Lapin Ange獣医師の「ネットで見たんだけど・・」 #2: イヌにはタマネギもダメ! うちのイヌ,食べてたけど・・?
前回(#1)のチョコレート中毒に続いて,今回もワンちゃんオーナーさんには常識の,タマネギ中毒です。
チョコレートと同様に,ネットにはイヌ・ネコのタマネギ中毒に関する記事や説明が溢れています。 これらは押し並べて「ワンちゃんには,タマネギを食べさせてはダメ,他のネギ類もダメ,加熱してもダメ,赤血球が壊れて貧血になる!」と強く警告しており,獣医系の大学でも基本中の基本として教えていますので,そのこと自体は間違いなさそうです。
うちのイヌ,タマネギのお味噌汁食べていた・・
ところが,タマネギ中毒の話になると必ず「でも,昔うちで飼っていたイヌは,タマネギのお味噌汁とか,すきやきの残りにご飯を入れた餌を平気で食べていた。」「うちも,タマネギもネギも気にしたことなかった。」「きっと,よっぽど大量に食べない限り大丈夫なんだよ。」と言う声が少なからずあります。 本当のところ,どうなんでしょうか? ネットで言われているほど恐れる必要はないのでしょうか?
学術論文では
というわけで,学術論文にはどのように記載されているのか,前回と同じFrontiers in Veterinary Scienceに掲載された2016年のレビュー"Household Food Items Toxic to Dogs and Cats"から,タマネギに関する記載をご紹介します。
要約すると
タマネギに限らず,ネギ,ニラ,ニンニクなどのネギ類は全て有害な成分を含んでおり,その毒性は,加熱や乾燥によっても減弱しない。
中毒量の目安はあるけれども,犬種によって感受性が異なり,特に秋田犬,柴犬は中毒を起こしやすい。
中毒を起こすと1日〜数日で消化器症状や抑うつが現れ,溶血による貧血が進行すると着色尿,粘膜蒼白,黄疸に加えて呼吸促迫や心拍数増加などが見られる。 死に至ることもある。
ネギ類の摂取後2時間以内であれば,催吐剤で吐かせるのがよい。 解毒剤はない。
結論(私の見解)
ワンちゃんオーナーさんの常識どおり,タマネギなどのネギ類はワンちゃんにとって危険ですね。 実際には,少量のネギ類を食べても問題にならない場合も多く,かなりの量を食べても平気なワンちゃんもいます。 けれども,個体間や犬種による感受性の差が大きく,皆さんのワンちゃんの感受性は分からないので,少量であってもリスクは否定できないですね。 特に秋田犬,柴犬などの日本犬のオーナーさんは,くれぐれも気をつけて,慎重な対応をお願いします。 わざわざ懸念のあるネギ類を食べさせるオーナーさんはいらっしゃらないと思いますが,知らないうちにワンちゃんが食べてしまう誤食が怖いので,ネギ類の保管には注意してください。 タマネギを加熱調理して作られた料理などは,ワンちゃんにとっても美味しいようで,大量に食べてしまう可能性もありますので,特に注意願います。
雑記
外国種のイヌは日本犬に比べて感受性が低いらしく,海外の書物には「ネギ類を大量に食べると・・」と記載されています。
秋田犬や柴犬の感受性が特に高いのは,赤血球中のカリウムやGSHという物質のレベルが高いことが関与しているようですが,酸化的障害を抑制する物質として知られているGSHが多いことが,何故,酸化的障害を助長するのか,に関するネットの説明は不十分でサイトによって異なり,首を傾げるような説明をされているサイトもあります。 学術論文を検索してみると,日本の北海道大学や麻布大学の研究グループが,その疑問に関連する実験結果を報告した論文が見られたものの,残念ながら,私が完全に納得できる説明は見つかりませんでした。(私の探し方や理解力の問題かもしれませんが)
日本ではタマネギによる中毒が特に有名ですが,ニンニクの毒性はタマネギの3〜5倍強いそうですので,近年の食文化の変化によって,中毒の発生状況が変わるかもしれませんね。
「催吐剤で吐かせる・・」とされていますが,着色尿(ヘモグロビン尿)が出て初めて気付かれることも多く,催吐剤を使うタイミングを過ぎているため,専ら溶血性貧血への対処となります。 どうぞネギ類をしっかり管理して,中毒が発生しないようにしてください。
初期症状や貧血が一旦改善しても,暫くは継続注意してください。 ネギ中毒で壊れた赤血球からは血色素(ヘモグロビン)が血中に漏れます。 この色素が原因で腎障害を起こして重篤な状態に陥ることがあります。 これは,ヒトのクラッシュシンドロームと同じです。 かつて,阪神淡路大震災の際,倒壊した建物から救出された方が,元気に見えていたのに,時間が経過した後に急変して亡くなるケースが続出しました。 家具などの下敷きになって筋肉が損傷し,筋肉細胞から大量の色素(ミオグロビン)が血中に漏れ出て,重篤な腎障害を起こしていたのです。 被災者の数があまりにも多く,大小様々な医療機関に運ばれたのですが,当時,クラッシュシンドロームを知らない医師が少なくなかったのです(軍隊経験のある高齢の医師はマーチングバンドシンドロームと同じだと気付いたそうです)。 医療・医学に関わる者にとって,とても悔やまれる,辛い記憶です。
追記
この記事の原稿を書いた後,ほどなくしてトルコ・シリアの巨大地震が起こりました。 そして今日,NHKニュースが,日本から国際緊急援助隊の医療チームが派遣されることを伝えた中で,「クラッシュ症候群(シンドローム)の患者が多く見込まれるため,日本の医療チームは救助隊で唯一,救出後に必要になる人工透析の装置を持ち込み・・」と報じました。 そう,あのとき透析さえ出来ていれば,助かった被災者が少なくなかったはずでした。 私たちの辛い教訓が活かされて,トルコ・シリアの人々の生命が一人でも多く救われることを祈ります。
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