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本籍が水戸の歴オタによる弾丸水戸旅行記① 常陽史料館「ふしぎワールド うつろ舟」を中心に

そうだ、梅の時期の水戸に行こう


水戸で良い感じの展覧会が複数開催されているらしい。
しかも、仏教美術の展示もある。
さらに言うと、水戸はちょうど梅の時期である。

――行くか。水戸に。
水戸に戸籍があるのに偕楽園でまともに梅見たことないし。

というわけでホテルを取ったのは2/23(木)。旅行前日である
何軒か比較検討したが、agoda経由のホテルテラス ザ ガーデン 水戸 がコスパが良いと判断して、即決した。

普段であればもう少し安いビジホを探して宿泊代をギリギリまで切り詰めるところではあるが、直前かつ梅の時期という、水戸的には一年で一番のハイシーズンなこともあって、もっと安い価格帯のホテルはさすがに全滅していた。
一応競合にダイワロイネットホテルがあり……こちらは家族旅行の際常宿としていたので一応考えはした。ビジホとしては丁寧な応対と新しい設備が魅力的だったので、無難に快適ではある。

だが、同じ値段なら初見の施設に泊まりたいと思ったのと、人工温泉の大浴場とサウナつきというのが決め手だった。ととのいたい。ほんとに。

仕事柄、金曜日は基本的に退勤が遅めである。
21時半でダッシュで職場を脱出して、常磐線に乗った。ひたち・ときわを使う手もあったが、多少時間を節約したところで現地に着いても寝る以外やることがない。というわけで、普通に2時間半かけることにした。着いたのは0時をとっくに回っていた。
電車に乗っている間U-NEXTで準新作映画でも観ようかなと思っていたが、misskey.ioが面白いらしいという噂を聞いて登録したら見事にドはまりしてしまい、レターパックスタンプを擦っていたら秒で水戸に着いていた。

部屋に着いていた頃には大浴場が閉まっていたので、軽くシャワーを浴びてものすごく寝た。一日目終わり。ちなみにこのとき旅程はほぼ何も決めていない。

なぜなら私は超異常繁忙期であり……一応水戸に行く直前にtwitterのフォロワーにオススメスポットをいくつか聞いてあたりをつけてはいたが、展覧会の名前以外は場所すらあやふやな状態だった。突然家を飛び出して数日地方で過ごすことは珍しくないが、ここまでノープランなのは初めてである。

二日目午前:ありがとう、Bing AI



ホテルテラスはほぼ駅直結のホテルであり、空中回廊からそのまま水戸駅に抜けることができる。恐らく駅ナカのどこか朝食を取れるはずだが、深夜に着いたため見当も付かなかった。というわけでチェックイン時に朝食を予約して、ビュッフェにすることにした。いつも素泊まりでなんとかするため、数年ぶりのホテル朝食ビュッフェである。


いいね。和食もおいしそうでした。

洋食にした。とてもおいしい。
そしてこのホテルのレストランは怖ろしいことにサザコーヒーが蛇口から出てくる。しかもこのホテル限定のオリジナルブレンドの豆だそうである。苦みと酸味がバランス良く立っていた印象がある。

ちなみにこれが水戸っぽにとってどういう意味で怖ろしいのかは……あとで説明しよう。部屋に持ち帰れるぶんも含めて、ありがたく二杯いただいた。

その後貸し切り状態の大浴場とサウナでChillして、Surface Goを立ち上げた。低スペだのなんだの言われているが文章を書くだけなら普通に便利で、なおかつ軽い。そして何よりタブレットベースなのにWindows11搭載なので、Bing AIが使える。

Bingでまず水戸で行われている展覧会と場所を全て洗い出した。水戸芸のケアとマザーフッド、常陽史料館のうつろ舟、茨城近美の速水御舟、茨城県立歴史館の鹿島と香取……。うーん、常陽史料館ってどこ? 常陽の由来はわかるけど……。

それから各施設の営業時間を出して(15:30からアフタヌーンティーの予定を入れていたので、それまでには戻る必要があったのだが)、Notionにぶち込んでスマホと同期させた。
NotionにもAIが搭載されており、無料トライアルは20回まででその後は有料という制約はあるが、一応旅程に関しては精度の高い回答が来ることを確認した。水戸観光で土浦あたりまで足を伸ばせというのはちょっと無茶な気もするが、まあまあ。

「本気で水戸観光をやっていく」の一文からNotionAIが生成した文章

それからGoogleマップに行きたい場所を全て落として、スクリーンショットしてマーカーでルートを出した。往復4kmくらい。美術館の中で歩く時間を含めると6kmくらい……。ま、いけるか。


ルートをざっくり出す


そんなこんなで10時半になっていた。時間足りなくない?
ひとまず水戸芸に向かうことにする。が、一日目で「あっミスったかも」と実感した。
水戸は徒歩観光に向いていないのである。

馴染みはある、観光したことはない

水戸市は歴史オタク・そして審神者垂涎の観光地が密集しているが、なんだかんだ地方都市なので車社会である

実際私も水戸に本籍があり――つまり親の実家が水戸にあるため、水戸市・そして近隣の各地(笠間・大串・勝田など)に親戚が飛び飛びで住んでいる。というわけで、田舎に帰るときは今まで全て車、しかも運転は家族任せだったため、水戸芸などは物心ついている時から通っているにもかかわらず……土地勘がゼロだったのである

水戸芸へは当然タクシーである。徒歩でも行けなくはないが遠いし、時間は節約しないと旅程が崩壊する……!


