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ひつじのU君。真相編

ひつじのU君襲来から早1時間が経過した。

「病める人のための休憩所」こと、私たちの待機する待合室では未だざわめきが治まらずにいる。

「これって、運営にあげたほうがいいのかしら…」

当事者の一人がそんな疑問を口にする。

実をいうと、この待合室は放任された場所ではなくしっかりと管理している運営がいる。

病める心を癒すという名目上、様々な問題を抱える人々が入り乱れることも珍しくない。だからこそ、時にコミュニケーションの軋轢を起こってしまうし、余裕のない当事者同士でケンカが始まってしまう事態も想定される。

実際にいさかいは何度も起こっている。

では、仮に意見がぶつかり合ってしまう二者がいたとして、永遠に水掛け論のまま放置するかというと、そうじゃない。

そこで干渉してくるのが運営にあたる管理者たちだ。

といっても、管理者は四六時中この待合室を監視しているわけでもない。
監視カメラの類はもちろんないし、せいぜい入退室記録程度だ。あらかじめ発行されたIDを持っている人ならば誰でも出入りは自由だが、別段細かい身分証明もいらない。ただ利用する意思だけ確認されれば、IDはポンッとあっさり手渡される。

じゃあ監視体制を敷いているわけでもなく、わりと奔放な運営側がどうやってそういった問題を検知するのか。

当事者、あるいは第三者の密告。
それを受け取ってはじめて運営は対処をします。

この待合室の利用者であれば、匿名性のメッセージ機能を使って運営に報告をあげることができる。ただし、仮にこの機能が利用されたとしても、機能を使った本人が堂々と周知しない限り、他の人間は気づけない。匿名性を公然と利用できるのもあって、待合室の中で「ほな運営に密告したろ!」と行われることはまれ

大抵は待合室の外、日常生活の中でひっそりと利用される機能。


正直なところ、U君の行動は迷惑行為と捉えられてもおかしくなかった。この場にいる人たちがたまたま優しかったからこそ、角を立てずに済んではいたが、一般的に心に余裕がない人が果たしてU君という存在を受け入れられるかは疑問。

まったりとした時間を過ごしたい人。
穏やかに会話をしたい人。
刺激から身を守りたい人。

繊細な人ほど、この待合室の利用率は高い。言ってしまえばU君のような(半分)愉快犯のような存在は極端に少ないのだ。本気で心の拠り所を求めに来たり、交流によってその人本来のあたたかな心が取り戻せると信じる人たちによって作られた、唯一無二の空間でもある。

だからこそ、調和を乱すものに対して無言の正義が執行されることも、多々ある。つまりは運営への密告がなされ、IDがはく奪される。それが意味するところは、入室禁止。

実際、運営の対応はとにかく早急。

密告がされたその内容について利用規約と照らし合わせ、違反が認められれば、直ちに被告側は入室ができなくなる。おそらく細かい事実確認や当事者への意思確認は行われない。すべて秘密裏に確認されること。

そのためある時まで開けられたはずの扉が、突然ピクリとも反応しない、といった事態に遭遇することになる。

本人からすると、急な話だ。なんの前触れもなく説明もなく、入室禁止のレッテルが張られるわけだから。しかし、この対応によって平和が守られてきたという事実もある。

だからこそ、私たちがひつじのU君を密告対象にするかどうか、おおいに悩んだ。



そうしていると、待合室の扉が再び開いた。
全員がまさかと思い振り返ると、そのまさかもまさか。

またひつじのU君がずぶぬれで突っ立っていたのだ。

「やあ、ぼくひつじのU君、よろしくね!」


機会音声みたいに同じトーン、同じ裏声、同じテンポで同じ挨拶をするひつじのU君。前回のエモい別れはなんだったんだろう。なんかいろいろ台無しである。

が、今回は簡単には空気に飲まれない。一度優しさをtakeしたならば次は君がGiveする番だ。この待合室はそういった暗黙のルールで成り立っている節があった。さぁ情報を吐け。

