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記憶に宿った後悔と、真夜中のワンマンステージ

いつだったか、君は歌うことが苦手だと言った。

いつだったか、君は自分の声が嫌いだと語った。

いつだったか、君は「私の声を好きになる人なんていない」と笑った。


どうして、今になって君のことを思い出すのだろう。


・・・


安酒だけはたんまりと運ばれてくる飲み屋の一角で飛び交ったアニメの話題に、なんとなく感化された。飲み屋の席でたまたま一緒になった男性が、とにかく饒舌に語っていた。
どうにも仕事のストレスを解消するのに受動的だが刺激的な時間を求めた結果、アニメ鑑賞にたどり着いたらしい。

そんな話を酒にツマミにと聞いていると、彼に勧められそうな作品が脳内ストレージに次々浮かび上がってくる。私も、たいがいアニメは大好きだった。あまり表にはださないけど。
男性の趣味嗜好をよく確認したうえで、これだ、と言える作品をピックアップして投げつけた。彼は、面白そうですね、といって視聴を検討した様子だった。


そこからの話は、アルコールで順調に浸されたおかげか、よく覚えていない。


帰路につき、記憶もあいまいなまま家の玄関をくぐる。靴も揃えず脱ぎ散らかし、アルコールと餃子のにおいが染みついたブラウスを放り投げる。一人分の住居にしてはやけに長すぎる廊下をずんずんと千鳥足で進み、麻酔針で狙撃された毛利小五郎みたいな勢いでデスクチェアに倒れ込む。

目の前のパソコンに何気なく電源を入れて、ブックマークからアマゾンプライムのサイトを開いた。そうして、今日、自分が人に熱弁したアニメ作品を検索し、そのまま一話の視聴を始めた。

夜が更けていく。歌うAIを題材にしたこの作品は、本当に面白い。
そう、ただ純粋に面白いと思って進めた。

でも、途中で気づいた。

これは、あの子が大好きな作品だった。


・・・


一糸まとわぬ姿のまま、ベッドで語り合っていた。
横並びで天井を見上げて、ただただ思うがままに口を動かしていた。
会話だったのだろうか。たぶん、ちゃんと会話をしていた。
私たちは、夜の更けたベッドの中で情事に及んだあとでしか、素直に話すことができなかった。しかし、それが至福の時間でもあった。

心の中のわだかまりも、恥ずかしさも、無駄にけばだったプライドもすべて衣服と一緒に脱ぎ捨てて、心行くままに言の葉遊びに浸っていた。

普段は寡黙なあの子が、誠実で現実主義の仮面をかぶっていた彼女が、純朴な少女のように突拍子もないことをいう。
それがどれも面白くて、ただ耳を澄まして聞いていた。話の続きをうながすと、めったに笑わない彼女の甲高い声が部屋に響いて、ますます嬉しかった。

何のキッカケだったか、歌を歌うことについて話した。

絶対に人前で歌わない。歌ったことがないと話したその子は、いつもふにゃふにゃとした調子で鼻歌まじりに言葉をなぞるくらいしかしない。
音階も音程も、ぐちゃぐちゃで、おふざけのようにしか聞こえなかった。

彼女の声はよく澄んでいた。歌わない理由は、きっと音痴なのかもしれないからだと、普段の様子から思っていた。

一度、本当に好きな曲は何か聞いた。

彼女も私も大好きな、アニメ作品の主題歌を口にした。
これだけなら、唯一歌えるかもしれない。歌わないけれど。と、ころころと鈴のように笑った。

夜が更けていく中、会話のような何かが続いていく。調子にのって私も歌ったりしてみた。歌わない彼女をしり目に、私はどうどうと気持ちよく、でもお隣さんの迷惑にならないように歌ってやった。


それから、何の前触れもなく、彼女は歌った。


美しかった。


透明感のある声が、まっくらな夜の帳が降りた部屋に響いた。
音痴なんてとんでもない。その声は完璧。

なぜ、人前で歌わなかったのか、疑問に思った。この声があれば、もっと歌うことを好きになれるはずだと思った。もっと胸を張れる。歌いたいという思いを押さえつける必要なんてないと。

彼女は言った。

人前でなんて、絶対歌わないよ。




じゃあ、どうして、私の前で歌ってくれたのだろう。


答えは分からないまま、彼女と別れて久しい。


・・・


作品を見ながら、ボロボロと泣いた。
なんて私はバカなんだろうか。
どうして、作品を愛したように、あの子のことを愛してあげられなかったのだろう。
わかちあってあげられなかったのだろう。

都合よく解釈しているのは分かってる。
彼女が歌声を披露したのは、きっと私にだけじゃない。
彼女に関わったあまたの人がその歌声に魅了され、そして独占したくなった。
ゆえに、彼女の歌声の噂は、門外不出になっただけかもしれない。

最後は喧嘩別れだった。

いったん服を身にまとってしまえば、私たちは徹底的に合わなかった。
話す言葉はどれもお互いの胸を深く突き刺し、取る行動ひとつひとつにお互い目を細めた。


だから、いまになって、とっくに遅いとは知りつつも、彼女の好きな作品をじっくりと観た。

彼女のことを思い出すなんて、まったく予想だにしていなかった。
ずっと記憶の奥のほうに封印したままで、思い出されることなんてなかったのに。

なんとなく、これがトラウマなんだと分かった。
無意識の罪の意識が、私の頭の片隅にずっと巣くっていた。
あるいは後悔か、生きる意味を奪うのに十分な理由なのか。


素直に、言葉を伝えられたのなら。

君が自分の声を大嫌いだったとして、それでかまわない。しょうがない。

でも、私は大好きだったよ。

聞いていたかった。

あのベッドの上だけのステージで、ずっと、ずっと。



ちなみに作中のアニメはこの作品です✨
大好き。




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