【解釈小説】ベルセルク/まふまふ

 【MV】ベルセルク/まふまふ 【オリジナル曲】(本家様)






 ――その世界は、辺り一面にガソリンが撒かれていた。



 凍えそうな風が吹き抜けていく中、夜の帳が下りていく。
 それと同時に、カラカラと何かが転がっていくような音が聞こえた。

「……」

 そんな街道を、ボクはただ黙々と歩き続けている。


 人の気配はない。
 昼は喧噪に飲み込まれているはずなのに、この様変わりした雰囲気にはどうしても慣れなかった。

 しかしそんな気配を微塵と出すつもりはない。
 歩くたびに排気ガスの濃度が増していくような裏道をただ、歩き続けている。


『――今、気配がしたな』


 醜い家畜の断末魔のような声が脳裏に過る。

 カツン、カツン。
 それと全くの同時に、前方から黒い影が忍び寄り始めた。
 ボクはゆっくりと手に持っていた人相書きとその影を照らし合わせる。


 どうやら、ターゲットで間違いはなさそうだ。


『――早く代われよ。お前じゃ人を殺せないだろ』


 もう一度、脳裏に過る声。
 ボクはその声に悪態をついた。


「……煩いな、黙ってろよ」


 カツカツ、カツカツ。
 忍び寄る影の速度が段々と増し始めた。

 不気味なのだろう。

 小声で喋ったつもりではあるけれど、向こうからしたら僕は独り言を喋っているようなものだ。


『――ホラ、早くしろよ』


 何かが街灯に反射して、一瞬だけ視界が塞がれる。
 それに乗じた影が一瞬で目の前に迫った。



 だから、僕は「自分の意識」を手放した。



 代わりにスイッチが切り替わるのを感じる。
 一つの身体に二つの意識が存在する事はない。
 それが普通であり、それが真理だ。


『――そうだ、それでいいんだ』



 ――だからボクは、辻褄合わせに呼吸を止めた。



 人生とは、まるで監獄のようだ。
 失いゆく意識の中でボクはそう考える。


 それでも、死ぬことはない。


 普通に生きていくことが出来るのは一握りの人間だけで、残された人間はどこかが歪む。
 捻じ曲がった「もう一人のボク」が作られるというのも道理である。


 傍から見ればそれはただの二重人格と諭されるのかもしれない。
 しかし、これはそんなものではない。


『「――さあ、アンダーワールドでの殺戮ショーを始めようぜ!!」』


 僕は何か鋭利な物を振り上げて、影の胴体を抉った。
 次の瞬間、鮮血が飛び散って飛沫が僕の体に降りかかる。

 ぬるっとした感触のそれを振り払い、僕は頭蓋骨を目掛けてもう一度それを振り下ろした。



 ……そんな、気がした。






●/○






 この世界は下層世界であり、そして仮想世界でもある。
 漢字で記すとどちらの意味でも通じてしまう。
 だから、ボクらはこう呼んでいる。


「アンダーワールド」と。





「あぁ、今日も疲れたなぁ」


 僕はそんな言葉を漏らしながらゆっくりと伸びをする。
 ……よほど特徴のある歩き方なのだろうか。

 ボクが向かう先々の家屋の扉が直ぐに閉まっていく。


「――全く、人を腫れ物みたいに扱ってさ」


 まあ、それは仕方のないことなのかもしれない。
 こう見えても僕はそこそこ有名な「殺し屋」だ。
 あまり気持ちの良いものではないが、爽快感がないと言えば嘘になる。


 それにしてもこんな世界では死なんて当たり前なんだから、別にボクだけをそんなに腫れ物扱いしなくてもいいじゃないか。





 人類が誕生してから三千年。
 世界から段々、倫理感というものが失われ始めていた。

 どんな病気に蝕まれても直ぐに治る。
 どんな大けがを負ってもすぐに治る。
 そのため、人口は増加を続ける一方であり、少子高齢化は着実に進んでいた。

 それでいても富裕層と貧困層の格差は広がり続ける。
 歪んだ文明の発達は段々価値のないヒトはモノと混同され始めていた。

 急遽その問題を深刻と見た富裕層はついには法をも捻じ曲げ始める。
 発達した科学力を用いて電脳世界に三次元的空間を創り、人間の住める仮想世界を創り始めたのだ。



 それが、この世界だ。



 人間を電子に変換し、この仮想世界に送り込む。
