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御言葉の黙想 民数記22章20節 2024年7月5日

本文:
その夜、神はバラムのもとに来て言われた。「この者たちがあなたを呼びに来たのなら、起きて彼らと共に行くがよい。ただし、私があなたに告げることだけを行わなければならない。」

黙想:
モアブの王バラクは、イスラエルの民を見て、安全保障上の恐れを抱く。そして、軍事力で倒すことが困難であると見て、呪術の力を借りようとミデヤンの呪術師バラムを呼び出そうとする(22,5.31,8)。
特異なことに呪術師バラムは主なる神を畏れ、その霊感を受けている。しかし、イスラエルを潜在的な脅威とみなし、敵対的でもあったようである(31,16)。
バラムはモアブ王バラクの要請通りイスラエルに呪術をかけようとするが、主に止められる。モアブ王バラクの再三にわたる催促の中で、バラムに神の御旨が示される。
本文にある通り、主は呪術師バラムに、「ご自分の告げるメッセージだけを伝えること」を条件に、バラク王の所に行くことをお許しになる。しかし、その後バラク王の所に向かうバラムの身に恐ろしい出来事が起こる。主の御使いが抜き身の剣を持って、呪術師バラムの前に道を塞いで立っていたのである(22,23)。
本文にある通り、主は呪術師バラムがバラク王のもとに行くことをお許しになったはずである。しかし、その途上で御使いが抜き身の剣を持って立っていた。
人間には自浄能力がない。自ら悔い改めることができるならば、気候危機も世界大戦も大恐慌も犯罪も起こらないはずである。核の脅威が戦争への抑止力になっているという皮肉からもうかがえるように、人間を正しい道に導くためには実力の行使が必要になる。
事実、呪術師バラムはこれだけの警告を受けたのにも関わらず、イスラエルを罠にかける。そして、審判を受ける(31,8.31,16、ヨハネの黙示録2,14)。
剣を持った御使いが目の前に立ちはだかる前に、神に従順でありたい。これは脅しではなく現実である。

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