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『空想科学読本1』僕らを育ててくれた[エンタメ ✕ サイエンス]の傑作

1996年から変わらないこと、変わったこと

「仮面ライダーが変身するメカニズムは何か?」「巨大化するウルトラセブンの体内では何が起こっているのか?」「怪獣が火や光線を吐けるのはなぜか?」

マンガやアニメ、ゲームの世界の「?」に科学的に答える『空想科学読本』。1996年の出版から続く大ヒットシリーズを是非読んでほしい。

数ある傑作エピソードのなかから何を紹介するか迷った。2023年3月に映画『シン・仮面ライダー』が公開されるので、今回は、そのもととなるテレビ版『仮面ライダー』(1971年放送)の考察を取り上げる(『空想科学読本1』柳田理科雄/メディアファクトリー)。

テーマは「仮面ライダーのエネルギー源は何?」。仮面ライダーは変身ベルトの赤いプロペラで風を取り込み、エネルギーにしている。筆者の柳田理科雄氏はこれを風力発電だと仮定し、変身するときのジャンプで受ける風圧を計算した。結果は46ジュール。5㎏の荷物を94cm持ち上げるエネルギーに相当する。

「5㎏入りの米の袋を腰の高さまで持ち上げた瞬間、すべてのエネルギーを使い果たし、仮面ライダーはばったりと倒れるのである。これなら変身前のほうが、よっぽど強い」

このどうしようもない、身も蓋もない結論を出すところがいい。何を考察してもバカバカしくて笑えるオチになってしまう。しかし、柳田先生に悪意はない。客観的な計算結果をありのまま語っているだけだ。だからこそ『空想科学読本』は面白い。

柳田先生に対して、「夢がぶち壊し」だとか「揚げ足取り」だと批判する人もいる。しかし、作中の描写を地道に観察して、仮説を立証していくのは、ヒーローや怪獣に対する愛がなければ絶対にできない。

はじめて『空想科学読本』が出版された当時、小学生だった私のクラスの皆がこの本を読んでいた。でも不満もあった。誰も仮面ライダー1号も初代ウルトラマンもよく知らない。ジェネレーションギャップだ。

ところが、現在の空想科学シリーズは進化している。例えば、Yahoo!ニュースで連載中の『柳田理科雄の空想科学研究レポート』にはトレンドのネタがならぶ。『鬼滅』『呪術』『転スラ』『ウマ娘』『怪獣8号』などなど。また、女性誌「Oggi」(2021年11月号)で、ドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』や『愛の不時着』の考察記事が掲載された。取り上げる作品の守備範囲が比べ物にならないくらい広がった。そして読んでみると、相変わらずの柳田節が炸裂。いやー、恐れ入りました!

『空想科学読本』誕生の舞台裏

たくさんの「科学の子」を育てた柳田先生は、大人になった僕らを奮い立たせてくれる。冒頭で紹介した『空想科学読本1』は、1996年の第1作を2003年に文庫化したもので、「文庫版のあとがき」に力強いメッセージが込められているのだ。

書かれているのは、柳田先生が塾講師の仕事の傍ら執筆活動をしていた1995年頃の状況だ。彼は限られた時間で(1日4時間✕4か月)、少ない資料や道具(980円の家庭用電卓)を使って第1作を完成させた。

その後専業作家になった柳田先生は、「ない」だらけで書いていた当時を振り返り、「持っていたのは、どうしてもこの本を書きたいという情熱だけだった」と言う。

「それが今や、どうだろう。朝から晩まで書く時間はいくらでもある。マイクロソフトExcelが使えるようになって、計算は革命的に速く楽で正確になった。本棚を見渡せば『化学便覧』全4巻7万4千円などという本まである。それなのに、1冊の単行本を書くのに1年以上。現境が整ったがゆえに、僕はフヌケになってしまったのだろうか?」

そうか、大ヒットシリーズの生みの親でもこんな苦悩があったのか。柳田先生も過去の自分を超えようと、もがき続けながら進化していたのだ。

筆者も、「何であのときこの記事を書けんだろう?」と不思議に思うときがある。確か、「あぁ他の仕事が忙しいけど、今どうしても書きたい」、「すぐにでも自分のアイデアを発表して世の反応を見たい」という衝動があったはずだ。「もっと資料を読み込んでから」とか「道具がそろってから」とか言ってたら、情熱はあっという間に逃げてしまう。

思いついたら即、作りはじめる。荒削りでも何でもいいから。そんなことを柳田先生の言葉を読んで思い出した。『空想科学読本1』は、無我夢中で何かを作りだす大人の背中を押す本だった。

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