🏫『スタースクールマネジメント』｜寝不足で観ちゃった夢の小説｜（夢小説ではないよ！）

これから綴っていくは、人類がこの世で最も興味がないとされる「三大どうでもいい話」の一角、「夢」のお話。

どうでもよさに関しては比肩するものがない最上級の虚無です。かの手塚おさむ先生も夢オチと爆発オチだけは漫画界のタブーとして永久に封をするべく金言をうったほど。

でも書いちゃう。なぜなら書かないと気が済まないからだ！
というか夢にしては、だいぶ教示的な内容だったので、なんか書いてみたら得られるものがあるんじゃないかな～なんて。
とにかく、書いてみなければ始まない。

ほらほら、こうやって前書きを書いている間にも夢の記憶が薄れていっちゃうよ。まほろばすぎて、保持できないし、反復することもできない夢の忘却速度は異常なのだ。さぁさぁ、書きたまえよ。

一説には夢日記を続けることで神経症になっちゃうよ、なんてエビデンスもあるらしいが、一日だけなら平気だって。

せっかくなので、小説風にしてみました。

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スタースクールマネジメント

1.『スター』、はじめました。

学園都市と命名したほうがよさそうな規模を誇り、生徒数も尋常でない、とにかく巨大な学校がある。

僕は、その学校に在籍する、うだつのあがらない生徒。

いや、僕自身がそう思っているだけで、他者からの評価は、どうもそうではないらしい。

今、突如として目の前に現れた女から、だいぶ奇怪な提案をされているからだ。

「きみ、スターになってみない？
　君ならできる。
　素質がある。
　そして、私なら君をスターにできる。
　てっぺんまで、のし上げてあげる」

快活な口調で述べてきた女に視界が奪われる。
元が悪くないのに派手目の化粧。こんがりと焼けた肌はアウトドア気質ゆえか。スポーティーな体躯にグレーのスーツとパンプスと、晴れ舞台にやってきたオリンピック選手のような出で立ち。

そんな女から急にこうして声を掛けられているのだ。といっても、彼女のことは知っている。校内でもかなりの有名人。

文化祭オールスター実行委員長のプロデューサーこと西野明美は、どんな人間でも学区内の人気者にしてしまうスターメイカーなのだ。

存在感の一切なかった日陰者を集め、劇団を発足したり、見てくれは良いけど、どこか冴えない四人組をアイドルグループに仕立て上げたり、やる気のないチアリーディング部を校内男子のモチベーションそのものにしてしまったり、ひょろがりなやせっぽっちな男子生徒をコンテスト受賞レベルの拍のつくボディビルダーに変化させてしまったり。

彼女の手にかかれば、どんな凡人も一躍トキの人になる。もちろん、校内限定の話だけれど。

そんな彼女の持つ、スター量産の矜持が「私にかかればどんな人だって輝ける」的なスローガンを元にした活動であるなら、私自身の宣伝効果は薄いと思う。だから思ったことが、思わず口から出てしまう。

「僕に目をつけてくれるのは嬉しいけれど、僕は見ての通りだよ。劇的な変化って点ではインパクトが薄いんじゃないかな」

西野さんは一瞬ムッとした顔になるも、顎に手を当てながら僕の全身を舐めるように見てくる。

「…まぁ、たしかに、あなたは元からビジュアルがすごくイイ。黙ってさえいれば女子は皆揃ってほめたたえるし、見惚れている子だっている。…声も素敵ね。中性的で、か細くて。あなたのことをよく知らない人があなたを見たら、スターだって勘違いしてもおかしくない。
――でも、実際は教室の机にマネキンを置いて一日中フルウィッグをいじったり、小さいサビれたヴィンテージグッズをピカピカになるまで磨き上げたりしては、職員室に呼び出され続けてる。で、性懲りもなく翌日には金髪に染めてきたり、別の学校の制服を着てきたりする。ハッキリいって、そうとうな電波ね。誰もかれも、あなたに進んで話しかけないようとはしない。でも、あなたからは積極的に話しかけにいく。だから話しかけられた相手は戸惑った末に、話を早く切り上げようとする。それがまたあなたの孤独感を強めているのだろうけど、私からすれば、あなたはとんでもないスター性の塊よ。だから、こうしてあなたに提案してる。珍しいでしょ」

「なんともいえない解説をありがとう。まぁ、確かに話しかけられるのは久しぶりだなぁ。みんな謙虚だからなぁ。嬉しいようで悲しいようで、やっぱり嬉しいがちょっと強いかな」

おおよその僕の特徴は西野さんの語った通りだ。孤高なように見えるが、実際は独りぼっち。僕の普段考えていることが、世間ならぬ学内一般には当てはまらないのも、傍から見て奇怪な行動になってしまっていることも重々承知。恵まれたビジュアルがなかったら、もっと悲惨な学校生活を送っていることだろう。

ちなみに、なんて学校かって？

これは夢だからそんなことわかるわけないじゃないか。
夢っていうのはいい加減で、丁寧に学校名やらキャラクターに名前など与えてはくれないのだよ。ちなみに西野明美という名前だって起きてから付けた西野明美（仮）だ。彼女の素性も名前も何もわかりゃしない。調べようにも、同じ夢にたどり着ける可能性なんて1mmたりともないから、この（仮）は現在では、完璧な真実として扱わなければならない。タイヘン身勝手な話なのだ。

「でも、残念。分かりきった結果に向かって熱心にやれるほど、僕はできた人じゃあないんだよ。他をあたったほうがいいよ。僕よりもうだつが上がらなくて、でもメラメラ情熱を燃やしてる人はたくさんいるだろう。」

「それじゃあ、今までに私がアイドルだったり校内の有名人に仕立ててきた人を知ってるのね」

「もちろん。なんだっけかなぁ。『劇団ターザン』はすごくよかったよ。野生児みたいな連中を集めてさ、舞台セットのこだわったステージで豪快に演技させるんだ。みんな動きのダイナミックさに気をとられて彼らの貧相でだらしない体自体に興味がなくなる。12人だっけ？みんな日陰者特有のオーラを出していて、よくこれだけの人をまとめ上げたなぁなんて思うよ。」

