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制作者メタの話、あるいは謎解きの体系化について

この記事では、いわゆる制作者メタ、制作者目線/視点と呼ばれるものについて考えていきます。
また、記事中で、謎解き日本一決定戦Xおよび、
後述する無策師さんの参戦記事を取り上げます。

制作者メタとは

「謎解きの際、謎を作る側の視点からこの題材ではどう作るかを考える」
といったところでしょうか。
制作者の想定の解き筋ではないものを利用しているため、メタ解きの一種に位置づけられます。

制作者側の視点、「この情報・見た目って謎に使えそう、使われそう」といった話は謎を作ったことがなくても公演慣れから発生することもありますが、
単にもう一つの視点(*1)に立つだけでできるものではない制作者ならではの要素としては、
「制作をやってきたからこそ持っている経験・知識を活用する」
という既知の知識の活用という側面もあります。

堺谷さんが本気を出さないといけないような謎を一緒に解いたことはないので、伝聞になってしまいますが、
常春さんの周りに、彼自身をはじめ矢野さんや無策師さんなど謎制作者が大勢いる中、
この紹介が出てくるということは飛び抜けているのでしょう。リアル脱出ゲーム黎明期から一線を走り続けてきた貫禄を感じます。

堺谷さんの使う技術はおそらくですが、制作する際に問題が持っている制約等を問題から見抜く技術みたいなものだと思っています。

謎制作・謎解きシーンで「まだ味がする」といった言葉が見られますが、
味を見抜く力やそこからの実装力をカンストさせると、
どこが制作者の意図で、どこが問題の制約で決まったものかが見抜ける能力になるのでしょう。

<味がする>
使い回しをができそうな問題なのに使いまわしをしない場合、もったいない気持ちとともに使われる。

謎解きイベントの作り方(アクロバティックver)

まとめると、制作者目線には制作者(側の)目線制作者(としての)目線が存在し、後者には謎制作者としての経験・知識が必要。
そして、制作者メタは目線を問わず、(主に)謎制作者が持っている経験・知識を使ったメタを指すものとします。

メタ解析力について

・メタ解析力(効率よく検討をするための情報をゲーム構造から見抜く力)

謎を解いていたら日本一になった話

メタ解析力は、謎解き日本一決定戦で日本一になった無策師さんの記事
「謎を解いていたら日本一になった話」で語られている5つの力のうち、
無策師さんが特化しているとされている能力で、
この記事では、謎解き日本一決定戦でどのようにメタ解析・推理を発揮しているかが詳細に書かれています。

  • RIDDLERや松丸さんならこう作る

  • テレビ番組としてはこうすると絵になる

  • 説明の表現から、「自然な表現になっていない」ことに気付き、そこにトリックがあるのではないかと予想する

などなど。

「メタ解析力」が謎解きを純粋に楽しんでいるのかと言われると、人によって意見が分かれる場所だとは思いますが、私はここまで含めて謎解きだと思っています。

謎を解いていたら日本一になった話

メタ解析では人読みなど、普段の観察力・分析力が問われるものや、
状況設定自体からの推理など、
謎解き公演以下の規模感の謎解きではあまり用いられないような情報も使われますが、
「発言の違和感を見抜く」というのは、普段の謎解きの導線にも使われるものです。

それでも「メタ解析力」を活かしたいのであれば、あくまでこの力で出せるのは注力すべき一本の道ではなく確率の分布だと肝に銘じると良いです。
(中略)
80%のこのルートでいろいろと考えるのが効率的である反面、残り20%のことも常に忘れないことが大事です。

謎を解いていたら日本一になった話

「違和感をとっかかりにする推理」のようなものが謎解きとして出題される場合でも、こういった不確定さは発生しますが、
80%の確証しか持てないが、気づきやすい手がかりを導線として配置しつつ、100%特定できる要素でカバーする、といった手法で取り入れられることはよくあります。
想定された導線と違う違和感をプレイヤーが用いる場合が「メタ」になります。

<論理は通るが気持ちは通らない>
解法として論理としては正しいが参加者の気持ちとして違和感を感じること。例)「これ最終的にみなごろしにすればいいのでは」「論理は通るけど僕ら正義の味方だから、気持ちが通らないからだめだね」

