自家焙煎のたのしさとおいしさを知ってしまった
「美味しいコーヒー」とは何か。
「美味しいコーヒー」を淹れるには、産地や農園、淹れ方、水、色々な要素があげられるが、味の好みに関わらず、前提条件として「焙煎したての新鮮な豆」であることは外せない。(熟成させた豆をつかったエイジドコーヒーというのもあるけど、そういうのは一旦置いておこう。)
私がコーヒーを初めて自分で焙煎して飲んだのは、去年の9月。私のひとつ前の派遣でマダガスカルに行くことになった隊員をお見送りしに、長崎県に遊びに行ったときのことだった。のどかな港町で陽気なお母さんが経営されているカフェでの出来事。焙煎したての華やかで力強い香りに満ちた店内で、「最初はフィーリングでいいのよ」と気軽に豆の種類を選ばせてくれた。
そして焙煎前に飛び出た衝撃のひとこと。
「大きなチェーン店で売られているような豆やコーヒーは、豆がすでに死んでいます!」
その後のことばを聞いてその理由に納得した。
コーヒー豆は、生き物。お米と同じで、きちんと保存したら長期間そのままにしていても美味しさを損なわない。けれど、ご飯は炊き立てが一番おいしい。時間が経つと、どんどん味が悪くなり、すぐに食べられなくなる。コーヒー豆も同じ。火を入れるとそこからは劣化していくだけ。だから、煎りたて、挽きたてが一番美味しい。
確かに、バイトしていたカフェでも、パック詰めして運ばれてくるコーヒー豆の袋を開けてからの期限管理はかなり厳しかったし、ドリップにもエスプレッソにも挽きたての豆しか使わなかった。
遠赤外線でふっくら仕上がると噂の焙烙とガスコンロを使ってぱちぱちと煎ったコーヒーは、とてつもなくぷくぷく膨らんで、とてつもなく美味しかった。そして、同じように淹れてもらった、挽かれた状態で売られた某コーヒーメーカーのドリップは、苦くて、香りがなくて、雑っぽくて、全然美味しくなかった。
虫食いのお豆は、穴の中まで十分に乾燥できず、カビやすい。また、形が悪い豆やなんかも、均一に焙煎されずに雑味となる。グレードの高い豆ほどこれらの選別が丁寧・厳格なんだそうだ。安い豆が何故あんなに安いかというと、豆自体の品種や質はもちろんのこと、そういった手間やコストを可能な限り省いているからだといえる。安い豆には安い理由があり、高い豆には高い理由があるのだ。
その後、派遣前訓練に出国にとばたばたの日々を過ごし、焙煎とは無縁の生活を送った私だったが、ルワンダに派遣されている同期のコーヒー隊員(正式にはコミュニティ開発隊員)に感化されて、日本から焙煎機を取り寄せてみた。
コーヒーを焙煎してみた。
日本から送ってもらった豆。たくさんの産地の中から、自分が飲みたいお豆を選ぶ。この作業がまず楽しい。
グアテマラ、ドミニカ共和国、コスタリカ、ケニア、などなど・・・、産地も変われば味も違う。そしてお豆の形も。小粒な子も居れば、ぷっくり大きな子も居る。どのお豆も可愛い。
どんな国なんだろう。どんな気候で育ったんだろう。このお豆を育てた人たちはどんな暮らしをしているんだろう。そんなことを考えながら一粒一粒お豆をチェックしていく。
「ハンドピッキング」、つまりお豆の選別は、煎る前の大切な作業だ。取り除くのは、「欠点豆」と呼ばれる、虫食いや、形の不揃いなお豆。稀に、小石が混ざっていたりもする。
虫食いの豆は中がカビていることがあるし、形が不揃いなものは焙煎具合にばらつきが出てしまう。グレードの高いお豆ほど選別が丁寧、厳格だ。美味しいコーヒーが飲めるカフェで買うお豆は、どれも粒ぞろいで、綺麗で、ふっくらしていて、そして均一に火が入っている。
ハンドピックの次の工程にうつる。