「あら、知っているのね。じゃああのステージの舞台も、彼らが作ったものって聞いたら驚くかしら？それに、彼らの身体だって、もっとひどいものだったのよ。貧相からダルダルなお腹まで、見れるところまでしぼりあげたのは、私の言葉あってこそ。もちろん、強制なんてしない。彼らが自分からしたくなるよう、マネジメントするのが私の役目なの。私にはそういう力があるのよ」

「なるほどな。じゃあ僕もこのまま君と話しているとターザンに入れられてしまうというわけだな」

「ええ、その通りよ」西野さんが不敵に微笑む。
「君には劇団ターザンに入ってもらうのよ」

さすがの僕もうろたえた。いや、うろたえるどころか軽蔑の表情を作ってしまった。あの野生児を集めたような環境に僕をほおると言うのか？ライオンの檻に入れられたウサギにでもするつもりなのか。そんなことをやって何になるのだろう。

「ターザンに？冗談を言わないでくれ。僕には演劇のノウハウもないド素人だし、第一あの中じゃあ浮きすぎるだろう。僕が浮くのは日常生活だけで結構さ。君も早く帰ってぬいぐるみの、なんだっけかな椿塚ヤーくんにでも慰めてもらうといいだろう」

「？！　あなたなんでソレを知って…！んんッ、まぁそれはいいわ。あのターザンだって、みんなズブの素人から始まっているのよ。君はね、その中でもひときわ輝く特別ゲストになるの。生まれついてのスターは、作り物のどんなイミテーションよりも存在感を放つものなのよ。君だって日常生活で浮いてるなんて自分では思ってるけど、実際はオーラで気圧されてるだけなのよ」

「嬉しいおべっかを言ってくれるじゃないか。あいにく、僕は僕のしたいことをやっているだけで人が避けていくから、まったく悲しいばかりだよ。こんなオーラなら捨てたいくらいだね」

「いいえ、存分に活かすべきだわ。君はそうやって避けられたとしても、辞めずにやり続けているじゃない。奇怪な行動を」

「奇怪かどうかは僕自身には分からないから、なんともね。ぼくはみんなと同じように興味を持っていることに貪欲なだけなんだがな。君と同じでね」

「あら、そうよ。私も貪欲なの。だから断言してあげる。君はターザンに入るわ。だって、もう気持ちは前のめりになっているでしょう」

「ふむ、確かに面白そうではあるよ。あそこに入れたらどんな化学反応が起こるんだろうなって。でも、何日も訓練してやっとだろう？そこまで僕は気長じゃないってのがなぁ」

「いいえ、すぐにでも、君は舞台に立てる。それは君のスター性がなせる業。さあ、私が教えてあげる。嫌でもね」

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2.『劇団ターザン』

その舞台はもはや自然そのものだった。

シダ植物のような造形のサンプルたちが壁を無数に這っている。床には移植された自然そのものかのような密度のセット。縦横無尽に敷き詰められて、役者が移動できる通路、というより、ただの獣道かと見間違うほどの鬱蒼ぶり。人工物だというのに自然の香りまで漂ってきそうなリアリティだった。

左右の林の間には、驚くべきことに『川』が流れている。それも澄んだ水ではなく、アマゾン川とかナイル川とかを彷彿とさせる泥色だ。手製のビニールプールを変形させて舞台下でループさせていて、川の流れまで再現している。背景には、繊細な大自然のイラストがプリントアウトされた垂れ幕がピンと張りめぐられている。その解像度も恐ろしいもので、肉眼で近づいてみても特有のジャギジャギ感がなく高精細。客席からは本物のパノラマ写真と勘違いされてもおかしくはなさそうだ。

一体、これだけのものをどう用意したというのか。業者に依頼するだけでもよっぽどな費用になってしまうだろうのに、一介の学内劇団に用意できるものなのだろうか。

「こ、これ、すごいでしょ。ふふふ。ぼ、僕がね、用意したんだよ。垂れ幕」

まじまじと眺めていると、後ろからいかにも根暗そうな学生が近づいてきた。不格好な眼鏡の奥に、陰湿な三日月が浮かんでいる。髪の毛もだらしなく、何も手入れしていない天然パーマで一部だけまっすぐと伸びていて、嫌なコントラストを示している。暑くもないのに額には汗が迸っていて、しきりにくすんだタオルでふき取っている。とにかく、生理的な嫌悪感を感じる男だった。不快感を表に出さずに、ひょうひょうと対応する。

「君がかい？すごいね。驚いた。これだけの作品が作れるなら引く手数多だろう。僕にこの技術を教えてもらいたいくらいだよ」

「ぐ、ふふ、それはね、できない相談だよ。こ、この技術は誰にも教える気はないし、た、ターザンでしか絶対に披露なんかしない。この為に、な、何日も籠って作業したんだ。大変だった。た、大変だったけど、ぼ、ぼくはターザンに命をかけてるんだ」

たどたどしく話す彼は、裏方としてまっとうな矜持を持っているらしい。であれば、師事は叶いそうもない。もっとも、この男の下につくのもそれはそれで耐え難いものであったから、どうでもよかった。

彼も立派な『ターザン』のメンバーらしい。しかし、こんな男が檀上にいただろうか。今までにターザンの劇は何回か目にしたが、見た記憶がない。これだけの気味の悪い男なら見ただけでピンと来るはずなんだが…おおよそ裏方に努めているのだろうか。

「じゃあ、僕が舞台にあがる時は、君のセットを傷つけないよう気をつけるよ。一応フリも覚えてきたし、セリフはないみたいだから、まぁ木偶みたいなものになっちゃうけれど、よろしくね」