「えっと、U君さ。何があったの?」
「え、えっと、えっと、ぼくは、アマンダちゃんを探してるんだ」
「ううんと、アマンダちゃんが心配なのはそうなんだけど、そうじゃなくてね、きみさ、あのU君(実IDのほうを読み上げ)でしょう?」

正直、U君の中身すでにカンパしている皆さんによって「茶番は終わり」だと言わんばかりの詰問がはじまる。

特に私なんて結構部外者側の立場だったので、遠めに事の成り行きを観察することにした。U君(の中身)と話す機会は過去に2回ほどはあったが、結局彼が何者なのかとか内面についてはよく分からないままだった。

詰問されたU君はあれやこれやと、素性をばらされていく。

「わ、わわわわ、わわー、わっわっ」


「ぎょ」の代わりに「わ」しか発声できないサカナくんみたいになったU君。
もしくはテンパりすぎた時のハチワレ。

周りから集中詰問を浴びせられたU君は、またもやベンチにうなだれて真っ白な灰、っていうかひつじになった。さきほどより哀愁感は二倍くらいある。

観念して、ひつじの被り物を脱ぎ捨てたU君。

予想通り、そこにはU君(本物)の顔があった。

そうして彼は静かに語りだす。


「そこまでバレちゃってましたか。そんなに分かりやすかったかな。ハハッ


なぜか声は裏声のままだった。なんでやねんと一斉にツッコミが入ったし、U君が乾いた笑いのつもりで発声した「ハハッ」がもろにミ○キーだったので一瞬謎の緊張が走った。

そこからしばらくU君と待合室の住人のドタバタ劇場が続く。

ツッコミどころ満載かつキャラ設定がどうにも抜けないU君の解脱作業に慎重に進めていく。

「ぼくね、君たちのことが本当に大好k「いまそういうのいいから」

って感じで世界観をインターセプトしていく。

次第に正気(?)を取り戻し始めたU君から、ついに真相を聞くことができた。



昨日、この待合室に寄った時に気付いたらしいが、どうやらU君は入室禁止になっていたのだ。

ID照合をしようとしても、そのIDは存在しないとはじかれ続けて、半ばパニックを起こしたのだという。

まさに運営によるIDはく奪のソレだった。
U君は、その当事者になってしまったのだ。

そして恐ろしいことに、はく奪されたら最後、運営に連絡する権利すらも消失する。

「事実として待合室に入れない」という結果だけが残り、原因も分からなければ、検証も、確認も、何もできない。自己反省のしようもない、といった点がなかなかにシビアなのだ。

U君はこの不服を全身全霊で訴えたかったのと、知らぬ間に最期になってしまったことが心残りで、どうにか、これまで話してきた人に感謝の言葉を残したかった、と話した。

結果としてのひつじのきぐるみである。

だが、ひつじのきぐるみをかぶったくらいで入室できるものなのだろうか?

それに関して、答えは簡単。

そもそも本人確認には何かしらの電子媒体があればいい。スマホを二台持っていれば二名分登録ができる。一台の権利がはく奪されたとしても、もう一台のIDが生きていれば部屋の利用は可能なのだ。ただ、権利をはく奪されたはずの本人が入ってきてしまえば、また「密告」の魔の手にかかるのは時間の問題だから、ほとんど同じことだった。

しかし、U君は決死の覚悟でひつじのきぐるみを着こんで突撃してきた。はなから密告されても構わない、ほとんど「荒らし」に近い行為を承知の上で披露された世界観こそ、このひつじの正体だった。

そこからは地声のU君がぼやいていく。

「ぼくは、人の迷惑になるようなことをしていません。ぼくは密告されるようなことをした覚えもない。しっかり運営の提示するルールを守って、誰も傷つけるような真似もせず、日ごろから皆さんに感謝を続けてきた。なのに、どうしてこんなことになってしまったんだろうって。どうしていいか分からなくなってしまって…」

悲痛なU君の独白が響く。

「気づいたら、ひつじのきぐるみ買って着こんでました…これならイケるって」

そうはならんやろ!