 そして次々とまるでゴミを投げ込むかのように社会不適合者が幽閉され始めた。


 まずは死刑囚。
 次に終身刑の囚人。
 そして重犯罪者。
 道楽で奴隷を送り付ける人間も溢れかえる始末である。

 貧困層に至ってはついには何か少しでも犯罪を犯しただけでこのアンダーワールドへとぶち込まれる事態に陥った。
 仮想世界とはいっても本物の身体であるし餓死もする。
 最低限の食料だけを送り込む、という契約の元このアンダーワールドは上層世界の誰もが監視可能になるただの無法地帯と化していた。





 ――カランカラン。


 ボクはやっと目的地へと辿り着き、酒場の扉を開けた。
 そしていつも通りのカウンター席へと座り込む。


「仕事、終わったよ」


 そう言いながらボクは先ほどまで手に持っていたそれをカウンターの上に置く。

 ボクの声を聞いたマスターがゆっくりと顔を上げる。
 そして、渋い顔を見せた。


「――おい、そんな物をカウンターに置くな。直ぐに換金してやるから酒でも飲んで待ってろ」
「ボクはまだ未成年だよ」
「こんな世界で未成年もあるか」


 そう吐き捨ててマスターはそれを持って調理室へと戻っていった。

 それもそうか、と僕はその様子を見送りながらマスターが立っていた場所に移動する。
 そしてボクは適当に飲み物を漁り始めた。
 傍から見ればコソ泥のようなものだが、この世界ではそれをするのが当たり前だ。盗まれるようなところに置いておく方が馬鹿なのだ。
 むしろ堂々と営業を続けていられるこの店は何かしら特別なのだろう。


「ほらよ。ってコラそれはウチの店で一番高価な酒だ! 酒の味も分からねえようなガキがんなもんに手を付けんじゃねえ!」
「えー! 適当に飲んでいいって言ったのに……」


 ボクは渋々お酒を元の位置に戻す。


「いいから。座ってろ」


 マスターの言われた通りにボクは先ほどの席に戻る。
 数分後、僕の席には幾つもの料理が並べられていた。


「あーあ、いつ終わるのこれ? そろそろ足が棒なんだけど」


 グラスに入れられた牛乳を飲みながらボクはマスターの作ってくれたパスタをフォークで弄ぶ。
 無精髭を伸ばし放題で清潔感のないマスターはいまいちマスターといった風じゃないけれど、ボクは彼の作る繊細な料理が嫌いではない。


「……後三カ月の辛抱だ。先方は既にお前のその能力を買っている。もう少しで上層世界に行けるだろう」
「そっか。早く殺したいなあ」


 ボクの視界をイメージが覆う。


 殺す。
 殺す。
 殺す。殺す。

 殺す。   殺す。
  殺す。殺す。
 殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。

 コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス
 コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス
 コロスコロスコロス
 コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス。


 ボクは、ゆっくりと目を開けた。
 おかしい。何もかもがおかしい。
 常識が非常識に。非常識が常識に。
 最初から壊れていたボクはもう既にどうしようもないのかもしれなかった。

 殺すだけの毎日。
 いや、殺すといってもボクは敵を前にして目を瞑るだけ。
 もう一人のボク、ナツキに身体を委ねるだけなのだけど。


「……で、実際の所どうなんだよ『ベルセルク』。お前は本当に二重人格なのか?」


 興味深そうにマスターはボクの顔を覗き込んだ。
 ずっと気になっていたのだろう。


「……別に何を聞いてもボクは怒ったりしないけど、ベルセルクって呼ぶのはやめてよね」
「ああ、すまんすまん」


『ベルセルク』とは、人が変わった様に豹変して虐殺を続けていたボクについたあだ名みたいなものだ。

 ……ベルセルク。ノルウェー語でバーサーカー。
 北欧神話に登場する狂戦士であり、獣の皮を纏い自ら異常興奮状態に陥って敵味方の区別なく虐殺したという話だ。
 なるほど、まるでボクにピッタリじゃないか。