そういって本来なら差し出すはずの右手を自分の腰にやってごまかす。交わすのは声だけにしよう。なんとなくこの男の手には触れたくない。

「ぼ、僕も舞台にあがってるんだ。フリさえ、しっかりやってもらえたら、ぼ、僕たちでフォローするから、あ、安心してイイ。僕らに失敗は、な、ないからね」

そうだったのか。とんと記憶にない。特殊メイクでもしていたのだろうか？とにかく、生理的な嫌悪感に反してイイ人のようだ。

にしても、西野という女には恐れ入る。彼らだって日陰者として教室の隅でジッとしているタイプの人種だったろう。それをこんな表舞台に引っ張り出して、あまつさえ矜持まで芽生えさせてしまうのだから。一種の洗脳といってもいいだろう。少し警戒しなければならないな。まぁ、僕はシンプルに飽きたら辞めるだけ。身に染みるほどの稽古も時間もかけていないのだから、ものの試しくらいの感覚でいいだろう。

開演時間が迫った旨を伝えるアナウンスが流れる。前幕に隠されている大自然のセットをかき分けながら、舞台袖にひっこむ。

舞台袖には、ほとんど半裸の男たちが待機していた。ターザンのメンバーだ。照明が落ちているから、その姿はよく見えない。だが、どうにも引き締まった身体とはいいがたい連中だ。ほんとうにこれがターザンのメンバーだというのか？特殊メイクをしている感じもない。疑問を抱いている間に、一か所に集まって円陣を組んで、オー、とかやっていた。
そこにひとり台本を丸めた女がやってくる。西野明美だ。

「今日はスペシャルゲストとして梶くんに来てもらっています。彼は、最後、舞台からワニのいる川へ身投げする役です。あとは台本通り、川の流れに身を任せながら退場してもらうので、それとなくフォローしてやってください」

淡々と語る彼女の声に、みんなが耳を傾けている。彼女の声に秘密があるのかと聞いていたが、おかしいくらいに平凡だ。彼女のどこにスター排出の秘密があるのかさっぱり分からない。さっぱり分からないが、不思議とその語りに惹きこまれるのも事実だった。

「それじゃ、今日もよろしくね！みんな」

最後に、ひときわ大きな声で激励がとぶと、ターザンの劇団員はまるで原住民になったかの如く鼓舞した。盛り上がった。熱狂した。まるで異世界に歩織り込まれた気分でボケっと突っ立っていると、各々が時に四足歩行になったり、飛んだり跳ねたりしながら舞台へと向かって行った。誰もが彼女によって催眠でもかけられたのような豹変ぶりだった。

確かにその瞬間からみな劇団ターザンのスターになった。目の錯覚か、彼らの体つきもスッカリ変わったような気がする。先ほどまで舞台袖にいた連中は誰だったのだろうか？

この舞台の流れは単純で、大自然と共に生きる民族が日照りに悩み、削れた大地によって整形されたセノーテ地下湖に贄をささげて雨を願う、というシナリオだ。

ちなみにだが、贄というのは僕自身のこと。なにやら、構造的にも皮肉めいていて笑ってしまう。僕はこの舞台に投げ入れられた試金石だ。たしかに水面に波紋を及ぼすことは出来るが、そのあとの展開は賽が投げられてみてのお楽しみ。いや、この場合、贄が投げられるのか。まぁ、いつも通り冷ややかな視線を集めて終わりだろう。大丈夫、何も期待することはないさ。

開演を告げるブザーがなった。

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3.『スター』初心者。

「梶くん、え、えっと、大丈夫！？　これ、ばんそうこう。…あ、あのね、舞台すっごくよかった…！で、でさ、えっと次に出演するのって決まってたりする？わ、わたし、また梶くんのこと見に行きたいくて、あ、え、えっと、変な意味じゃなくてね！」

劇団ターザンでのスペシャル公演を終えてから、こんな風に絡まれる機会が多くなった。今回はたまたま女生徒だったが、ヒエラルキーの上位に属していそうな男子からも「おう、すごかったぜ梶！なんか思わず見とれちまったよ…！」とか通りすがりに声を掛けられる機会も増えた。おかげで、最近は自分のやりたいことに一向に手がつかない。ジャージのあらゆる箇所に隠しポケットを縫い付けたり、あわよくば服に変形機能をもたせるための裁縫が、声を掛けられるたびに頓挫しそうになる。さっきうっかり自分の指を刺してしまい血がにじんでしまったところ、すかさず救急箱を持った女生徒が近づいてきて冒頭のセリフに続く。

こんな出来事がひっきりなしだった。たった一回の公演でここまで広がるものかと疑問は絶えなかった。西野さんにどんなマジックを使ったのか聞きにいったが「アレ校内放送でも流しといたから、多分見てない人のほうが少ないと思うわ。」とだけ言って、映像ファイルの入ったUSBを渡してきた。この時、僕の大根っぷりを学校中にばらまいたという事実が判明した。それ、常人だったら死んでるんじゃないかな？

僕は何も期待していなかった分、恥も外面もない。せいぜい公演以降の生活に変化が加わったくらいだけれど、これが成功にせよ失敗にせよ、あの女はいつか僕のような立場の人間に刺されるんじゃないか、なんて空想してしまう。

どうやら舞台のいたるところにカメラが設置されていたらしい。客席からだけでなく、真上から見下ろしたり、舞台袖の死角にも設置されていたようだ。といってもリアルタイムで放映したわけではなく、放送部が上手にカメラを切り替えながら編集した作品が、今や学校中に配布されていた。

僕の手元にもある。ずいぶんと耽美に演出してくれたものだ。僕の演目上での出番は本当に一瞬だったのだが、映像の上では陰湿にまで追いかけられていた。客席カメラから、飛び込むシーン。水中カメラから、飛び込んだ直後のシーン。舞台真上のカメラから、あおむけで浮き上がる僕のシーン。死角のカメラから、そんな僕を食べずに見守るワニ（演者）のシーン。どれもやけに強調されていた。物語の本筋は生命の神秘だったり自然の恵みや容赦のなさ、みたいなテーマだったらしいが、これでは質の悪い俳優のイメージビデオだ。こんなに僕のカット割りを出すことはないだろう。なんとなく商標のにおいを感じた。映像自体はタダだけど。

