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3つの円のど真ん中

 数年前、会社がなくなった。なくなる前に、滑り込みで営業の仕事に就くことができた。新人研修が始まって、大変だけど頑張っていこうかと思った矢先、左側の顔面が痺れ始めた。どうしよう。病院にも行っていなかったけれど、もしかしたら気のせいかも知れないけれど…。
 左の口の端が痺れて水がうまく飲めなくなったのを機に、上司に辞める旨を伝えた。この間、1ヶ月。自分の中の職歴で最短だった。

 当然ながら、家族に言われた。「お前みたいな歳で、勢いで辞めてこの先どうやって生活していくんだ。」「1ヶ月しか会社に行ってないのに辞めるなんて。」「資格も何の経験もない奴がつく職なんてない。どうするんだ。」
それは自分でも痛いほどわかっていた。

 人間は、生きてるだけでお金がかかる。年金も保険料も払うと、手元には幾らも残らない。ニートになり、失業保険をもらいながら就職活動するけど、面接までいかない。
書類選考に応募しても「今回は…」から始まる紙と一緒に郵送で帰ってくる履歴書。書類選考がなく面接だけの場合でも、履歴書を見て当たり障りのない会話をして、やっぱり落ちる。
あの時の家族の言葉が本当に刺さる。

 余りにも落選続きだったのを見兼ねたのか、ハローワークの職員さんが職業訓練校を紹介してくれた。沢山の学科の中から選んだのは機械科だった。機会を使っての実作業とCADを使って設計の基礎を学ぶ。
料理でも絵でも、昔からモノを作るのは楽しくて好きだし、中でもパソコンでCADを使える。両方覚えれば、就職の幅が広がる。
 これだ!と思って直ぐに応募、その後の試験に合格して、晴れてニートから『職業訓練校に通う人』になった。

 機械科の先生は、見た目はちょっと怖くて、すっごく面白い人だった。色んな年齢の人が集まる学校だからか、よく放課後や朝の空き時間に生徒から相談を受けたり雑談していたり。自分も先生と話すのが好きで、沢山この先生とは色んな話をした。『ここだけの話で…』と近所にできた美味しいラーメン屋さん情報も教えてくれた。

 「就職はね、上を見るとキリがない。でも、下を見ると生活ができなくなる。アレコレと詰めすぎた条件にしない事。1つだけ自分の中でこれは外せない!と思う条件で、就職口を探すんだよ。」
「就職とか仕事をする上で何を大事にする?やりがい?職場環境とか??それもあると思うけど、やっぱり一番はお金よ!!これがないと何もできないから!」
「2つの事を同時に出来ない?不器用だねー。そういう時は、まず1つを進めるの。で、これが出来たから次はこっちってするの。それをしていくと、キリのいい付け所とか進めるスピードとか解ってきだして、段々と2つが競い合うように伸びてくるから。それで成長するんだよ。」

 1つ、決めた。CADを使って仕事がしたい。それでも、なかなか決まらなくて後1ヶ月で卒業と言う時に、たまたま今の会社の社長が会社説明会で学校に来た。説明会の後に話しかけて、とんとん拍子に面接日まで決まった。おまけに面接の当日、学校を卒業したらすぐに入社してくれと合格の電話まできた。家族に伝えると「おめでとう。」と「ここしかないと思って、直ぐに辞めたりするなよ。」の言葉をもらった。当たり前の言葉なんだけど、刺さった。
 

 会社の人たちは皆んな良い人ばかりで、経験も無い自分に仕事を教えてくれる。「何もわかっていない人」前提で教えて貰うので申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、仕事自体は面白くて仕方無い。(この「何もわかってない人」の話もあるけど、長くなるので次回に。)

 自分が使いたい武器(CAD)があって、それを使って良いと言ってくれる場所(職場)があって、失敗しても大丈夫!今度同じ失敗しなきゃ良いから!!と言ってくれる人たちがいる。
そこに甘えちゃいけないんだけど、どうにも居心地が良い。モノ、場所、ヒトの3つの円が少しずつ重なった丁度真ん中に自分が今、いる事が出来てる。

 あの時の同期とは、今でも時々集まってお互い近況を報告している。残念ながら、先生とは卒業してしまってから会うことができないでいる。
 でも、先生とのやり取りがなかったら今の自分はまたニートになってたか、適当な条件で就職してこんなはずじゃなかったとか思いながら仕事してた。面倒だと思われてたかも知れないけど、関わってくれたのがすごく嬉しくて、有り難かった。

 だから、仕事が好き。
好きだし、会社の人も好き。職場も。
それが言える、今の自分が一番好き。





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