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【短編小説】置いていかれた者達

『速報です! たった今ヒーロー戦隊「ドラゴンジャー」の面々が暗黒帝国軍のアジトへと突入した模様です! ……それでは続報が入るまで再び「ドラゴンジャー」のこれまでの歴史をまとめたVTRを――』


 無言でモニターを眺めていたドラゴンジャーブラックは、見慣れたドラゴンジャーの活躍シーンが流れ始める前にリモコンを押して電源を切る。
 そんな中、ガチャガチャと鍵が開く音が聞こえたかと思えば、終末とは考えられないほどコミカルな足音が近づいてきているのをブラックはいち早く察知していた。


「ーーおっはようございまーす! いやー、さっきまでこの辺りを張っていた報道陣に囲まれて参っちゃいましたよー。この前アジトを移転したばっかなのにもうバレてるってことは絶対にグリーン辺りが小金欲しさに情報をバラまいたんだと思うんですよねー。いや意外とピンクの仕業だったりするのかなー? 先月からやけにメディア露出がアイツだけ増えたなって思っていたんだうわあ!? ブラックさん!?」
「……ああ、おはようイエロー。意外と1人だと独り言が増えるタイプだったんだな。少女漫画の主人公並みの脳内会話の量だったから驚いたぞ」

 完全にアジトには誰もいないと思い込んでいたのだろう。ドラゴンジャーイエローは狼狽を隠すことができないと即座に悟ったのかワァワァと騒ぎ始める。

「いやいやいや、そんなイジっているようで無言の時間を潰すためのフォローはしなくて良いですから。そんなことより今朝方最終決戦だって言って皆さんここを発たれましたよ!?」
「……あんな連中、私が相手するまでもないだろう」
「何を寝惚けたこと言ってるんですかブラックさん!? 今日勝てば全てが終わるんですって!」
「……お前だって、まだこのアジトにいるではないか」

 図星を突かれたのか、イエローは半歩後ずさる。しかしすぐに反論の糸口は見つかったようで、自信満々に大きく前に一歩進んで反撃の狼煙を上げた。

「だってボクはそもそも情報収集が専門の非戦闘要員だし、ここから魔王を倒すヒントを割り出してみんなに伝えるのがレッドさんに与えられたボクの使命だからね!」
「そうか……」

 落ち着きを取り戻すと同時にそういえば2人きりで会話をすること自体が初めてであったことに気付いたイエローは、恐る恐るブラックの座っていたソファの対面に座る。

「……もしかしてブラックさん、足手まといだからって皆さんに置いて行かれたんですか?」
「……」

「ブラックさん、先週組織を裏切ってまで仲間になったばかりですよね。暗黒帝国軍最強の皇帝ヘル・カイザーともあろうお方がそんな体たらくで良いんですか?」
「……」

 マスクを脱ぎ、人間ではなく皇帝ヘル・カイザーとしての魔族の顔が出て来るブラック。

「あーあ、本当、嫌になっちゃいますよね。敵だった頃はあんなに強かったのに、仲間になった瞬間こんなに弱くなっちゃうなんて」
「……」

「どうしてですか? 暗黒帝国軍にいた時はあんなに強敵に感じたのに、どうして味方を裏切ってまでボクたちドラゴンジャーの仲間入りをした瞬間、そんなに弱くなってしまったんですか!?」
「仕方がないだろう! 私が最も自分の能力を引き出すことができる場所がたまたま暗黒帝国軍だっただけで、私自身はそれほど強いわけではないのだから!」
「……はい?」
「いいかよく聞けイエロー、要は相性の問題なのだ。私は単純な戦闘能力だけでいえばレッドにとっくに超えられてしまったし、作戦立案能力だけでいえばブルーより数段劣っているのも事実だ。当然、グリーンのように遠隔攻撃に秀でているわけではないし、ピンクのように回復能力を持っているわけでもない。しかし暗黒帝国軍内では私は突出した戦闘能力を有していたこともまた事実なのだ。お前たちが5人でお互いの弱点を補い合っているように、私も優秀な部下たちにサポートしてもらうことで皇帝ヘル・カイザーという存在をセルフプロデュースしていただけにすぎないのだ」

 逆ギレし始めたブラックにイエローは若干引きながらも、その中で生まれた疑問をぶつけてみる。

「……ブラックさんが仲間になった瞬間弱体化した理由は分かりましたけど、それならどうしてブラックさんはボクたちドラゴンジャーへと寝返る必要があったんですか? ブラックさんは暗黒帝国軍内では皇帝という良いポジションに就いていたわけですよね? だったらブラックさんがボクたちの仲間になるメリットがどこにもないじゃないですか」
「いや、そのポジションこそが問題だったのだ。私は既にドラゴンジャーの力が魔王様を超えていることを悟っていたが、皇帝というポジションで尻尾を巻いて戦場から逃げることはもはや許されない局面まで来てしまっていた。だから私はレッドととある取引を行ったのだ。覚えているだろう? アスカトラズ戦場跡でのあの出来事を……」
「あっ、そうそう思い出した! あの時レッドさんがブラックさんを追い詰めた時に耳元で何かボソボソと言われていて、それを聞いて血相を変えたレッドさんが突然退散をボクたちに告げたんでしたよね!」
「あれは私がレッドに命乞いをしたのだ」
「うっわコイツ最低だ! ボク本当に幻滅しちゃいましたよブラックさん! 大体、戦闘を行う機会が少ないわりにやけに持ち上げられてるなーとは思っていたんですよね。悪役映えするビジュアルだからメディア受けも良いし、無駄にマイクパフォーマンスとかも上手いから完全に騙されちゃってましたよ。ていうか真相が分かったら途端にこのツノとかも安っぽく見えてきたんですけど、大体何ですか顔が金属で出来てるって。言葉通りメッキを剥がしたら何が出てくるのか気になってきたんですけど剥いてみても良いですか?」