自分で色々調べたり、コーヒー隊員に聞いたりして、焙煎前に豆を洗う派と洗わない派に分かれることを知った。
洗う派の意見は、チャフ(焙煎の際に剥がれて飛びまくる薄皮)の軽減や、そもそもこれは”生の穀物”のため衛生的に問題がある、というもの。
対して洗わない派は、水にうま味が溶け出してしまうことや、水分量を計算して乾燥させ出荷するため、そのままの状態で焙煎するのがベストだという事を教えてくれた。
私は洗う派の方の動画を見て「豆は洗うものだ」と思っていたが、コーヒー隊員の彼に倣って洗わない派になった。
さて、豆を煎っていく。
私は専用の焙煎網なるものをアマゾンでポチったが、蓋つきの小さなフライパンや片手鍋でもできるので、コーヒーが好きな人は是非やってみてほしい。
中火ぐらいで、同じ場所ばかり焦げてしまわないように、火から20~30㎝離して網を振り続ける。フライパンの場合は、ずっと火から離していると十分に加熱されないため、3秒火にかけて3秒振る、を繰り返すのがよいらしい。
最初は”ざらざら”と重たい音がするが、次第に”からから”という軽い音に変わる。
シナモン色になったころには、いい香りが漂いはじめ、豆自体の重量もなんとなく軽くなったような。豆の温度をあげるために、少し網を振る位置を下げる。
煎りたてのコーヒーが美味しいのはもちろんだが、焙煎のプロセスすべてを楽しめるのも魅力の一つだと思う。
シナモン色から濃い茶色に変わっていくころに、”ぱちぱち”とはぜる音が聞こえ始める。これは「1はぜ」と呼ばれ、中に溜まった炭酸ガスが外に出るときに発生する音だ。
1はぜ前で焙煎を止めるのが「ライトロースト」、1はぜ中だと「シナモンロースト」。このあたりはまだ青臭く、酸味も強い。
1はぜの終わりごろで焙煎をとめると、いわゆる「ミディアムロースト」。ミルで挽くときに「がりがり」と引っかかる、浅煎りのお豆だ。
ここから更に焙煎をすすめると、次は”ぴちぴち”と小さな音に変わる。コーヒーがもつ油分が出てくる音だ。これが「2はぜ」と呼ばれる、焙煎度合いを見極める2つめの指標となる。
このあたりから煙がどんどん濃くなっていく。それまでの”いい香り”の煙とは少し違う、”煙たい”に近いような、油を含んだようなどっしりとした香りだ。
1はぜと2はぜの間で止めるのが「ハイロースト」、2はぜのはじまりが「シティロースト」、中煎りだ。
ここまででだいたい10分~13分ぐらい。目、耳、鼻、そしてお豆を振る手、ぜんぶを駆使して焙煎をストップする場所を見極める。私はいつもミディアムからシティあたりの間になるように煎っている。
2はぜの終わりごろになると、酸味や青臭さが減り、日本人が好きなマイルドなコーヒーになる。これが「フルシティロースト」、中深入りの状態である。2はぜの終わりまで焙煎をすすめると「フレンチロースト」、つまり深入りになり、このあたりになるとお豆の表面全体に油分が滲んでつやが出てくる。カフェオレやエスプレッソが合う。そしてほとんど黒色に近いぐらいまで焙煎したものが「イタリアンロースト」だ。
好みの場所で焙煎をとめたら、豆同士や媒染器具の余熱で焙煎がすすんでしまわないようにすぐに皿やバットにあけ、うちわやドライヤーで冷ます。チャフ(薄皮)が舞うので注意が必要だ。
ちなみに、色以外で焙煎度合いをはかるには「生豆と焙煎豆の重量の差分」もひとつの目安となるが、これも生米と同じで、古米よりも新米のほうが水分量が多いため、あくまでも「目安」である。