「……どうなんだろう。二重人格かもしれないし、ただの逃避かもしれないし、……もしかしたら呪いなのかもしれない」
「……呪い?」
「うん。ナツキ……、いや、もう一人のボクは最初にボクが殺した友達にそっくりなんだ」
「友達、か……。上層世界へ上がろうとするのは何故なんだ? お前はもともと堕落者(ラッカー)なんだろ?」



 堕落者。
 自分の意思で上層世界からアンダーワールドへ落ちてきた人間への隠語だ。



 ……それにしても今日はマスターはよく喋る。
 もしかしたら酔っているのだろうか?


「父親を殺すためだよ」


 ボクはこともなげにそう答える。


「なるほど、そりゃ尚更張り切って人を殺さなきゃな」


 マスターがお酒をグビグビと飲みながらボクに返事をする。
 こんなアンダーワールドだからこそ、この世界にはとある噂があったのだ。


『人を殺し続ければ上層世界へ上がる事が出来る』


 上層世界に至るような、そんな力を見せれば上層世界は買ってくれるというのだ。
 買う、といえば聞こえは悪いがその待遇は悪いなんてものじゃない。

「……まさか、この噂が本当だったなんて思わなかったよ」

 ナツキを殺してからは、ボクは狂ったように人を殺し続けていた。
 そんなボクに、上層世界から勧誘が舞い込んだのだ。

「安心しろ、殺し屋稼業なんざどこにでも需要はあるもんだ。それが例え上層世界だとしてもな」

 ボクはポケットに入れていた契約書に再度目を通す。

「まさか政府公認の契約書だなんて思ってもみなかったよ」
「上層世界はアマたれで溢れかえっていつでも人材不足だからな。古い映画だが『タイムマシン』みたいなものだ。人は切磋琢磨して憎み合わなければ必ず退化する」

 ボクは長々と話すマスターの言葉を聞き流しながら、パスタをようやく全て食べ切った。

「やっと食べ終わったか。それじゃあこれが次のターゲットだ」

 そう言ってマスターはボクに一枚の顔写真……、ではなく分厚い紙の束を渡した。

「なんか……、いつもより多くない?」
「数は多くても場所は同じだ。標的も強くない。お前ならやり遂げられるだろう」
「ふーん……」

 ボクは深く考えずに店を出る。
 一枚目に映っていたのは未だ幼い少年の顔写真だった。

「遠いな……」

 ボクは、必ず上層世界へと上って父親、……あの男を殺してみせる。
 それが、ナツキとアキホに出来る最大限の贖罪だから。



『偽善だな』



 唐突に、ナツキは現れた。

「うるさい。偽善かどうかはボクが決める」
『そうか。そのボクに生きる価値はあるのか? お前が評価されている部分は殺す瞬間だけだ。だったら評価されているのは俺だ? 違うか?』


 僕の声が詰まる。


『大体、殺しだけ俺にさせようってのが虫の良すぎる話なんだ。何だ? 手柄だけ全て自分のモンか?』


 ――笑えない。
 全てナツキの言う通りなのだ。

 段々、僕の言葉が奪われ始めている。
 そんな気がした。


「黙れ」


 ナツキは何も答えない。
 そして、ゆっくりと口の端を吊り上げた。
 マスターが困惑してこちらを見ている。


『そうかい、じゃあ死ね』




 ――瞬間、僕の鼻の先をナイフが掠めた。




 ――カラン、カラン。
 軽快な音と共に屈強な男が何人も店に入り込んでくる。
 数は二十を優に超えているだろう。

「だっせーな、お前本当にナイフ投げの名手かよ?」
「おい、ベルセルクって奴はあのバーテンダーか?」
「違うぜ兄貴ー、そっちじゃねえってその座っている白髪の奴だ」
「……あのちんちくりんが噂の『ベルセルク』か? ただのガキじゃねえか」

