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音大出てなくてもピアノ講師なぜ?

ピアノ講師をやる前に感じていたのが「音大を出ていない」という引け目だった。幼稚園の頃からピアノを習っているといってもそんな人は山程いる。音大でがっつり教授に習ってきた方にはやはり敵わない。
餅は餅屋ではないけれど、最適なそして過酷な練習をみっちりしてくるわけだからかなわないのは当たり前だ。環境が及ぼす影響は大きい。

こんなんでやっていいのかな?生徒に悪い・・・。

ある日、そんな考えを完全に払拭してくれる言葉に出会った。

「それは生徒が決めること。嫌なら来ない。あなたに習いたいから来る。」

同じ土俵に立とうとしていたことがいけなかった。
自分しかできないことをやればいい。
英語で教えることで生徒の幅が広がるだろう。
異文化に柔軟な環境に恵まれていることもプラスになる。

私だから出来ることをやればいい。そう腹をくくった。

不思議とそれからは勉強会にもリラックスしてでかけられるようになった。
ある日の勉強会で、ご一緒した先生に基本的な質問を聞いてしまった時。

一瞬周りが固まった気がしたけれど、あれは気のせいだったのかな?
自分が恥をかくはいいけれど、先生に恥をかかせてはいけない。ましてや勉強会に誘ってくださった方だ。恩を仇で返してはいけないのだ。

そういえば、Q&Aサイトでこんな質問を見たことがある。
「音大出身のすごい先生でない方が自分には合っている。がっつりやるつもりはないから。でもどうしたら探せますか?」
といったもの。
そういう需要もあっていいんだな、と少し嬉しくなった。

それでも自己研鑽は欠かせない。
先日も約5年ぶりに来日されたルイサダ先生の講演を聞きに行った。
先生は音楽家の家庭に生まれたわけでなく、そんなところに少し親しみを感じてしまった。
その時にとったメモはミミズの大後進ばりの汚さ。まとめて、ここにしたためられたら、と思う。

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