それからというものターザンにも加入希望者が増えたという話を聞いた。劇団としての興行もますます規模を拡大できるそうで、もともとスターだった劇団はさらなる飛躍をとげる機会に恵まれたのだという。一説には僕目当てという話もある。とんだ詐欺広告にでもなってしまいそうだ。でもまぁ、演劇の本質はどうあれ、戦略的には正しかったのだと思う。

しかし、セリフナシの大根役者をここまではやし立てるとは、まったく。視聴した観客たちの節穴っぷりに、ますます人の常識がなんなのか分からなくなっていく。やはり、自分の好きな事に傾倒している時間のほうが、よっぽぢマシだと思えてしまう。

救急箱を退散させた女生徒に代わって、僕の前にまたひとり、特徴的なパンプスを履いた女生徒が迫ってくる。見上げなくてもわかる。西野さんだ。

「さて、梶君、評判は上々だよ。私の目に狂いはなかったね」
「西野さん、あれじゃあ僕のイメージビデオと見間違えても仕方ないんじゃないかな？」
「ふふ、いいじゃないかイメージビデオ。君もこうして、念願だった人と話す機会に恵まれたじゃないか」
「さぁ、これが念願だったかというと分からない。みんな、僕を見た感想を僕に聞かせてくるばかりで、僕の話のターンは回ってこないし」
「君の見ている世界を邪魔したくないのさ。君には君独自の世界観を持っていてほしいって、ホンキで思っているから立ちいらないんだよ」
「そうかい？もしそうなら、嬉しくも悲しいことじゃあないか。まぁ結局何も変わってないようだね。ルッキズムが正しかった、って結論だけな気もするね」
「そういうのをみんなありがたがるのさ。君は磨かずとも光っていたダイヤの原石。スターになるべくしてなれる才能があるんだ。それを放っておくほど、私は野暮じゃないんだよ。だから、次の提案を持ってきた。ここじゃ場所が悪いから、放課後にでも私の事務所に来てくれ」

そういって名刺みたいな紙切れを渡される。バカ丁寧に印刷された彼女の肩書。裏に返すと、そこに地図と部室名が記されていた。西野さんの部室、いや、事務所の所在地だった。ここから、かなり離れている。学校のはずれもはずれだ。時間がかかりそう。

「まだ、君はスター街道を走りだしたばかりだ。やることは山積み。でも安心してくれ。君のやることは最小限だ。君の時間を奪ったりはしないよ。ちょっと借りるだけさ」

彼女は、そういって後ろ手を払いながら颯爽と出て行った。

（別にスター街道を走りだした気にもなっていないが…）

放課後はいつも直帰だから、少し面倒だと思った。まぁいい。別に放課後だろうが授業中だろうが僕は自分の好きなようにしている。以前は相応に怒られていたが、ついこないだ僕を呼び出していた教師も「いよいよ梶にもこんな日が来たんだなぁ…」とかしみじみとつぶやいていた。拍子抜けしたが、説教と同じだけの時間を奪われたので、根本的には何一つ変わっておらず不快だった。適当に聞き流して、帰りのクラスルームだけ参加し一日のカリキュラムを終える。

名刺を頼りに西野さんの事務所を訪問する。

なんてことはない。すぐについた。時間はかからない。一瞬だった。

なぜかって？

これは夢だからだ。夢には時間も何もかもご都合主義の中にまとめられてる。教室からどんなに距離が離れていようが、ブラジルにあろうが、夢ならば一瞬なのだ。過程は語られず結果だけがポンッと目の前にふってくる理不尽さがある。
いやいやちゃんと記述しろという意見にもうなずける。でも私だって夢に文句を言いたいくらいなのだ。この間に何が起こったのかとか、起承転結をあらすじでまとめてくれ～とか。文句が溢れてくる。
でも夢はなにもいってくれない。結果を見せて満足したらたちまち雲散してしまう。謎を残すだけ残して、結局実態も何もつかめない。そういうやつなのだ。夢め。ゆるさん。

事務所に入ると、西野さんが待ち構えるように仁王立ちしていた。

「来たね。梶君。じゃあ、次は、四人組のアイドルグループ。ここの五人目メンバーになってもらいます。歌も踊りも本格的だし、何よりもビジュアルが大事。だけど、君なら既に条件は達成してる。さぁ、説明するから座って」

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4.『4人組アイドルユニット』の5人目

西野さんから長々と説明を受けると、いつの間にか日が暮れていた。

時計の短針が真下を指している。まったく、厄介な案件を持ってきてくれたものだ。断ろうかと思ったが、ここまで時間を割いてしまった手前、無為にするのも勿体ない気がする。別段、僕のやりたいことといっても、どれも取るに足らないことには変わらない。それに時間が完全になくなるわけじゃない。真面目にやっている人からすれば十分にゆとりのあるスケジュール。受けない理由も別になかった。しいて言うなら面倒くさい、ってくらいだが、ここに労力を割くのも悪い気はしていない。まぁ、やるだけやってみよう、というのが、今の僕の心境だった。

様々な棟を経由しながら出口を目指す。校内案内がなければ迷路のような学校だ。今までこんなところまで来たことはなかった。大抵、さっさと校舎口からでてしまって、じっくりと見回ることなど少ない。

ルート模索している途中に、不思議な構造をたくさん見かける。どうみても必要なさそうな螺旋階段とか、吹き抜けになった第二エントランス、放送室周りの防音壁の厚さ、スロープ状になった渡り廊下。初めて見るものばかりだった。夕暮れに照らされた廊下の塩梅もいい。ノスタルジーかと思えば突然サイバーな趣にかわったネットワーク倶楽部とかが飛び込んでくる。見ていて飽きない。

そして、何よりも驚いたのが、予想以上に生徒がたくさん残っていることだ。事務所を後にして20分ほど歩き回ったが、その間にも無数の生徒とすれ違っている。なんなら声をかけられたりしている。「舞台、よかったよ！こんどウチにもきてね」とか「あれ、すげーと思った。またなんかやる時はいってくれよ」とか。知らない生徒から気軽に声を掛けられる機会なんてなかったから、どれも新鮮だった。本当に彼女の言う通りスター街道をひた走ろうとしているのだろうか。でも、これも予定調和に過ぎない気がする。「ありがとう。ところで出口はどっち？」なんてやり取りを繰り返しながら確実に出口に近づいていく。まるで海外旅行の気分だった。