なぜそこの思考回路が面白い方向にぶっ飛んだのかは気になったが、まぁ、そもそもパニックを起こした人間の行動を予測するなんてのが土台無理な話。よってこのツッコミは既定事項みたいなものなので、一旦置いておく。

U君のもはや純粋ともいえる誠実さはひしひしと伝わってきていた。

彼は正真正銘、ただただ純粋であった。
彼は、自分の意見が正義であり善行であり道徳であり倫理の話をしていた。
その主張を曲げなかったし、何度も何度も同じ話と理想の世界を待合室の中でリピートし続けていた。

「どうして優しさだけで世界は循環しないんでしょうか。ぼくは何か間違ったことをしましたか。ほんとなんでだろう。心配事の9割は起こらないって本で書いてあったのに、1割ひいたんだけど、ぼく」

ちょいちょいワードセンスが光るひつじを尻目に、その冷めやらぬ熱狂を周りは真摯に受け止めていた。

「いまなら、密告するような人もいないし、こうやってU君のことをみんな受け入れてるよ。だから、普通にお話して大丈夫」

まわりもそんな優しい言葉を後押すように「そうだそうだ~」と持ち上げていた。まさに優しさで循環する世界を実現しようと、U君ムード一色の様相を呈している。

「みんな…ありがとう。うん、ぼく、負けない! がんばるよ!」

それからU君のプライベートな話が始まる。
みんな受け入れた。
みんな話を聞いた。
みんなが彼の存在を受け入れていた。

U君は燃焼しきったような笑みを浮かべ、また被り物をかぶると

「またね!」

といって土砂降りの中を駆け出して行った。

温かい世界を守ろうとした人々の笑顔が、そこに残っていた。

それからも、U君は監視の目をくぐっては待合室を利用している。
あの、独特の甲高い裏声で、今日も今日とて「ぼく、U君!よろしくね!」と和平の握手を結んでいるのだろう。

U君は言う。

「近々また追い出されると思うけれど、それまでよろしくね!」





ここからは私の独白。
U君にはもちろん、待合室の誰にも伝えていない本心の話。

事実として、U君は

「運営のルールに抵触する何かについて密告をされてしまった」
「IDをはく奪されたが、ルールの穴をついて強引に再加入している」
「今は規約違反を自覚している上で活動している」

では、そこから浮かび上がってくるものはといえば、

「U君にとっての『自分(の理想とする世界)』が『正当』であると証明する」という意思だけ。


U君は、自分の話を誰かに聞いてもらいたかっただけなのだと思う。
そして、それ以外のことには一切興味がないのだろうとも思う。
彼は自分の正義を、みんなに信じてもらいたかったのだと思う。

声を大きくしただけ。もっと響かせようとしただけ。
大声を張り上げて、ぼくはここにいる、と証明したかった。

その声にかき消された誰かのSOSも
ずっと無言で偲ぶ人も
慣れない密告をした小さな勇気も
他の価値観の在り方も
尊重される「べき」で覆い隠されてしまったエゴも

U君には、気付けない。

私はU君になんて声を掛けたらよかったのか、ずっと考えている。
たぶん、正解なんてでないし、そもそも私は喋るのが苦手だ。

U君から意見を聞かれた時も答えようと頑張ったけど、結局「まわりの優しさ」によって、私自身の考えを最後まで言うことはなかった。


正直な話、U君が正義だと思うことを貫けばいい。
「貫く」んだから、たまに人の心を穿っちゃうことだってあるよ。
そうして報復をされたとして、君は抗うと思う。
抗って抗って、君の正義をみんなが分かってくれるまで、繰り返すつもりなんでしょう。

それが、君のいうところの「優しさが循環する理想的な世界」の実現に必要なことなんでしょう?


私は意地が悪いから、ハッキリ言っちゃうよ。

それって優しさなんかじゃない。

「怒りや憎しみが循環する世界」だよ。

君は、戦う選択をした。
剣を置かずに、握りしめている。

闘うことを選ぶ、それ自体はいい。

でも「優しさのため」だと言いながら剣を振りおろし続ける姿は、みていられないものがある。

でも、本人には伝えない。
ただ、ここに記述するだけ。
私は、ここに剣を閉じておく。
私は、そういう選択をする。


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