道なんかを闊歩しているのではなかろうか。
きっと彼らは生まれた瞬間にある程度「免税」されてるんだろうなって思ってしまう。

多分「ネコスーツ」ですらない。
自分の大好きな洋服や、自分の大好きなメイク、自分の大好きな体。
好きなのが当たり前であって、そこに「税」を払ってるなんて発想は露にも浮かばない気がする。

…そう考えると、私のほうが「増税」されてるのかな?
多分、私はマイノリティ側だから「増税」だとつくづく感じている。


でも、そんな「ストレス税」をちょっとだけ返済できた出来事がある。

・・・

先日、ほぼ全員が初対面のボイスチャットグループに飛び込むことになった。
うちの一人とは知り合いだったけど、他7人はまったくの見ず知らず。
SNSの些細なつながりすらない。それくらいガチの初めまして。

簡単な挨拶を済ますと、とたんに本題に入る。
それぞれの自己紹介はない。

私はごく短期間の補充要員。
ある意味で引っ越しの日雇いバイトくんみたいなポジションだから、余計な時間は極力カット。
こんな時、私の「ネコスーツ」が最大限効力を発揮する…かに思えた。

だが、始まってみると会話があんまりない。集中してる?
自分の悪癖にまかせて「ちょっとした冗談」ってジャブ打ってみたりするけど、返ってくるのは、お寺の本堂に響き渡るがごとき静寂。
つまり無反応。
こりゃいっけね!と、すぐに五体投地で謝罪したくなるが、その謝罪すらも憚られるほどの鐘をうったような静寂にただ押し黙るしかなかった。

え、わたし、死ぬほど歓迎されてなくない? 大丈夫これ?

みるみる私の脳内で課税されていく「ストレス税」に、思わず悲鳴をあげたくなる。
ご自慢の「ネコスーツ」もこのときばかりは不備を疑った。
よし、メラビアン社に訴訟を起こそう。

そんな腹づもりも虚しく、初日はあえなく終了。
私を除いた他メンバーは今日の成果を振り返っていた。
「明日もよろしくお願いします」の一言とともに、すごすごと退散。
「来てくれてありがとう」と感謝の言葉はあれど、それこそその言葉が「ネコスーツ」を身にまとっているような余所余所しい印象だった。

え、わたしなんかやっちゃいました?

と、「悪い方の異世界転生」みたい感想を述べながらも、現場猫ばりに情緒が汲み取れない表情のまま二日目に突入。

・・・

蒸れる。
居心地はハッキリ言って、ひどい。

「みんなが楽しければ、それでいい」と模範的「壁」になりたかったけれど、残念ながら私には聖人君主の素質はかけらもないと思い知らされる。

おかしい。
私は推しに対する「壁」適正がそれなりに高いはずだし、自覚もあった。

しかし、気付いた。
私が「壁」になれるのは、あくまで物理的精神的距離があるからだ。
当事者になってしまえば、私は壁じゃいられなくなってしまう。

「来世は推しの部屋の壁になりたい」と誓ったぬりかべの強靭な意思でさえ、当事者になるともうただのお豆腐。見る間に自重で崩壊するメンタリティーに成り下がっちゃう。

それもそうだ。
私が推し活を始めるキッカケは、大体がメラビアンの7%から始まってる。
自分が本当に好きな人には、ルッキズムがほとんど働かない。その人の紡ぐ言葉や紡ぐ物語に、心が惹かれる。
だから、その7%が発生しない空間は、私にとって虚無にも等しい。掘った穴を埋める作業。これなんて賽の河原?

あいかわらず、受け入れられていない空気や雰囲気をひしひし感じながら、ストレス税がつぎつぎと加算されていく。

そうして訪れた休憩時間。

限界だ。

私はスーツをバッと脱ぐことに決めた。これ以上は耐えられない。

「みなさんって、どういうご関係なんですか?!」

もうぶっちゃけた。ぶっちゃけトークしよう。
脱いだネコスーツを湘南乃風ばりにグルングルンぶん回しながら特攻した。
そうして真夏のジャンボリーしてみたところ、意外な答えが返ってくる。

「実は、この話、本邦初公開なんですけれど…」

と語りはじめた内容は、

『2、2、2、1、1、1』だという。
いや、和食の黄金ソースの作り方じゃない。

つまるところ、

「元々知り合いだった2人組が3ペア」
「誰とも知り合いじゃない個別の参加が3人」
「それが集まってこのグループになっている」

ってことだった。

なぁるほぉど?!

みんなも探り探りだったのね!


そういうことだったのかぁ!
と「あなたトトロっていうのね!」って叫んだメイちゃんばりのリアクションをきめてみせた。

もう、それからは胸なでおろしまくりである。
あのままだったら「世界から私を排除したいんでしょ!」って陰謀論に思想が傾きかけるところだった。危ない。

私以外のメンバーもその内訳を初めて聞いた様子で、思い思いに感想を述べ始めた。
心の距離って意味の「壁」が、ほろほろと崩れ去る音を聞いた。

距離が近づく。
賽の河原で子どもたちと鬼が一緒になって踊りだした気分。
一気に楽しくなったし、この時間が急に愛おしくなった。

もうここからは悪ノリHeartBeatの連続だった。
喋りたかったことを口に出した。
リアクションもぽつぽつと数を増していって、とても嬉しくなる。

そうして私は、滞納してたストレスをまとめて一括納税したのだった。


しかし、悲しいことに時間が来てしまう。
私の役割はここまでだと、別れの挨拶と、彼らの成功を祈ってそっとグループから退出した。

・・・

振り返ってみれば、ネコスーツのメンテナンスばかりに気をとられ、自ら増税していたような気がする。

確かに、メラビアンの法則は理に叶っているし、統計に裏打ちされた確かな理論なのだろう。

でも、たった7%の本邦初公開話で、私の世界は一変した。
それこそ言語情報のシェア率70%くらいまで変貌を遂げた、世紀の大革命だ。

どうやら私の肌にはことごとくメラビアン製のスーツは肌にあわないらしい。

「人間は」と全体をくるっとまとめて統括する考え方は、下手をすれば心を失いかねない。目の前のものが、すっかり見えなくなる。

たった7%の些細なエピソードでさえも、この記事みたいに4000文字くらいに書き起こせるエッセンスがたくさん含まれている。
わたしはそんな日常に潜む物語が大好きなのだ。

自分の本当に好きなもの、ひいては向かいに対話者がいるのならば。
フィルターで入念に濾された7%にこそ、人の本質が眠ると思う。

ネコスーツに税をかけるのもよいけれど、それはキッカケにすぎないなって。
キッカケばかりに気を取られて、いつの間にか重課税を行っていたと、いまさらながら気づく。

なんというか、自分の盲目さ加減に、ちょっとばかし笑えてくる。
人間って弱い。

とにかく、私のたまりにたまった「ストレス税」が少しばかり返済できた。
これからもネコスーツは着用するだろうけど、ちょっとだけ愛着がわいた。

「着やすさ」も大事だけど「脱ぎやすさ」ってのも大事なんだなって。

ネコを被ったら、いずれ脱がなきゃね。



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