隊員が任地に遊びにきてくれたときにこうして皆でローストをするのも楽しい。いやいやその豆はだめでしょ、早くしてよ、とあーだこーだ言いながらハンドピッキングするのは楽しい。早く終わる人、ずっと考えてる人、ハンドピッキングには性格が出ると思う。ちなみに私はかなり雑だしせっかちだ。
飲んでみる
普段コーヒーを飲むときは、一番ポピュラーと思われるペーパードリップで抽出している。抽出方法でいうと「透過式」に分類される淹れ方だ。あっさりとしていてシャープ、クリアな味を楽しめる。
これはフレンチプレスという抽出方法。「浸漬式」といって、コーヒー豆をお湯に浸してお豆のおいしさを引き出す方法だ。ペーパーフィルターを通さないためコーヒーオイルがそのまま残るので、コーヒーそのものの個性をより強く感じることができ、ざらざら、どっしりとした飲みごたえのあるコーヒーになる。新しく豆を煎ったときはこの方法で飲んで味の変化を楽しむが、普段飲むには少し重たい。
そしてこれはドリップ式だが、ペーパーフィルターを使わない。ステンレスフィルターはペーパーフィルターと違ってエコだし、コーヒーオイルはそのまま液の中に残るので、フレンチプレスとペーパードリップのちょうど間ぐらいの味になる。
最近、浸漬式と透過式を足して2で割ったような「ハマ式」なる淹れ方をYoutubeで知った。容器にお湯とコーヒーを入れて混ぜ3分浸漬し、フィルターで濾して飲むという方法だ。浸漬式ほどどっしりせず、フィルターよりも飲みごたえがあって、「ほどよい」感じが心地よかったりする。浸漬式のようにカップの底にざらざらが溜まらないので、最後まで美味しく飲めるのもハマ式の長所だと思っている。
また、透過式は毎回味が変わるが、浸漬式は分量と浸漬時間さえ間違えなければ安定して淹れられるので、フレンチプレスがなくてもテイスティングを楽しみたい時なんかはこの「ハマ式」がよいかもしれない。
コーヒータイム
そうなると欠かせないのは、コーヒーのお供だ。器具も具材もかぎられたなかで出来ることは少ないが、その状況でいかに美味しい物を作るか考えるのもまたここでしか味わえないひとつの楽しさだ。トライアンドエラーの先にある成功をつかんだときのドヤ感は、まるで「Dr.Stone」という漫画の主人公にでもなったかのよう。無理ゲーだけどやるしかねえんだよ。
コーヒー煎ろうぜ!
何であんなにお金を掛けるんだろうと思う側だったのに、いつのまにかコーヒー沼にはまって抜け出せなくなっている私。ラオスには美味しいコーヒー豆がたくさんあるし、ルアンパバーンやパクセ、首都ビエンチャンではローストしたての美味しいコーヒーも飲める。
でもね。力強く、ナッツやスパイスのような風味のアジアのお豆も好きだけど、フルーツや花のような香りが楽しめる浅煎りのコーヒーが飲みたいときだってある。エチオピアやケニアのお豆が恋しくなる。コスタリカも良い。といいつつ、浅めに煎るとりんごみたいな可愛い味がするペルーのお豆が今のところ一番好きだ。
ローストした豆は1度開封してしまうとどんどん鮮度が落ちてしまう。しかし、新鮮なお豆をその時に煎って飲めれば、いろんな国のお豆を家にストックしてその時々で楽しむことができる。自家焙煎の一番のメリットはそこだと思っている。
私が使っている焙煎用の網はアマゾンで2000円以下で買える。この網がなくても、蓋つきの小さめのフライパンや鍋があれば気軽に始められるのがコーヒー焙煎の良いところだ。ハンドピックから飲み終わるまで、そのプロセスを五感の全てで楽しめるコーヒーの楽しさが少しでも伝わって、この記事を読んで誰か一人でも生豆を買い物カゴに入れてもらえたら幸いだ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?