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南米小話:海の上でカード払いした話【うすくちラテンアメリカ_5分エッセイ no.4】

ベネズエラであった、嘘のような本当の話。

インフレが凄まじいベネズエラにおいては、現地通貨紙幣が凄まじい勢いで価値を失ってしまい、流通している紙幣で昼飯代など払おうと思うと、広辞苑何冊分もの札束を重ねないと払えず、そもそもそんな大量の紙幣を受け取る側も困る。そんなことが日常化していた。

ジンバブエのようなとんでもない桁数の紙幣を発行しようにも、紙がない。

ということで、ほとんどの人はデビットカードで支払いを行っていた。(おそらくこれを書いている2021年現在もそうだろう。クレジットカードは、引き落としまでのわずかな期間で貨幣価値が爆下がりしてしまうので、人気がない)

友人と一緒に首都カラカス近郊のビーチへ向かった私は、パラソルの下で楽しむ地元ベネズエラ人家族やカップルにまぎれて海水浴を楽しみつつ、昼飯には海の家で魚のフライ定食を頼んだ。支払いは場所代や飲み物代と含めて、帰るときに精算するというシステムになっていた。シンプルな塩味のフライに、コールスローサラダなどを頂き、適度にビールなど飲み、日光浴と海水浴を交互に繰り返した。

そうこうしているうちに日が暮れてきて、暗くなる前にそろそろ帰ろうか、ということになった。海の家へ行き、支払いを申し出た。

海の家の主人は、ちょっと待て、という。支払いをするのに何を待つ必要があるのか、疑問だったが、どうやら他に支払いをする客を待っているようだ。作業効率的にまとめて対応するのだろうか?

十分ほど待って、支払い客が五組ほど集まったところで、海の家の主人は集まった面々を海の方へ誘導した。砂浜には一隻のモーターボート。全員、このボートに乗るように指示される。

ボートで別の場所に行って支払いさせられるのだろうか。もしかして沖合に怖いお兄さん達が待っていて、身ぐるみを剥がされるのではないか。そんなことをわずかに考えながらボートに乗ると、ボートは少し沖へ出て、海のど真ん中で停まった。そこで主人が一言。

「さぁ、支払いを受け付けるよ」

その手には、デビットカード決済用のポータブル端末。ビーチからも結構離れた海の上、一体なぜこんなところで支払いをさせられるのか。

そのからくりは、なんとも間抜けなものだった。

まず、決済用端末は携帯電話回線に接続していなければ機能しない。そしてビーチは森に囲まれた湾の奥に位置しており、市街地からそこそこ離れている。ビーチでは街からの電波が届かず、またネットワーク回線を引いてもいないので、海に出て、湾の外の市街地からの電波が届く場所まで行き、海上で電波を拾い、そこで決済する、というのだ。

もう何が何だか、である。

ベネズエラの経済危機によるインフレが、こんなところで人々の生活に不便を押し付けている。海水浴に来ている我々は別にこれくらいの不便は我慢できるが、ここで生活している人々にとっては、たまったものではないだろう。

海の家の主人にカードを渡し、端末で決済用パスワードを入力しながら、ふと思った。端末の不具合で支払いできないことも、この国ではよくある話。ボートの上で決済が上手くいかなかった場合、どうなるのだろう。逆上した主人によって、海に蹴落とされ、魚のえさになりやしないかと、冗談みたいなシチュエーションを半ば本気で心配しながら、市街地から海を越えて届いてくる電波に、無意味な応援と祈りをささげるしかなかった。

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