 目の前で巨漢が血塗れの斧を振り上げる。
 その後ろで子分のようなひょうきんな顔の奴が紙を覗き込んでいる。

 アンダーワールドにあのような上質の紙は滅多にない。恐らく僕と同じようにバックに上層世界が絡んでいる人間なのだろう。

「何でも、殺し合いになると途端にキレる奴らしいです」

 ボクはゆっくりと席を立って、後ろのマスターに目配せをする。

「マスター、隠れてて。直ぐに終わらせるから」

 マスターはゆっくりと頷いた。
 男たちがボクを取り囲み始める。

「……この糞餓鬼。舐めやがって!」
「マスター、俺たちの祝杯の準備をしておいてくれや!
「大人しく死ね!」



『――見ろよ、またお前は俺に罪を擦り付ける事になるんだぜ?』



 ナツキが笑った。
 気がした。





 ――――――。





 誰もが楽しく暮らせる世界。
 ボクも、ナツキも、アキホも笑っている世界。

 ボクは、心地よい夢のような空間で。
 そんな、幸せな世界の詩を書いていた。




 ――――――。





 目を開けると目の前には死体があった。ボクの右手には赤く濁ったカッターナイフ。
 答えはもう既に出ていた。


「――怖いな」


 知らない間に、殺しちゃったみたいだ。


「て、テメエ! 兄貴をよくも!」


 目の前で何かが吠える。


 今のボクは、まるでピースの足りないパズルのようだ。
 殺人を犯した「事実」だけが存在して、
 殺人を犯すまでの「過程」が脳からごっそりと消えてしまっているのだ。




 ――ああ。
 いっそ、何もかも消えてしまったらいいのに。




 この命も、ボクの命も。
 全ての命が。


『「――ホラ、早く。君のその持っているそのナイフでボクの心の臓を突いてみなよ? ボクは死にたいんだ」』


「ちくしょおおお!兄貴!!」


 目の前の小さな火種がまた、潰えた。


『「あはは、嘘だよ」』


 ――それではボクが幸せになれない。


「糞! 化け物が!」


 僕の頭に小石が当たった。

 殺す理由は、もう十分揃ってしまったじゃないか。


『「――ボクらもこんな世界に好きで居るんじゃないんだよ」』


 初めはただ、幸せになりたいだけだった。
 だから……。

 ……。



 今、この場所には七個の命がある。
 汚い。
 染まる。
 染まる。染まる。


 染まっていく。
 君たちが、生きるだけで。
 こんな、世界で。
 僕は、どうして。
 何も、ない。
 何も、出来ない。

 そもそも、ここに存在するのは全員犯罪者。
 なら、ボクも?
 ナツキも?アキホも?
 ?
 ?
 なに?
 どうして?



 消してしまおう。
 ボクという存在。
 キミたちという存在。

 交わり。
 汚らわしい。


 ターゲットは残り十六人。
 多いなあ。
 面倒くさいな。

 もういい。

 消せば、ボクという存在が証明される。
 それで、後は何も残らない。
 ボクの証明。
 ボク、?。


「さよなら、しようよ」



 消えろよ。
 僕は、上層世界へと。




 グッバイ。
 アンダークラス。





●/○






「ここか……」


 ボクは前日の件で大体の標的は始末したらしく、新しい区域に来ていた。
 マスターは血で染まってしまった店を見て大きな溜息を吐いていたが、別にそんなに繁盛しているわけじゃないから大丈夫だろう。


 リストも少なくなったもので、残されたのはたったの二枚である。
 最初の一枚目の少年、そして次のページの少女。

 居住地が同じという事は恐らくは家族なのだろう。


 ――三人で、住んでいた。
 ――あれは、家族だったのだろうか?