<パテで埋める>
突かれそうなルールの穴を塞ぐ文章を追加すること。例)「これ"上"っていわれてもどこからでも言い張られるといけちゃいますよ」「じゃあ東西南北いれてパテ埋めとくわ」

謎解きイベントの作り方(アクロバティックver)

▲論理でないものを加味する話と、論理を整える話の例

メタ解析力と制作者目線

無策師さんの強い、メタ解析はひとつ上のレイヤーから構造を推理する技術、
堺谷さんの制作者目線スキルは制作サイドに立った時に問題が持っている制約等を把握する技術でした。

作り手は謎解きの構造の一部であり、問題の制約を見抜くのもメタ構造把握の一部と言えそうです。
また、メタ推理に使う情報には、謎制作王でもある無策師さんが制作をやってきたからこそ持っている経験・知識も含まれているでしょう。
使い方は少々違いますが、謎制作者がメタ解析力を発揮するとき、制作者目線・制作者メタはメタ解析力の一部と言えそうです。

謎解き日本一決定戦とメタ

謎解き日本一決定戦の番組全体を通して、出場者より「こんな謎を出してくると思いました。」といった制作サイドの思惑に触れるようなコメントも多く、制作者目線はもはやカジュアルな存在となっています。

▲ナゴマさんの謎解き日本一決定戦の実況より。ドラマ謎解きの2問目のシーン

EMさんも予選記事でかなり事前の読みやメタについて触れています。

制作者目線自体は、「誰もが見ていた情報だけど、解ける人・作る人はこう考えるんだ」といった発想の転換的な面白さがあるので、
番組も謎解きの面白さの一部として扱いやすそうだなと感じます。

一方で、説明の一挙一動が情報となるメタ解析については、
参加側と視聴者側では、空気感や内容説明、編集など、目の前の謎以外はなにからなにまで違うので、
こういった、作り手の用意した導線を超えた空中戦が解き筋のメインになってしまうと、「視聴者側の解く楽しみ」としては一部損なわれるのかなあと思ってしまいます。
すごいのはわかるけど、その情報は知らんよ……みたいな疎外感。

かといって参加側の行ったメタ解析を視聴者側でもできるようにするのは推理ドラマが偶然発生するようなものなので難しい。
「参加側は参加側として、視聴者側は視聴者側としてメタ推理をする」辺りはできそうですが別体験だし。。

古典一枚謎力における制作者メタ

謎解き日本一決定戦であった制作者メタは、大謎のメタだけでなく、一枚謎に対しても適用できます。

例えば、味がするといった制作のテクニックやクツウインチキの法則は導線を無視してメタ解きする際にも利用できます。

また、出題される謎を既に作っていれば、「既に解いたことがある」よりもより印象に残っていることでしょう。
この辺りは、椎葉透さんの配信の57分頃より無策師さんも言及されていて、

  • 謎制作は未知を既知にする行為

  • (無策師さん自身は)謎解きを楽しむためにも、謎制作の範囲を超えた対策をしないという矜持を持っている。

といった話をされています。

・古典一枚謎力(既に解いたことのある一枚謎を早く解く力)
・新規一枚謎力(初めて見るネタの一枚謎を解く力)

謎を解いていたら日本一になった話

謎を作ることで、新規一枚謎が減り、古典一枚謎が増える。お蔵入りになったネタも含めると、「その人の中だけで古典一枚謎となっている新規一枚謎」みたいなものもありそうです。

謎解きによく使われる知識を日頃からどのように謎に使うか考え、質の高い一枚謎を量産するような一枚謎職人(*2)が

  • アルファベット順に並んだ単語が答えになると言えば

  • アルファベットの偶数番目/奇数番目の文字だけで作られる単語といえば

  • 十二支を順番通りに拾って作られる言葉といえば

  • one two threeから文字を拾うなら

  • 曜日を並べて文字を拾うなら

といったものを、答えまで覚えていたとしても、
それは競技謎解きの対策を進めた結果ではなく、
謎制作を通して、既知の出題の技法を研究しただけでしょう。

都道府県は暗記しろのさらに先

無策師の記事では対策の代表として、都道府県は暗記しろ発言が挙げられていました。

更に、近年は競技謎解きとしてのテクニック・技術も増え始めており、「都道府県は暗記しろ」発言がまさにその一つと言えるでしょう。

謎を解いていたら日本一になった話

フライパン職人さんのこの記事は競技謎解きの対策記事として書かれていますが、彼自身が謎制作のために知っていると捗る知識を競技寄りに体系化したもので、
彼にとってはこの知識は既に典型になっており、最先端の出題技法や題材の使い方を研究しているところなのでしょう。