水戸芸術館と磯崎新のシンボルタワー。水戸の象徴でもあるが、実は背がそんなに高くないので意外と目印にならない

水戸芸のキュレーションは常に信頼を置いていて、今回の現代美術ギャラリー企画展「ケアリング/マザーフッド:「母」から「他者」のケアを考える現代美術」の展覧会も、本当に良かった。フェミニズムにまつわる現代アートの展覧会としてはここ数年でも出色の出来であり、また個別に記事を上げることにする。ただ、これは展示初週ということもあり単純に情報が不足していたのだが……受付で所要時間を聞いて「じっくり見ると3時間ですかね」と言われ、「ど、どうしよう……かな」と途方に暮れたのも事実ではある。実際にかけたのは2時間ぐらいである。

水戸芸のミュージアムショップは大好きな場所だ。ここだけでも半日過ごせる。
一通り本棚を見て、せっかく茨城に来たことだし、岡倉天心の『茶の本』でも読むかと思い土曜文庫・宮川虎雄訳のものを買った。青空文庫で全文読めるのは把握しているが、旅先で紙の本を買うのは結構好きだ。

そしてミュージアムカフェにはサザコーヒーがあり、なんとこの週末限定で一年に一度の大セールを開催していた。エチオピアの品評会で優勝した100g30,000円の豆が、なんと5,000円。大丈夫……ほんとにいいんですか……?
5,000円は少し予算オーバーだったので、3,000円の"限定な"ゲイシャハンター100gが2,400円になっているのを購入。

ゲイシャはエチオピアのゲシャ村という地名が転訛したもので、当然本来ゲシャでしか採れなかった激レア種である。現在はゲイシャ種として各地で栽培されるようになり、この豆はそうした「各地で採れる比較的安価なゲイシャ」を直接ハンティングして買い付けているようだ。豆に詳しい同居人に渡したらかなりびっくりされた。
あとは一杯使い切りの徳川将軍珈琲をお土産に購入。

「15代将軍慶喜が飲んでいたであろうブレンドを、文献を元に再現」とあるが、実際にこれに取り組んだのは他ならぬ慶喜のひ孫である故・徳川慶朝氏であることは触れておくべきだろう。

もともとコーヒー好きである慶朝氏はサザコーヒーで焙煎を学び、茨城のさまざまな人と協力して慶喜が飲んでいた味を再現した。その過程で慶喜がどうやらコーヒーを好んで飲んでおり、時折取り寄せていたことも明らかになった。

サザコーヒーと水戸・勝田


サザコーヒーは勝田(現ひたちなか市)に本店を構える、元は映画館に併設された喫茶店であった。今は東京などにも進出しており、品川店などのように手軽に楽しめる店舗も増えてきてはいるが、高級なカップやランプといった、レトロな純喫茶風の調度品にかこまれてコーヒーを楽しめる雰囲気が個人的に好みで、水戸駅店や水戸芸店はまさにそのような趣だ。東京ではKITTE内の店舗がそのような雰囲気を持っている。

サザコーヒー水戸芸術館店

というわけで、水戸のお土産といえば基本的にサザコーヒーがオススメではあるのだが、コーヒーが物理的に苦手な人もいると思うのでプランBを提示しておく。

水戸芸の徒歩圏内に茨城最大規模の百貨店「京成百貨店」があり、デパコスなどはここで一通り揃う(助成金を億単位で不正受給していたニュースは一応水戸の人間ゆえ、おおやけになる前に秒速で入っていたのはひみつ)

こちらに「花水木」というつくば発の紅茶専門店が入っており、高級茶葉、フレーバードティーのとともにデカフェの茶葉も豊富に揃っているので、カフェインを受け付けない人にもお勧めできる。私も実はコーヒーより紅茶を常飲するタイプなので、自分用に「ブーケ」を購入した。


常陸国のミステリー「うつろ舟の蛮女」


さて、京成百貨店から少し歩くと常陽史料館がある。常陽銀行が運営しているこぢんまりとした博物館だが、常設の貨幣ギャラリー(撮影NG)も面白い。刀銭を初めとする古銭が山のように置いてあり、江戸の両替商のジオラマも置いてあり、わりと予算が潤沢な印象を受ける。