「家族、か……」


 まるで皮肉のようだ。
「人」という文字は二人の人間が互いを支え合って出来ているというのに、ボクは人と呼ぶにも不完全でいる。
 そんなボクは誰かに縋る事すらできないのだ。



 殺してしまうから。



『――こんな世界なんだからこそ、家族で支え合わなきゃいけないんでしょ!』



 古い記憶が脳裏をよぎる。
 ――関係ない。


 ボクはもうすぐこの世界とは縁がなくなるのだ。


 ゆっくりと、小さな家屋の扉を開ける。


「――ちゃん! 何言ってるんだよ!?」
「――なさい、――ないの!?」


 最初に聞こえたのは言い争い。
 声の幼さと性別はリストと一致する。

 どうやら、当たりのようだ。



 ――殺さなければならない。
 迅速に、そして狡猾に。

 ボクの一挙手一投足を上層世界は見ているのだ。

 賭けをしているのかもしれない。
 嘲笑っているのかもしれない。


 カッターナイフを偲ばせて一気に近付こうとした瞬間。


「マフユ……? 何、してるの……?」


 後方で、物音がした。
 気付かれた。


 懐かしい声。


「アキ、ホ……?」


 その姿は、ボクの眠らせていた記憶を呼び覚ますためには余りにも容易だった。










 今からおよそ十年も前の話だ。
 ボクは上層世界で生まれた。




「お母さん! ねえお母さん!」


 ――少年の、幼い叫び声が木霊する。


「煩いわね……。この子何番だった? 二桁台なら捨てていいかしら?」
「やめておけ。何が当主のお気に障るか分からない」 

 女は端末でボクの商品番号を読み取って、一瞥をくれる。

 愛のない家庭。
 否、こんな時代では愛のある家庭の方が珍しいのだろう。




 ボクは何人子供を孕ませたかてんで覚えていやしない父親の下に生まれた。
 母親の姿なんて一度も見た記憶はない。
 生きて、家畜のようにひたすら食事を与えられ、ただひたすら生きた心地のしない生を実感する日々が続いた。

「死にたいな……」

 何もない無機質な一室。
 そんな場所を宛がわれてもやる事は何もない。
 ボクはただひたすら本を読む日々が続いていた。

 そんな時、声が聞こえた。

「おい、お前」

 これがナツキと出会いだった。
 何もないボクの部屋へと問いかける言葉。
 ボクは直ぐに窓を開けた。

「な、に……?」
「お前の事、ずっと見てたんだ。それ、要らないならくれよ」

 その少年はボクの手を付けてない食事に指をさす。

 そうか。

 ボクは直ぐに考えが至った。
 彼は貧困層の人間だ。
 食事に手を付けない彼らはその食事を狙って毎日この家のゴミ捨て場へと赴いていたのだろう。
 ここの敷地は案外ザルな警備のようだ。

