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『やっぱり食べに行こう。』原田マハ

『やっぱり食べに行こう。』
原田マハ 2021年 毎日文庫

イランカラプテ。JR北海道の車内アナウンス、アイヌ語の挨拶。
白銀の世界に目を細める旅がはじまった。お供はやはり旅行記しかない。表紙をよく目にしていた原田マハさんの旅先グルメエッセイとはじめまして。

まず食のエッセイとは、目次を眺めるのが楽しいと思う。タイトルだけで「あぁ〜」と共感できたり、逆にそれは何ぞ?と思ったりする。字面を見てにこっとしたのは「ねこたつみかん」。シンプルな冬の黄金比である。向かう氷点下の世界を思い、なお目を引いたのだろう。

北を目指す機内で読むマルセイバターサンドの話。転じてフリーズドライの苺入りチョコレートの話。
これは驚いた。私は小中学生の頃、数ある六花亭のお菓子の中でそれこそ1番と思っていたから。最近浮気しているのを反省して、ストロベリーチョコを買って帰ろうと決心した瞬間。ところでホワイトチョコレートの方を選ぶのが正解。

純喫茶のモーニングの話。子供の頃に刷り込まれた、朝はトーストが付いてくるの心得。煙草の煙さえクラシカルを演出する。マハさんいわく「大人の味」。
Googleマップをぼやんと眺めていて、滞在する祖父母の家の近くに喫茶店があることに気がついた。行こうかどうしようか、おそらく孫のためにいつもよりちゃんとした朝ごはんを用意してくれる祖母に申し訳ないし朝はおうちでのんびりがよいか、、と少し気を回していたがこれまた決心、どこかで訪ねよう。もうそれしかあるまい。
有言実行、行った。雪国の朝のコーヒーは沁みる。変わらない値段で頬張る厚いトースト、自家製のバターとジャム。これが「大人の味」。少し解像度を上げてみよう、「大人の嗜みに満足する味」。

牡蠣の話。生まれ変わりを自称するほど好きだとか。
本を読むのに少し脳が疲れたら、車窓より雪見て茶飲み考える。私は何の生まれ変わりだろうか。食のイリュージョニストと謳い文句を付けたくなるのは何奴だろうか。
コロッケかな。それは料理か。ならジャガイモかな、小さい頃から好きだし。いや待って、芋の生まれ変わりは自称したくない。ナス、ゴボウ、いちご、桃。どれもこれもイリュージョニストと呼ぶ決め手に欠ける気がする。はて何だろう。
思いがけず自分に宿題ができる。楽しき瞬間である。

5回連続してカレーの話。バスセンターの立ち食いカレー、カレー界のエベレストこと全部のせカレー。カレーは世を渡るうち七変化する。
私もおばあちゃんの家でカレーを食べた。煮立つ鍋のなか、さつま揚げがいたり枝豆がいたりする。こんなにすべて受け止めて美味しく包んでくれる料理はまたとない。

その他いくつか心に残ったもの。
イスタンブールのヨーグルトドリンク。レシピを再現したい、夏を心待ちにする理由をまたひとつ。
ザ・サヴォイのホワイトオムレツ。老舗ホテルでしか出会えない味はたしかにある。
夏の京都の化身と言わしめた和菓子「西胡」。京の夏を訪れたい理由はいくつあっても困らない。
牡蠣のお好み焼き、かきおこ。略称には愛がある。岡山に行ったら必ずや。

さて、文章の長さに食い意地が露呈していることは気づかないでもらおう。
食が喜びな時点で恵まれた人生だ。そのことは忘れたくない。

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