百人一首についての思い第三十二番歌

「山川に風のかけたるしがらみは流れもあへぬ紅葉なりけり」
 春道列樹(はるみちのつらき)
 山奥の川に風が架けた柵とは、なんと川面に散り敷いた、たくさんの紅葉だったのです。
 
 The weir that the wind
 has flung across
 the mountain brook
 is made of autumn’s
 richly colored leaves.
 
 この人は有名な歌人というわけではないが、この歌そのものの良さを藤原定家が評価していたのだろう。この歌を元歌として、定家は次の歌を詠んだ。
「木の葉もて風のかけたるしがらみはさてもよどまぬ秋のくれ哉」 
『拾遺愚草』1355
 
 さて、春道のこの歌にある「しがらみ」とは、川の流れをせき止める柵のことだそうだ。山の中の川にかけられた柵のように、紅葉がいっぱいにたまっているところがあったという情景を表した。
 ところで、「しがらみ」とはいつの世にもある人間関係の「しがらみ」でもある。その場合は、引き留めるもの。まとわりつくもの。邪魔をするもの、という意味である。例としては、「しがらみのない政治をするのが私の理想です」などと使う。
 
「人間関係の、まるで澱みのようなしがらみも、よく見れば、そのひとつひとつが美しい紅葉じゃないか」ということを詠んだ。煩わしく辛いものに思える人間と人間のしがらみも、ひとつひとつが美しい紅葉なのだと、紅葉を擬人化して詠んだ歌なのだ。
 この歌を詠んだ春道列樹はこの情景を見て、澱みのような人間関係のしがらみも、ひとつひとつはこの美しい紅葉のようではないかと気がついたと、小名木さんが言う通りに、僕らはみんな生きている。生きているから悩むんだ。悩んでいるのは俺だけじゃない。みんな同じように悩んでいるのだ。そのような感慨を持って前向きに生きようと思ったことだろう。
 
 しかし、人の世のしがらみはいくつもある。義理や人情などというものに雁字搦めに縛られる場合もあるし、時代遅れの感があっても、先例ということで守らねばならないしきたりなどもある。だから、しがらみを無理に絶つ必要はないし、しがらみに悩む必要もない。自分で受け入れられる範囲で物事を受け入れればいいし、どうして受け入れられない場合には、しがらみと無関係になれる条件は何なのか。どうすればしがらみの影響を最低限に抑えられるのかを考えればいい。
 
 

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