謎解きが新しいものを消費するエンタメコンテンツである性質上、
広く世に受け入れられるものを作るクリエイターは未来を走っていて、
ちょうど、制作者にとっての典型化とプレイヤーにとっての典型化のラグが「先見の明」感を出したのでしょう。
未来の先取りには「新しい」だけでなく「将来世に受け入れられる」必要もあるのですね。

2023年の謎解き需要

昨日フライパンさんと、わんど工房ツールのアップデート内容の検討をやったのですが、
「この機能は2022年中は需要がないと思うけど、2023年以降の謎解きの方向性をこの機能の有無で決めてしまうのは怖いから対応しよう」
みたいな会話をしていました。未来の先取り。

わんど工房の突然のアップデート予告

競技メインのプレイヤー

ペンシルパズルの場合、「解くように作る」という言葉があり、
制作によってのみ鍛えられる競技向けのスキルというのがさほどなく、

  • 作る中心だと、1つのパズル種や手筋を深く掘ることができる。誰も作っていない未知にも到達できる。

  • 解く中心だと、たくさんの様々な問題に触れられる。

といった注力分野の違いになってきます。そして、解く側に注力すると年間1万問以上も解けるだけの問題が存在するため、解くメインのプレイヤーが優勢になるのかなという気がします。

一方で謎解きは、新規一枚謎力に寄れば寄るほど、
新しいものを既知としていく制作者側が優勢になります。

古典一枚謎についても、ほとんどが体系化されていない以上
「手筋を持っている制作側」「たくさんの謎のパターンを知っている解き手側」の間では質的な違いが生じています。

知の高速道路の整備(*3)

謎制作、謎解き競技双方の観点でもう少し体系化が進んだとしても、
それは先鋭化を意味するのではなく、
新規参入しやすくなることで、セミトップ層の増加、
ひいては謎解き文化の発展に貢献するのではないかと考えることはできないでしょうか。

ペンシルパズルに例えると、手筋を覚えれば早くなるけど、手筋集を作って見ることができると、自分で発見する楽しみはなくなるよね、といったことが言われます。

けれども、新しい手筋を開拓したい人や、競技ですぐに活躍したい人にとっては体系的な情報を見る選択肢があるほうが良いでしょう。

確かに既存の謎解き文化に引っ張られず新しいものを作っても良い、
間口の広さも謎解きの面白いところでもあり、
「謎解きは覚えることが本質じゃない」という考えもありますが、

制作のテクニックや、今まで作られた謎の典型を学ぶことで、
そこから新しい謎を作り出そうという方向や、
「典型を覚えることで、何千問も謎を作っている人との差を埋めよう」とする行為など、(ネタバレに配慮した上での)体系化や対策を嫌がる雰囲気にはなってほしくないなと思っています。


(*1) もう一つの視点……AnotherVision…….
(*2) 制作者の総称。特定の人物を指すわけではない。
(*3) 2006年の羽生善治さんの言葉。将棋において、DBやインターネットで既知に対する学習効率が上がった結果、一定ラインまで強くなることが容易になったことを指す


後記

わんど100の6番目の記事です。

謎解き日本一決定戦の謎には直接触れずに書いたので、ギリギリネタバレ警告を回避したつもりですが、
記事の言及としても内容的にも多分に影響を受けているため、
もし謎解き日本一決定戦Xを見てなくて、この記事を読んだ方がいれば視聴をおすすめします。

リンクの代わりにもうひとりの優勝者、けーおんさんの記事を張っておきます。
現在、TVerへのリンクもあります。


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