彼女にスカウトされた人間は多かれ少なかれこういった道を歩むのかもしれない。その中で承認欲求が刺激され、抜けるに抜け出せなくなっていくのだろうか。劇団ターザンの団員も、劇団を始める以前よりも明らかに活き活きとしていて、己の矜持とまで誇っている人だっていた。これは果たして、毒か、薬か。

僕はどうだろうか。満たされているだろうか。しかし、やっぱりどれも予定調和な気がしていた。僕の努力ではない。これは他人の力によるものだ。担ぎ上げられているだけ。神輿に乗って踏ん反り変えれるほど、傲慢な人間じゃあない。

そうして校内の行き交う生徒に注目してみた。ランニングで基礎体力を身に着けようとしている運動部。何かを無心で制作している文化部。ああだこうだいいながら情熱的に言い合いをしているバンドマンたち。忙しそうにしながらも協力して何かしらの準備をしている実行委員会。

誰もが、汗水をたらしながら必死で打ち込んでいる。たまに笑いあったり談笑している人もいるが、時間が経てば、やがて各々のやるべきことに戻っていく。

ここには多くの生徒の、多くの時間がかけられている。努力のカタチが活動という身を宿して慌ただしく蠢いている。

ああ、きっと僕は彼らの作った神輿の上にただ乗り同然で祀られている。僕とは関係ないものもあるかもしれない。しかし、この中には劇団ターザンの作った舞台セットの一部があるかもしれないし、映像部によって作られたターザンの編集カットだって、元々蓄積してきたノウハウがなければ表現できなかったかもしれない。脚本はどうだろう。大自然の恵みについて地質調査を入念に行った歴史家のたゆまぬフィールドワークがなければ、あの脚本はこの世にない。ウロコまで細部に表現したワニの舞台衣装に、裁縫部や手芸部の何人の何時間が費やされたのだろうか。

みんな、何かを一心不乱に作っている。

偶然、僕が参加するアイドルグループの一人が目の前に現れた。

「よう、梶。西野さんから話は聞いてるぜ。下見に来てくれたのか？嬉しいぜ。まだ、本格的な話ってのはできないけど、新メンバーの件、受けてくれるんだろ？ちょっと寄ってけよ」

そういって見上げると、『アイドルユニット■■待機所』と書かれた表札が、所在を示すように突っ張っていった。いつの間にか出口でなく新しい入口に向かってしまったようだ。まったくその気はなかったが、みんなの時間に報いる気持ちが湧き上がってきていたので、「ああ、よろしくね」とか適当なことを言って、部屋へと案内された。

僕は、僕の時間を奪われたとは、せめて考えないようにした。

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5.『卒業』と『MC』

「梶……お前本当にいっちゃうのかよ…？」
「めっちゃうまくいってんじゃん僕たち…！ここで辞めるの絶対もったいないって～！まだ一緒にやりたいよ～！」
「お前なら、まだ上目指せんのに。もったいねぇよ。」
「皆さん、梶君が困っているじゃないですか。西野Ｐも初めからこのことは説明してらっしゃったんですから、笑って送り出しましょう」

五人目として在籍したアイドルグループの最終日、皆から惜しまれながら待機所で言葉を交わしていた。西野さんがドアから現れると、すぐに、うげっとした表情を浮かべる。

「うわっ、みんなしめっぽい顔しすぎ。これから物販コーナーへの顔出しもあんだから、そんな辛気臭い顔してちゃあ売れるもんも売れなくなるでしょ」
「でも～、西野さぁん、梶が最終日だって思ったらさ、悲しくなっちゃったんだってぇ～、しょうがないじゃ～ん！」
「アンタ梶より先輩でしょ！ほら本人見て見なさい。全然いつも通りって顔してる！よっぽどプロ根性座ってるじゃない」
「…いや、別に我慢してるとかじゃあないんだけどな」
「おい、梶、お前それはいくらなんでも白状じゃねぇか？俺らは本気でお前に辞めて欲しくないっていってんだよ！」
「まぁまぁ、契約ですし、梶君だって辞めたくて辞めるわけじゃないんですから、ほら、西野Ｐも言ってますし、切り替えていきましょう」
「お前はすぐ西野Ｐを出汁にすんだからよ」
「それが僕たちのお仕事ですからね。ねぇ梶くん」

わいのわいのと騒ぎ立てる彼ら。全員の尻を西野さんが叩いて部屋から追い出していく。僕だけは全員送り出した後、しばらく部屋に残っていた。西野さんが他のメンバーを見届けてから僕の様子に気付いて振り返る。

「ちょっと、梶君、物販には君のだってあるんだから、来てくれないと。それに一番込み合うんだからね君のコーナー。最終日の君の人気、舐めてると痛い目あうからね」
「まぁ、そうでしょうね。曲りなりにも僕の引退ライブでしたし」
「…まさか感傷に浸ってるなんていうんじゃないでしょうね？梶くんは、そういう人じゃないでしょう」
「まぁ、そこはおっしゃる通り。別にちょっと疲れただけだよ。あとは、急に素面に戻ったって感じかな」
「素面に？」

「ここまでシッカリした神輿になってるとは思ってなかったというか、僕自身よりも僕を支えてくれたメンバー4人だったり、西野さんだったり、ステージを彩ってくれた照明さんやスタッフなんかに還元されてしかるべき～なんて、思っちゃったんですよ。実際僕は何もしてない。西野さんから振られた仕事をこなして、操り人形みたいに過ごしてきたつもりですよ。神輿にのってるだけで、一番人気なんて、一時だけでも変な話な気がしちゃってね」

