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藤本タツキ読切マンガ全4作レビュー 『ルックバック』『さよなら絵梨』『17-21』『22-26』

 ひとりのマンガ作家の足跡を追うというのは実に楽しい読書体験だ。たとえば、連載中のマンガの原型を過去作のなかから見つけたときは、何か大発見したような得した気分になる。また、これまでその作家が自分の絵とストーリーをいかにして磨きあげてきたのかを辿っていくと、努力の過程に泣けてくるというか、感激が込み上げてくるものだ。

 その点、人気マンガ家・藤本タツキのファンは恵まれた境遇かもしれない。連載作『チェンソーマン』や『ファイヤパンチ』(いずれも集英社)はもとより、同作者の読切マンガが4冊も刊行されている。しかも、プロデビュー前の作品も収録されているのだから凄い。

 実は、藤本タツキは読切マンガの名手でもある。『17-21』『22-26』『ルックバック』『さよなら絵梨』(いずれも集英社)を読んでみると、読切の執筆を通じてあらゆるジャンルにトライし、それに合わせて絵柄も変えて試行錯誤してきたことが分かる。

 今後、藤本作品が次々と映像化される予定だ。本日2024年6月28日に劇場版アニメ『ルックバック』が公開開始。そして『チェンソーマン レゼ編』も現在製作中とのこと。今、最初期の読切作品を含め、藤本タツキワールドを振り返る絶好の機会。以下、先に挙げた4冊の読みどころを紹介しよう。


『藤本タツキ短編集 17-21』(2021年10月出版)

【少年マンガに絶対入れてほしい3大要素が全部載せな短編集】

 この一冊には、マンガ賞初投稿作を含む最初期作全4遍が掲載されている。ジャンルはSFや学園ラブコメ、アクションモノと幅広い。

 読めば驚く。初期作品から一貫して、少年マンガに欠かせない要素が全て盛り込まれているのだ。①謎の特殊能力が炸裂する戦闘シーンや、②マジでくだらない(ほめ言葉ですw)下ネタシーン。そして③アツすぎる恋愛感情。

 どの作品も、主人公は意中の相手に対してどうしようもないほどべタ惚れだ。このあたり、同作者の『チェンソーマン』のキャラ・デンジを彷彿とさせる。

 個人的に、4遍のなかで特に印象的だったのは「恋は盲目」。最終的にはパンツー丁になっちゃうくらい、なりふり構わず暴走する主人公の姿が見ていて楽しい。


『藤本タツキ短編集 22-26』(2021年11月出版)

【藤本タツキ作品は、健気な妹キャラがとことん可愛い!】

 短編集第2弾収録作のなかでも白眉ではないかと思われたのが、異世界ファンタジー「予言のナユタ」と、油絵制作に青春時代をささげた姉妹を描く「妹の姉」。

 このふたつの作品では、お兄ちゃんやお姉ちゃんを慕って、どこまでも後をついていこうとするピュアな妹ちゃんが登場する。クセの強い設定の割に、なかなか愛らしく見えるキャラだった。

 一方、そんな妹に対して、進むべき道を「言葉」ではなく「行動」で示そうとする兄や姉の姿も描かれている。

 これらの作品のなかで描かれた揺るがぬ信頼関係は、のちの『チェンソーマン』でいうところのデンジとパワー、あるいはデンジとナユタの関係性へとつながるように思える。


『さよなら絵梨』(2022年7月出版)

【藤本タツキ作品史上、最高に美しいヒロイン】

 正体不明の少女・絵梨をヒロインに据え、自主制作映画の撮影にのめり込んでいく中学生・優太の物語。全201ページの長編読切。

 彼の映画制作の日々そのものが劇中作になっていて、作中の言葉を借りれば、どこまでが事実か創作か分からない「混乱」が本作の面白さ。また、ほとんどのコマが劇場映画で用いられるアスペクト比(横長の「シネマスコープ」)で区切られていて、実にニクい演出だ。

 また、優太の映画の中での絵梨は、あまりに綺麗で、イキイキしていて幸せそう。絵梨を心底愛していた彼しか撮れない美しい映像だったと思う。

 藤本タツキは、グロくてイカれたマンガも、そして『さよなら絵梨』のような繊細なマンガも描く。だから、あまりの振り幅の大きさに驚かされるのだ。


『ルックバック』(2021年9月出版)

【「ひとつまみのファンタジー」がピリリと効いた傑作青春マンガ】

 全143ページの長編読切。内容は、名作『バクマン。』(作:小畑健、大場つぐみ)を彷彿とさせるマンガ家マンガだ。

 物語は、小学4年生の藤野と不登校の同級生・京本がマンガ制作を通じて出会うところからはじまる。そして中学、高校へと進むなかでも創作を続け、友情を育んでゆく……。少なくとも中盤までは、そんなリアル路線の作品だと理解していい。

 だが、とある事件が突如発生し、クライマックスに訪れる超展開に唖然とする。現実と虚構が入り混じるこの感じは、先に紹介した『さよなら絵梨』に通ずるものがあって、作中の言葉を借りれば、「ひとつまみのファンタジー」が添えられているのだ。

 藤野と京本の間で「ボトルメール」のような時空を越えたメッセージがやりとりされる。このファンタジー要素こそが、本作を傑作たらしめたのだと思う。


 以上。いずれも30分もあれば読めてしまうようなボリュームなので、気になる一冊があったら是非手に取ってほしい。藤本タツキワールド入門編としてオススメだ!



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