「うん、いいよ……」
「よし、アキホ。大丈夫だ、来い」

 アキホ、と呼ばれた少女がひょっこりと顔を出す。

「俺はナツキ、こっちはアキホ。これからよろしくな」
「よろしく……」


 それから、ボクたちは「友達」になった。




 二人が居るからこそボクは生きてきたのだし、これからもそうなると思っていた。
 しかし、そんな幸せは途端に幕を閉じる。

「そんな……、何で……」

 謂れのない犯罪容疑。
 二人はアンダーワールドへと連れていかれることになってしまったのだ。

 犯人は、父親だった。
 敷地内に入り込む子供たちにどうやったら一番絶望を与えられるかの実験、だったらしい。



 ――ボクは、家を出る事にした。



 ナツキとアキホと共に、アンダーワールドへと。





 初めは、全てが順調だった。
 アンダーワールドは不完全ながらもコミュニティを形成している。

 少量ながらも送られる物資を配分して生き延びているのだ。
 ボクたちは比較的安全な区域に配属されたためにスラムよりはマシな生活だった、らしい。

 本当に、本当の本当に楽しかった。
 ボクたち三人は協力して生活を始めた。





 しかし、ボクたちは忘れていたのだ。
 この世界には人権なんてものはない。
 上層世界の娯楽でボクたちは生かされているだけなのだ。

 ボクの父親は、何度も、何度も。
 何度も。何度も。何度もなんどもなんどもなんどもなんどもなんども。




 ボクたちを殺すために刺客を放った。
 友人と、何人目で死ぬかという賭けのために。





「本当にごめん。ボク、何とかボクだけの命で許してもらえないか父様に……」

 あの時の事は今でも覚えている。

「何言ってんだ! ンな事許すわきゃねえだろ!」
「――こんな世界なんだからこそ、家族で支え合わなきゃいけないんでしょ!」




 ボクたちは、自分たちを守るために必死で生きた。




 しかし、元々この世界に住む人間は犯罪者ばかりだ。
 甘い話をチラつかせれば簡単に釣れる。

 彼らは、競ってボクたちを殺しにかかった。
 とても、人間とは思えない卑劣な方法で。






「――馬鹿野郎! 早く俺を殺せ!」
「出来ない! ナツキを殺すなんて!」
「俺を殺せばアキホは助かるんだ! 殺れ!」






「マフユ……、あなた今まで一体どこに……? それにその……」

 アキホの目がカッターナイフに止まる。

 とっくにアキホは死んだものだと思っていた。
 それに何より、ナツキを殺してしまったボクには会う資格なんてなかったのに。

「アキホ、どいて」
「どかない!」

 アキホは僕の隣を駆け抜ける。
 そして二人の子供を守るために僕と対峙する形となった。


「ボクは、君まで殺したくない」


 ――ああ。
 ――何よりも、大切なものが僕にもあった気がする。


『へえ、アキホじゃねえか』


 ――きっとそれは、知らないほうがいいのかもしれない。


『邪魔するなら、殺さなきゃなあ?』


 ――そんな事、分かってる。


「ねえ……、マフユ……。やめて……?」



 ――救えない。
 ――ボクには、ナツキを止める術はない。


「ねえ……、その目。まるで、ナツキ……」


 ――早く、逃げてくれ。


 おい、お前。
 お前の事、ずっと見てたんだ。
 それ、要らないならくれよ。
 俺はナツキ。
 私はアキホ。
 ボク……?
 ボクは、マフユ。








 いっそ。
 何もかも。




 消えてしまえ。





 ――そんなボクに。
 声が聞こえた。





「――マフユ?」



 目の前に、ナツキが居た。



「マフユ、落ち着いて聞いて。あの後ナツキは生き返って……」
「ああ、俺たちはお前を探して……」



 二人は二の句を告げれなかった。
 ボクが、二人の喉を刺したからだ。


『嘘だな、お前は確かに俺の心臓を貫いたんだ。生きている訳がない』


 ボクの中のナツキが冷静にそう告げる。
 だとしたら……。


 瞬間、ボクの下半身に衝撃が走った。
 子供二人が一本ずつボクの足を掴んでいるのだ。


「……酷いな、マフユ。確かに私たちもう死んでるけど、痛みは感じるんだよ?」
「そうだぜ。別にクローンってわけじゃねえんだ。俺はナツキだ」


 鼓膜を潰されて喋ることの出来る人間がどこにいるのか。
 恐らく、機械か何かで操作されているのだろう。
 既に二人の人格は殺されてしまっているようだ。


 ――ボクは、父親の管理する会社の一つに生身の人間をベースにアンドロイドを作る研究施設があった事を思い出していた。
 また、奪うつもりなのか。
 あの男は。


 ボクは冷静にボクの身動きを邪魔する二人の子供の脳味噌目掛けてカッターナイフを振り下ろす。
 ドサリ、という小さな音を立てて二人が倒れる。


「……あれ?」


 そしてふとボクは正気に戻る。
 ……ナツキ?

 今ボクは自分の意思で子供たちを殺したのか?
 ナツキはどこに行ったんだ?