「話題性とかってのはそういうものなの。スターはね、神様に指を刺されている存在なの。どうあっても、裏方にしかなれない人は裏方にしかなれない。生まれたその時から、梶君の言う神輿に乗せられてるようなものなの。私の役割は、その神輿をしっかりと支えること。だから、君はたくさん輝いていいのよ」
「そういうものですかね。西野さんがスターを目指さないのも、その神様の指なんちゃらが理由です？」
「まぁそういうことよ。私は私自身をスターにする力がない。神様の指を強引に返させたりはできないのよ」

それから西野さんは一息ついた。溜息に近かったかもしれない。しきりに腕時計を気にしている。

「いい。梶君は操り人形って思うかもしれない。でも、君の努力してきた姿は私がちゃんとみてる。振付だって、失敗したところは何度も何度も居残って練習してたし、直帰は多かったかもしれないけど、よく番組の構成読み込んだりしてたでしょ？君の台本のト書きの多さ半端ないの知ってんだから。だから、君は神輿に乗ってるだけじゃない。いうなれば乗馬よ。はげしく揺さぶる馬から落とされないよう、梶君もすっごい頑張ったのよ。優秀なジョッキースターなのよ君は！」

「思いがけないお褒めの言葉、ありがたいね。西野さんもそのト書きしたセリフ、反復して頑張ったみたいですね」
「ちょ…？！なんでそれを…。と、とにかく、私は全力で君をスターにするの。アイドルこれが終わっても、まだ次があるから…！その時は、もちろん受けてくれるでしょ！」
「まぁ、せっかく作られた神輿をほっぽりだすのも悪いし。時間かけたものには報いたい」

つかの間、ホッと安心した顔をする西野さん。しかし、すぐに焦りの表情へと変える。その百面相ぶりに思わず笑っていると、珍しく顔を赤くした彼女から催促の言葉と手が飛んできた。

「あ、それはそうと、物販の時間押してるからね。早く！」

後日、引退後にも関わらず僕の教室に花束を持ってくる生徒は後が絶えなかった。みんな持ってきすぎて、まるで僕の机が故人を偲ぶ感じになっていたが、あえてツッコミをいれなかった。

アイドルメンバーとして数か月を共にした彼らとの交流は、いまだに続いている。彼らはアイドル家業のため、オフの日はほとんどない。しかし、たまの休みがあれば五人で適当にランチを食べたり、学生相応の休日を十分に満喫する。僕はといえばしばらくは暇していたから、簡単に予定を合わせた。

稽古が辛いだの、あの演目のあの部分の振り付けむずくね？とか、龍角散が近所のコンビニからなくなっただとか、他アイドル事務所との比較の話だとか、旧友というよりも業界人のような悩み事に共感が求められている気がする。彼らも、全力でアイドルをやっているのだ。僕も、合わせられる限りは合わせた。

僕の話したいことは、相変わらず言えなかった。これが空気というやつか？ならこの空気神輿に乗りこなすのも難しくなかった。乗り方はなんとなく身体で分かってしまっている。これが悲しいとか、嬉しいとか、楽しい以前に、なんだか神様から定められている必然性だと思えば、淡々とこなせる。逆らってもしょうがない。僕は僕でやりたいことがあるのだから、それで構わなかった。それに、次の仕事は決まっている。

西野さんが、教室に飛び込んできた。

「梶君、日韓チアリ―ディング交流会のMCをやってもらうわ！」

ぼくのスター街道は、まだ続いている。

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6.新しい『スター』

僕はランニングしている。早朝、近所の公園にたどり着くと、備え付けの雲梯うんていにぶら下がってチンニングを行う。上腕二頭筋のパンプアップを確認する。十分だ。僧帽筋もいい感じに疲労している。背中の筋肉まで十分に効かせられている。フォームは修正できた。あとはいかに崩さず自分を追い込めていけるか。既に家で何セットか行ったので、〆のランニングからの簡単なチンニングでも体が悲鳴を上げる。

今、僕が何をしているかというと、ボディビルの選手として体を鍛えているところだ。

え、日韓チアリーディングのMCじゃなかったかって？

それは既に大成功を収めた。彼女たちに密着取材したり、自分がサプライズゲストとして実際の球場に出演して観客の度肝を抜かせたり、様々な形でかかわってきた。今ではチアリーディング有識者といえば梶、みたいな宣伝文句が通用するようになった。惚れた晴れたの厄介事もあったが、西野さんがうまい具合に修正してくれて、むしろ僕のスター性を輝かせる方向性へもっていった。文〇砲もなんのそのだった。

彼女の宣言したスター街道プログラムの順番でいくと、次の使命はボディビルの入賞なのだ。別にヤーッ！と覇権を奪うつもりもないし、これ一本で食っていくわけでもない。ただ僕はスター街道をひたすらに走り続けるだけ。

スターとはいったいなんなのか。僕にはさっぱりわからない。でも、外で声を掛けられたり、ひっきりなしに贈り物が自宅に届いたり、ただいられるだけで感謝されるようになった。

この神輿は、居心地がよいのかもしれない。いや、でも、僕はこの神輿に対して興味がないのだ。スターに興味があるのは僕ではなく、西野という女であって、僕はたまたま神輿に乗っているだけ。

だからきっと、自ら望んで神輿に乗ってしまった人は不幸なのかもしれない。過度な重圧や、期待、羨望の眼差しを受けて、きっと正気ではいられない。でも、僕は僕自身に期待していない。ある日、突然神様から掴まれて荒野に放り出されようとも、僕には誰にも相手にされなかった前身がある。そこに戻ったら失われるものも多いが、自由で、どこまでも孤独にいられるあの時間の恋しさは、また別腹なのだ。

だが、作ってもらった神輿をむざむざと打ち捨てるほど非情にはなれない。僕は自分のやりたいことはやれている。絡まりまくったウィッグを片っ端から直したり、新札を刷り挙げて本物同様にしたり、衣装とか服に隠しポケットつけまくったりリバーシブルでまったく別物に切り替えられるようにして遊んでいる。