小学生の時社会科見学で絶対行かされるやつだ……大人になるとこんなに面白いんだ……靖国の絵柄の五十銭札なんて発行されてたの……と思いつつ、企画展へ。


常陽史料館「不思議ワールド うつろ舟」1/24~3/19

企画展は「不思議ワールド うつろ舟」。出典は複数あるが、有名どころは馬琴の『兎園小説』だろう。

常陸国のはらやどりの濱というところにUFOのような形の舟が漂着し、そこから紅い髪の言葉が通じない女が箱を持って出てきた。舟にはどうやら宇宙文字のようなものが書かれており……云々。

馬琴『兎園小説』をざっくり要約

こっわ。

兎園会自体が馬琴(ここでは本名である滝澤解の名義を使っている)中心のオカルトサークルのような性質を持っており、『兎園小説』もそこで語られたことが元になっている。
UFO……とか、宇宙文字……とか、鎖国下なのに公式史料が見当たらない外国人女性……とか……。さすがにオカルト色が強すぎる「うつろ舟奇談」自体、そもそも馬琴の創作ではないかという説もあったのだが、兎園小説とほぼ同じことが書かれた文献が10点以上出てきたため、話は異なってくる。もしかして、本当にあった?

確かに、あまりにも突拍子もない話ではある。
しかし与太話として片付けるには妙に詳細な記述の史料が多すぎる。というわけで、この展示では実際に複数の史料を突き合わせることが出来る構成になっている。崩し字が読めなくともすべての史料を活字に起こしたものが置かれているので、誰でも触れられる構成になっている。


高橋協子《 ― ナガレツク ― 》展示は一部撮影可

面白いのはこの展覧会の企画段階で新史料が発見されたことで、これによって馬琴の文章における「はらやどりの濱」(史料によって表記が揺れているので一応有名な馬琴に沿うことにする)、今まで詳細不明だった場所が、伊能忠敬の地図ベースで茨城県神栖市波崎舎利浜であることがほぼ特定できたそうだ。
元から舎利浜説は有力だったのだがこれは非常に大きな進歩で、うつろ舟界隈には当然激震が走った。どこだ? うつろ舟界隈って……。

明治以降うつろ舟奇談に注目した人物としては柳田國男と澁澤龍彦が有名である。
私は渋澤の『うつろ舟』が昔から大好きで、『ねむり姫』『高丘親王航海記』とともに夢中で読み耽っていた。西洋のオカルトやエログロ、黒魔術中心に生きた澁澤が、晩年日本の奇談・伝奇に辿り着いたのは個人的にとても好きというか、純粋に興味深い。

澁澤の『うつろ舟』に関しては完全な澁澤の手つきによる幻想小説に昇華されているし、柳田國男も「うつぼ舟の話」自体完全な創作だと切って捨ててはいるものの……それから数十年経って出てきた「完全な創作とは言いきるには、なんともいえない点が多すぎる謎の史料たち」を見て、非常に感慨深い思いが湧いたのは確かだ。

ちなみにこの展覧会は複数のニュースで紹介されたことで想定を上回る人気のようで、チラシが切れてしまっていた。企画にあたって刊行された常陽の雑誌はなんとか手に入れることができたが、会期末に行くとこれも売り切れる可能性がある。

興味深かったのがこの「うつろ舟の蛮女」の伝承が茨城では養蚕の女神信仰と結びついていた点だ。星福寺/蚕霊神社の衣襲明神、蚕霊尊、或いは馬鳴菩薩としばしば同一視されていたところは初めて知った。

神代に丸木舟で常陸国に漂着した、天竺よりやってきた金色姫の養蚕伝来伝説……。地元の人々がうつろ舟の蛮女と繋げたくなるのも、心情としてわかるところはある。

茨城、というより北関東全体が養蚕、製糸と切り離せないのはマクロな歴史としてその通りなのだが、個人的に思うところがある。

水戸出身の祖母の母、すなわち私の曾祖母はかつて富岡製糸場の女工として働いていた。そのため祖母は、富岡製糸場の資料を探して欲しいと何度か家族に尋ねてきて、実際に本を見繕ったことがあった。富岡製糸場となるとかなり範囲が広くなるため私自身きちんと体系として調べられているわけではないが……もともと貧しい農家だったためあまりきちんと伝わっていないファミリーヒストリーの手がかりのひとつとして、北関東における養蚕・製糸の歴史は今後も個人的に調べていこうと決めた。

さて……まだ二日目の午前中だが、一旦分割することにする。次の記事ではその後行った御舟展とアフタヌーンティー、そして梅の時期の水戸の観光のオススメをもう少し具体的に掘っていこうと思う。


茨城県立歴史館のひなまつりの展示。当時はセットではなく徐々に買いそろえられたことが窺える