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Lapin Ange獣医師の「ネットで見たんだけど・・」 #3: イヌにはブドウもダメ!  ホント? 何故ダメ?

今回はブドウです。  #1のチョコレート#2のタマネギは,代表的な「ワンちゃんに食べさせてはダメな食品」として昔からよく知られていたのに対して,「ブドウは危ない」というのは,比較的最近になって知られるようになった知見です。 実際,20世紀中に獣医師免許を取得した私は,大学でブドウ中毒については学びませんでした。 2000年代になって,ブドウを食べたワンちゃんの健康被害が報告されるようになり,今や,ネットでよく勉強されているワンちゃんオーナーの皆さんにとっては,常識ですよね。

ブドウの, どの部分をどれくらい食べたら?

ワンちゃんにブドウが良くないことは皆さんご存知ですが,ブドウのどの部分が有害で,どれくらい食べたら危ないのかは,ご存知ないと思います。 ネットに溢れる記事には「ブドウの実全体」とか「皮の部分が」と書かれていたり,危険な量(中毒量)を示しているサイトもありますが,ほとんどは「詳細は分かっていない」と記しています。 本当のところ,どうなのでしょうか?

学術論文には

というわけで,例によって,Frontiers Veterinary Scienceに掲載された "Household Food Items Toxic to Dogs and Cats" からブドウに関する記述を紹介します。

ブドウの果実およびそれらの乾燥製品は,犬に腎不全を引き起こすことが報告されています。 果実は,生で食べることもあれば,フルーツケーキ,ミンスパイ,モルトローフ,スナックバー,スコーンなど焼菓子の材料として調理されたものを摂取する場合もあります。 毒性兆候は,マーク (ブドウを圧搾した後の残留物) の摂取でも観察されています。 ブドウによる腎毒性の機序と正確なメカニズムはまだわかっていません。 腎毒性物質あるいは特異体質的な反応が関与しているようで,それによる血液量減少によるショックや腎虚血を誘発します。 ブドウとその乾燥製品に対するイヌの感受性には,かなりのばらつきがあります。 1994 年 8 月から 2007 年 9 月の間に獣医中毒情報サービス VPIS に記録された 180件の報告を再調査した最近の研究では,イヌによるブドウの摂取に関して,一部の動物はレーズンを最大 1kg 摂取した後でも症状はなかった一方で,別の動物はほんの一掴みのレーズンで死亡したと報告されました。 2.8 mg/kg という低用量のレーズンや,体重 8.2 kg に対して4 ~ 5 個のブドウの摂取で腎不全が確認されたという症例も報告されています。 したがって,ぶどうやレーズンの摂取は,臨床上,潜在的な問題があると考える必要があります。 摂取後 24 時間以内の嘔吐が典型的な臨床徴候であり,下痢,食欲不振,無気力,腹痛も報告されています。 吐物や便に,未消化のブドウやブドウ製品が見られるかもしれません。 これに続いて,短期間のうちに腎不全やその徴候 (乏尿,無尿,多飲,タンパク尿,血清クレアチニンおよび尿素の上昇) が現れます。 一般に,乏尿または無尿の場合,予後は不良です。 治療を行う時間も,結果に大きく影響する可能性があります。  個体によって,その耐性には大きなばらつきがあるため,摂取量にかかわらず,積極的に対処する必要があります。 摂取後の経過時間が短かい場合は,催吐剤を使用した迅速な除染と活性炭の反復投与が強く推奨されます。 すべてのケースにおいて積極的な輸液療法を行うべきで,少なくとも 72 時間,腎機能を監視する必要があります。
(上記レビューより抜粋・翻訳,専門用語は極力割愛しました)

要約すると

  • 生のブドウや乾燥物(レーズン)の摂取により,腎障害が誘発されることがある。

  • 有毒な成分や毒性発現の機序は判っていない(→ブドウのどの部分が有害なのか分からない)。

  • 毒性発現には,特異体質が関わっている可能性もあり,感受性の個体差が大きい(→毒性量や安全量を設定できない)。

  • 腎障害によって乏尿(尿量の著しい減少)・無尿(排尿がなくなる)になると予後は悪く,死亡する場合も少なくない

  • 摂取後経過時間が短い場合は,催吐剤や活性炭による除染(身体から排出させる)処置を行うが,継続的な輸液と腎機能モニタリングが重要

結論(私の見解)

ワンチャンにブドウは危険という皆さんの常識は正しいのですが,多くのネットサイトで述べられているように,その原因物質など詳細は分かっていない点が多いようです。 個体差も大きいため,安全量・毒性量も明確になっていません。 したがって,何よりもワンちゃんがブドウやレーズンを誤食することがないように,オーナーさんがしっかり管理する必要があります。 家庭で生のブドウを誤食する可能性は低いかもしれませんが,レーズンパンやレーズン入りのケーキは注意が必要ですね。 ありそうなのは,ブドウ畑やその周りにワンちゃんを連れて行ったために,地面に落ちているブドウの実や皮を食べてしまう事故かと思いますので,くれぐれもご注意ください。 

要注意です!

雑記

上に紹介した論文は2016年のもので,ブドウ中毒は比較的新しい知見のため,もっと最近の研究報告があるかもしれないと考え,文献検索してみたところ,2022年7月の論文が見つかりました。
Journal of Veterinary Emergency and Critical Care に掲載された"Acute kidney injury in dogs following ingestion of cream of tartar and tamarinds and the connection to tartaric acid as the proposed toxic principle in grapes and raisins" で,酒石酸(ブドウに多く含まれています)が豊富なタマリンド(私はよく知らないのですが,調味料として使われるそうですね),あるいは酒石クリーム(これも私は知らなかったのですが,妻に聞くと,クリームタータとかケレモルと呼ばれるもので,ワインの「酒石」を原料とし,メレンゲを作るときに,きめ細かい安定した泡を立てるために汎用されるそうですが,Lapin Angeでは使用しないとのことでした)を摂取したイヌに誘発された急性腎障害が,ブドウ中毒による腎障害の病態に酷似していることから,酒石酸がイヌのブドウ中毒の原因物質である可能性が高いと指摘しています。 米国動物虐待防止協会ASPCAは,そのwebサイトでこの報告を引用して「ブドウ中毒の原因物質が判った!」としています。
酒石酸は食品添加物や調剤に用いる医薬品としても登録,承認(厚生労働省)されており,その安全性情報として,イヌでは1回投与で5,000 mg/kg,毎日投与では990 mg/kgが致死量と記されています。 これらの値に比べると,上記の酒石クリーム事故の摂取量は483あるいは704 mg/kgで,1回の摂取量としては少ないものの,大きな乖離はないように思われます。 
ただ,この酒石クリーム483 mg/kgという量について試算すると,生の皮付きブドウ100 gには約400 mg(4 mg/g)の酒石酸が含まれている(文部科学省 栄養成分データベース)ので,体重10 kgのワンちゃんの場合,483 mg/kg × 10 kg ÷ 4 mg/g =約1200 gのブドウに相当します。 この値は「2.8 mg/kgのレーズンや,体重8.2 kgに対して4〜5個のブドウで腎不全」とは,かなりかけ離れた量ですので,酒石酸に腎毒性があるのは事実としても,実際に報告されているイヌのブドウ中毒の原因が酒石酸であるとの結論は早計な気もします。 酒石酸の腎毒性を助長するような未知の因子があるのかもしれませんね。

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