他人の作った神輿は、どれも美しい。それらを肯定するのもスターの役割なのかもしれない。

その時、一人の生徒とすれ違った。
うだつのあがらない生徒。
すらっとしていて、美しい青年だった。

いや、たぶん、この生徒は僕自身だ。
ぼくそっくりの見た目をしている。

ああ、いや、僕はすでに鍛えてしまっているから、似てはいないか。
それに劇団で培った体力や、アイドル家業で顔立ちやスタイルとか、ほとんど別物だ。正確には、昔の僕自身にそっくりだという感じか。

まちがいなく磨けば光る。
西野さんではないが、なんとなく僕にも分かった。
あちらも、僕に気が付いた。

まだ日が上がり切っていない朱の中、琥珀色の瞳が世界に混じるように輝いている。

ああ、この子はスターになる。
しかも、僕を越えるスターに。
そんな予感がするのだ。

「劇団ターザン」の劇団員が命を懸けたものを、すべてを食ってしまった僕。
それでも劇団員は、僕に感謝をしていた。
「あ、あ、ありがとう。き、君のおかげで、僕の舞台装置も、す、すごく映えた。き、きみのためにあるんじゃないかって思えるほどだった。ほ、本当にありがとう、ありがとう。また、一緒にできたら、う、嬉しいよ」

そこは嫉妬する場面ではないのか。

「アイドルユニット」の既存メンバーの人気を食ってしまった僕。
彼らのほうがずっと昔から努力していたはず。普通はプライドを刺激されるものではないのだろうか。
「お前とやれて、本当に楽しかった。まぁ、多少ファンが流れちゃったけど、お前相手なら仕方ないかって納得できちまうよ」
「ぼくは～～単純に梶君と踊れなくなるっていうのが悲しいんだよ～～！」
「悪くなかった。…また来るっつっても、簡単にはいれてやらねぇぞ。後悔すんなよ」
「君は僕にとって希望の星でした。いえ、これからもそうなのでしょう。まだまだ、精進しないとですね。ほら西野Ｐも来た事ですし、お開きですね」

そこは嫉妬する場面ではないのか。

「日韓チアリーディング」のＭＣだって、話題性は僕に集まるばかりで、どうみても不釣り合いだった。終わってみればチアリーディングは爆発的に人気が沸騰し、その道を志す人も増えた。たとえ、それが梶君に逢えるという不順な動機であったとしても、間違いなく火付け役にはなったのだろう。食ってしまった。

そこは嫉妬する場面ではないのか。

ああ、でも、分かってしまった。
この生徒の、輝かしい瞳に宿るスター性。

僕は一瞬でひれ伏した。たぶん、常人であればこの感情を処理するのに何日、何十日、何か月、何年とかかるかもしれない。でも、僕はスターとして身の程をわきまえている。この子は、本物だ。磨けば光るなんてものじゃない。もうすでに煌めいている。

ここは、嫉妬する場面ではない。

そう、神様のお告げがされたように思えた。
向かいから特徴的なパンプスを履いた生徒が、次世代のスターに声を掛ける。

「きみ、スターになってみない？
　君ならできる。
　素質がある。
　そして、私なら君をスターにできる。
　てっぺんまで、のし上げてあげる」

西野さんが、その生徒の前に立って高らかに宣言していた。
僕は、その後ろから黙ってみていた。きっと薄気味悪く、にやけていたに違いない。
それから二三やり取りをして、その生徒は彼女の事務所にくる手筈となった。取り残された僕と西野さんは、彼の背中から視線を外せないまま、ぽつりと話始める。

「…梶君、君もわかってきたでしょう？スターに出会えた瞬間が、どんなに幸福なのか」
「…ええ、すごいものですね。自分でも驚くくらい認めてしまっている。嫉妬もない。どうして誰も彼を見ないんだろう？」
「同じような景色をみたことがないと、気付けないものよ。神様の指って、みんなに見えるものじゃないの」
「ん、あれかな、西野さんも、実はてっぺんを見たことがあるのかい」
「ええ、自分に到達できるてっぺん・・・・・・・・・・・・は、もうずっと昔に。だから、今はさらのその上を見たくなって、こっちにいるの」
「僕の記憶違いじゃないなければ、自分はスターになれる素質がない、って言ってなかったかな？」
「梶くんに比べたら、って前書きがあるのよ。もちろん、あの子にも同じことを言うわ。私なんて、君やあの子に比べたら、神様の足の小指くらいしか向けられてない」
「まぁ、そういうことなんですかね」
「そういうことなのよ。…で、梶君。」
「ああ、言わんとしていることはわかりますよ」
「そう、話が早くて助かるわ。ああ、もちろん、あの子を育成する期間で、君にはボディビルの大会には入賞してもらう。普通、それから体を通常まで落とすのは大変かもしれないけど、君の性格なら結構あっさり戻ると思うわ。なにせ君はスターですもの」

それが終わったら、僕は、どこかの場面で、彼に食われるのだろう。最も可能性がありそうなのが「5人組アイドルへの6人目としての加入」あたりだろうか。その辺が丸そうだ。でも、嫉妬もない。これがスターとしての僕の限界だ。神輿に降車口がかけられた。

しかし、同時にやりたいことが増えた。僕の奇怪な手芸と同じくらい、やりたいことだ。

「西野さん、僕が彼に食われてから、やりたいことがあるんですけど、いいかな？」
「わ、自分でハッキリいうのね…。で、なにかしら？」
「僕も、スターを育ててみたいんですよ」
「！！」

まったく予期していなかったようで、西野さんの表情がゆがんだ。それから意地悪な質問を投げかける。

「でも、一つ決まっていなくてですね。西野さんの事務所で一緒にやるか、それとも別事務所を新規に立ち上げて競い合っていくか、どうしよっかなって感じなんですよね」
「うっ、梶君、君は人が悪いね…」