 完全にブラックを下に見始めたイエローはソファから微動だにしないブラックの顔をペタペタと触り始める。

「ええい乱暴に触るな鬱陶しい! 私はレッドたちのように前線に出ている奴らには敬意を表すが、お前にだけは見下されるような覚えはない! 大体、私はお前のことを前々からクサいと思っていたのだ!」
「な!? い、一体ボクのどういうところが臭うっていうんだ!」
「その胡散臭い一人称だ! いいか、よく聞け。私の統計上、純粋なボクッ娘というのはこの世に存在しないのだ!」
「さっきから一体何の話を……」

 先ほどまで突然坊主になったクラスメイトの男子の頭を触るような扱いをしていたブラック反撃に、飼い犬に手を噛まれたかのようなリアクションを見せるイエロー。その表情の変化はブラックの苛立ちを加速させるには十分すぎるものだった。

「いいか、ここは漫画やアニメの世界じゃない。ボクッ娘なんて自然に淘汰され、死滅していく存在なのだ」
「それじゃあ何か? ボクはキャラ付けのためにボクって言っているとでも言いたいのか!?」
「ならばお前が純粋培養されたボクッ娘だったとしよう。それならばボクッ娘は2つのパターンに分けられる。それは養殖モノと天然モノだ。養殖モノは自分の容姿と行動に明確な自信を持っていて敢えてボクという一人称をファッションやキャラ付けとして使用しているパターンで、それに対して天然モノは似合っていて可愛いから誰からも注意されず、現在まで使い続けているというパターンだ。そして、残念ながら私はこちらのパターンの人間を見たことがない。無論、今現在もな!」
「……だったら今目の前にいるボクはこの世に存在しないことになるね」
「そうか、まだ否定するか。ならばこういうことだな? お前は幼い頃から男子に混じって遊んでいたせいか、一人称が自然とボクとなった。そしてお前は少し成長し、やがて女子だけのグループで過ごすことが増えていく。そんな中でも鉄の意志を持っていたお前はボクという一人称を使い続けた。そしてお前は社会に出る時、ボクと自信満々に叫ぶことができるというんだな、入社試験の最終面接の冒頭で!」
「ああそうだよキャラ付けだよ! ピンクの方がビジュアルが良いんだから私がメディアに露出するためにはそれなりの計算が必要だったんだよ! それより何さ、ドラゴンジャーではまだ自分の居場所を見付けられていないブラックこそキャラ変する必要があるんじゃないの? 私に一人称を直して欲しいならブラックもその偉そうな態度を改めるべきだと思うな!」

 先ほどまでヒートアップしていた熱は急速冷凍され、数秒の静寂が訪れる。二人が次の言葉を探る中、突然アジトの入り口付近から先ほどまでモニターから聞こえていたアナウンサーの声が聞こえいた。
 ブラックは急いでリモコンでモニターの電源を入れると、助けられる側の民衆が国を上げてヒーロー戦隊ドラゴンジャーの秘密の地下アジトを無断で全世界に公開している様子が映し出されていた。


『緊急速報です! 何と、ドラゴンジャーの面々が、暗黒帝国軍の魔王の前に崩れ落ちてしまいました! 皆さん、どうかテレビの前で構いません、ドラゴンジャーの勝利を祈りましょう! ……現在、ドラゴンジャーのアジトと中継が繋がっているようです、早速お話を伺いましょう』


 どんな手段を使って開錠したのか、一気にマスメディアがアジト内に雪崩れ込んでくる。彼らは2人を見つけると無数のマイクを向け始めた。ブラックとイエローは無言でアイコンタクトを行い、手慣れたようにインタビューに応対する。

「頑張って皆! ボクはブラックさんとここでお留守番だけど、みんなの勝利を祈ってるよ!」
「……悪いなレッド。私は立場上、魔王様に手を挙げるわけにはいかないのだ。ここでお前たちの勝利を信じているぞ」

 報道陣が退室していく中、ブラックとイエローはボソボソと小声で囁き合う。

「……おいイエロー。話が違うではないか」
「そっちこそさっきと言ってることとやっていることがまるで違うじゃんか。私はブラックが態度を改めるなら一人称を直すって言ったんだよ」
「いきなりキャラ変をするのは恥ずかしいに決まっているだろう。ここは先人の例に倣ってグラデーションで変えていくことにしよう」
「そうだね、いきなりは恥ずかしいもんね」

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