百人一首についての思い その53

 第五十二番歌
「明けぬれば暮るるものとは知りながらなほ恨めしき朝ぼらけかな」 
 藤原道信朝臣
 夜が明けてもやがて日は暮れます。そうすれば、またあなた逢えると分かってはいても、夜明けが恨めしく思えるのです。

 Though the sun has risen,
 I know I can see you again
 when it sets at dusk.
 Yet even so, how I hate
 this cold light of dawn.

 好きな女と一晩過ごしても、夜が明ければ男は仕事に精を出さねばならない。男は何よりも務めを大切にしなければならない。務めを疎かにして失敗をしでかしたら、責任を取らねばならない。大好きな女だからこそ、一日中ずっと一緒に居たい。しかし、己に課された務めを果たしに、朝になったら仕事場に戻らねばならない。女のほうも、そのことを理解していて、快く職場に男を送り出す。そして、夜には辛い務めのことを忘れて、お互いの思いを確かめ合う。ましてや、現代とは違って、男が妻の家に通う通い婚なので、朝の別れは辛いだろう。

 さて、ここで一旦通い婚の時代を離れて現代の話をしよう。これは一般論だが、男として一番困るのは妻に「あなたは私と仕事とどっちが大切なの」という質問をされることである。仕事をしていれば責任を持って仕事をやり遂げなければならない。それができないなら、会社から給料をもらう資格がないと言われてもしかたがないのだ。給料をもらえなければ家族全員路頭に迷うことになる。そのような事態は絶対に避けねばならない。それが家長として、男としての責任なのだから。

 そして、もちろん、妻も大切である。男にとってはどちらも大切に決まっているのに、なぜ女は二者択一みたいな質問をするのかと、不思議でしょうがないのだ。しかし、妻の立場からすると、今度の休みには温泉に行こうなどと計画して楽しみにしていたのに、急に会社の出張命令で温泉行きはキャンセルだと言われても納得し難い気持ちになるということは理解できる。理解はできるが、やはり二者択一ではないよと、男は思ってしまう。そこのところはなかなかうまく説明できない。

 黙っていれば妻にふて腐れていると思われるし、下手に何か言えば言葉の弾丸が飛び交って、大変な傷を負う。それでも、仕事の責任は果たさなければならない。ああ、男は辛いよ。まあ、男の辛さと女の辛さとどちらも理解してあげなさいということを、藤原定家がこの歌を通じて示唆したのだと思えば、とてもありがたい教訓でもある。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?