うぐぐと苦悶の表情を浮かべる彼女。そう、これは僕から彼女に言う初めての要求だ。彼女には、僕のスター性の前で膝を折ってもらうとしよう。

「君に、対抗馬なんて出されたらひとたまりもないの、よく分かってるでしょう…？」
「まぁ、少なくとも僕のネームバリューは使えないでしょうね」
「わかった。わかりました。梶君、あなたを私の事務所で雇わせてもらいます…！あ、あれよ、諸々済んでからよ…！今はちゃんと君自身のスター街道に集中してね」
「もちろんで。西野さんも、ちゃんとその日までにト書き、用意しといくださいよ」
「・・・・君ってやつは…！」

それから、僕は彼女の言う通りにボディビルの入賞を果たし、こまごまと活動を続けた。
例の生徒は順調にスター街道を歩み、僕の復帰したアイドルユニットの新メンバーとして招かれた。彼の引退と同時にユニットは解散。

それを契機に僕はこっそりと表舞台から姿を消すことになった。

嫉妬はなかった。

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7.『スタースクールマネジメント』

「西野社長！今回も舞台大成功でした。すごいなぁ、なんであんなにもヒットしちゃうんだろう！西野社長の慧眼にはいつも驚かされます！」
「社長はやめてっていってるでしょう。井の中の蛙の、ただのプロデューサーよ。それに、これは君の努力の成果なんだから、もっと自分を誇りなさい」
「社長は謙遜しすぎですよ～、ぼくは神輿に乗ってるだけなんですから！」

西野プロデュース事務所で行われるやり取りは、これで何度目だろうか。スタイリストやスタッフに囲まれる中、西野さんと見目麗しい一人の生徒が会話を交わしている。

「ほら、時間だからいったいった。次の舞台挨拶までもうすぐよ」
「はーい」

扉をあけて生徒は颯爽と出ていった。これから映画完成記念の記者会見がある。彼は役者として立派なスター街道を歩んでいる最中だ。送り出す背中にはスタッフたちの羨望の眼差しが鋭く突き刺さっていた。一人、西野さんを除いて。

「…梶君。そろそろその変装、解いたらどう？」

西野さんがスタイリストの一人に近づくとウィッグに手をかけて思いっきり外そうとする。しかし、取れない。地毛をつかまれたスタイリストが思いっきり悲痛な叫びをあげる。

「い、いったたたた！ちょっと西野さん、僕は本物ですよ…！いたぁ」
「あ、ご、ごめんなさい！え、これって梶君じゃないの？！」
「…その方は先週から入られたスタッフさんですよ。見慣れないからって決めつけるのはよくないと思うなぁ」

ベテランスタイリストに扮した僕はウィッグを取って、正体を現してみる。西野さんはもちろん、新規のスタイリストさんはその他スタッフが驚愕していた。誰も僕とは気づいていなかった。

「ちょ、ちょっと西野さん、ひどいですよぉ」
「そ、そっちだったのね…。え、じゃあ本物の宮部さんはどこにいったのよ…」
「今頃、旅行先でしょうね。最近いい人見つけたそうですよ」
「…いつから変わってたのよあなた達…、普通に言ってくれればいいのに…」
「それじゃあ、面白くないですからね」
「…まあいいわ。それで、営業先の様子はどうだった？」
「バッチリ確認してきましたよ。じゃあ、例によって社長室で話しましょうか」
「社長室じゃなくて私の個人部屋って言ってるでしょう！」

あれから、僕は西野さんの事務所に所属している。

僕は、彼女の取引先に潜入する。時に劇団員、時にアイドル、時にスタッフやスタイリスト。自分自身のスター経験を活かしたところ、僕はどうやら何者にでもなれたのだ。体格をまねたり、立ち居振る舞いをコピーしたり。そんなこんなで、今や商業スパイの身の上だ。「ちょっと、金銭のやりとりはないでしょう。学園内なのだから」あっと、そうだった。あくまでスパイごっこ。

スパイごっこは僕の趣味のようなものだった。多種多様なウィッグだってそうだし、名刺の偽造はお手もの。古いヴィンテージグッズをピカピカに磨き上げたり、隠しポケットを複数取り付けた衣装は汎用性が抜群。

新しくスター街道をひた走っているあの生徒をサポートをするために日夜奔走している。劇団の構成員として彼に無類の感謝を送ったり、時にアイドルメンバーとして別れを惜しんだり、ひな壇役をかって出てMCを盛り上げたり。それも新たなスターをこの目でみたいがための情動なのだ。とても充実している。

「で、社長」
「社長じゃないっていってるのに…。で、なにかしら」
「今まで僕に関わってきた人って、西野さんが見繕ってきたんでしょ。新しいスターに道を譲るの認められた人って、そんなにいるもんなんですかね」
「ああ、多分だけど、それは君の勘違いよ」
「ん、勘違い？」
「みんなね、多分認めたとは思っていない。まだスター街道をひた走っている、とみんな思ってるわ。梶くんみたいに、自分のてっぺんを把握するって簡単じゃないの。執着しちゃうと、永遠にたどり着けないものなのよ。だから、執着のない君はあっさり認められた。梶くんが初めてよ。途中であきらめて降りちゃった人はいたけど、君とはだいぶ毛色が違う。梶君は正真正銘、あなた自身の可能性を切り開いたうえで、てっぺんにたどり着いたの」
「ああ、そうなんだ。てっきりみんな悟りでも開いてるのかと」
「だったらみんな君みたいに辞めてるはずよ。彼らは分別しているだけ。目の前のスターが、お門違いだって思い込んで、みんな自分を守ろうと必死なのよ」
「はぁ、西野さんも人が悪いね」
「梶君には負けるよ」

校内で笑う二人の姿も、やがてまほろばと消ゆ。

スタースクールマネジメントとなど銘打ったが、この学校はもしかしたら「スターをマネジメントする生徒」を育成するための機関なのかもしれない。
であれば、西野と梶の両者は、立派にその役目を果たしているだろう。
まだみぬスター街道の頂上を見るべく、二人はこれからも奔走していくのである。

＝了＝

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後書き

なんじゃあこりゃぁああああああ
夢の話書こうと思っただけで17000文字超えるタワケがどこにいる。
でも、書ききれて満足。

それ以外、特に何もありません。
構成とか特になし。
所要時間は4時間ほど。
ただ楽しかったです✨