「やるな、ベルセルク」


 目の前の、ナツキだった何か? がボクのこめかみに拳銃の焦点を合わせる。
 銃を取り出してからの反応速度が異常だ。幾分か身体を弄られているらしい。

 けれど、そんな事は知らない。


 ボクはナツキを探しているんだ。


「うがあ!」


 目の前の肉塊に0x2424ボクは 0x243Dしてしまう。

 err  血飛沫が 0x323F 0x2462 0x242B 0x2462 まるでアキホの  err は 0x3E43 0x2428。

 グッチャグチャになってしまった 0x2446 0x2437 0x245E 0x2428。
 err  0x4134 0x2446 0x242C 0x3638 0x2443 0x243F 0x4024 0x3326 0x2440  err  0x2433 0x2473 0x244A 0x4753 0x3524 0x252C 0x2539
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『――お前は、とっくの昔に気付いていたんだろう? 俺はお前が作り出した人格だって』



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 暗い、まるでモザイクの中のような世界。
 そこに、ナツキは居た。





『お前は心のどこかで二人が生きていると信じていた』





 ……。





『もし二人に会えた時のために、いつでも素の自分を取り戻させるためにな』




 ……そっか。




『俺は、そんなお前の作ったリミッターだったんだ。けど、もうそんな必要はなくなったみたいだな』




 この世界は、汚らわしい。
 終わらない大気汚染。
 全てが狂った世界だ。



 ボクは、こんな世界では生きてはいけない。



 貴方は、世界はボク達を生み出したことをきっと、憎むだろう。
 でも、ボクらも嫌いさ。



 だから……。






 いっそ

 何もかも

 消えてしまえ






●/○






「素晴らしい。我が息子がこんな才能を持っていたとはな」


 懐かしい匂いがした。


「上手く使えば脅威となる人間を皆殺しに出来ますね」
「ああ、手錠で縛り付けたんだ。ゆっくりと調教をして行こう」


 そうか、ここは上層世界なのだと僕は理解した。
 そして、やっぱりボクを雇おうとしたのは父親なのだ。

 殺そうとしているうちに、ナツキを生み出したボクの能力を使おうと。


「警備を呼んで見張らせておけ」


 そう言って父親達が去っていく。
 視界は依然暗いまま。
 何かで目隠しをされているのだろう。

 目の前で誰かが椅子に座る音が聞こえた。


 ナツキは出てこない。
 あの後、ボクはどうなったんだろう。





 ――突然、視界が晴れた。




「よお、久しぶりだな」
「……マスター?」

 目の前に映ったのはマスターだった。

 マスター?
 先ほどまで警備員と呼ばれた人間がここに居たはずじゃ……?

「まずは謝罪だな。俺のせいでナツキやアキホ達がまんまとお前の親父に嵌められるハメになった」

 ボクは、ナツキたちの言葉を思い出す。


『――お前の部屋だけ警備が手薄なんだよ。何でか知らねえけどな』


 そうか。
 マスターだったのか。

「――いいよ、もう放っておいてくれ。ボクはあなたまで殺したくない」

 マスターは無言でボクの手錠を外していく。

「いいや、お前はそんな奴じゃない。お前はマフユだ。うちの店のお得意様で、ナツキたちの家族だ」


 何故か、涙が溢れそうになってしまう。


「マスター。手錠を切ったら直ぐに逃げてね」


 言えたのは、それだけだった。








 血飛沫が飛び交っている。

 カツン、カツン。
 カツン、カツン。

「に、逃げろぉ!」

『「アハハハハハハハ!! 逃げろ逃げろ!! 殺される順番が変わるだけだ!!」』

 ボクの目の前から火種が次々と消えていく。

「や、やめろ……。俺はお前の父親だ……」

『「父親?」』

 なんだ、上層世界の人間も同じ血の色をするじゃないか。
 あなたは、散々ボクの世界を踏みにじり続けた。
 ボクを利用し、ただ搾取し続けるだけの人生。
 そこに、アンダーワールドの人間と何が違うのだろうか。


 なら、同じだ。





 汚らわしい。








●/○







 ボクは、父親が遺した高層ビルから下を見下ろしていた。
 汚い。




 汚い。





 汚い。

















 今すぐボクが、消してあげるよ。








 グッバイ。
 アンダークラス。

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