#8 父とわたしの思い
父の思い
今回は不動産投資とは関係ないが、先週ゴルフに行った際に父と会話した内容を備忘録として残そうと思う。
65歳を過ぎた父とは、月に1度ゴルフをするのが慣習になっている。
わたしは、高校生の時から打ちっ放しやラウンドに連れて行ってもらっていた。
ダフり、トップ、3パットは当たり前ながらも、英才教育(?)のおかげで、ゴルフの楽しさを知った。
自己紹介で、「今までの生活を続けた場合、唯一の楽しみはきっと、友人や子どもとのゴルフだ。」と書いたのも、定年後の父が楽しそうで、こんな老後もいいな、と思ったからである。
さて、そんな父とのゴルフだが、わたしは往復の車内の1時間の会話が楽しみだったりする。
不動産投資を始めたこと、入居が決まったこと、利回りetc…
最近のわたしのホットニュースが不動産の為、必然的にこういった話が増える。
先週、父に言われた。
「お前はお金が先行している。社会に役立つことをした見返りがお金なのだから、お金ありきで物事を考えるな。自分が社会に対してやりたい事をやって、その対価として報酬を得るべきだ。」と。
ものすごく分かるよ、父。
自分に子どもが出来たら、同じように言ってあげたいし、言うだろう。
自分の仕事に信念をもって取り組んでいた父(わたしにはそう映っていた)にとって、わたしの行動と行動原理は、きっと歯痒いのであろう。
だが、ごめん。その理想の実現は難しい。
何故なら、わたしは今、リスクを負って人生をかけて挑戦したいことが無いからだ。
わたしの思い
給料(報酬)を気にしないで良いのであれば、やってみたいことは、沢山ある。カレーが美味しいバーだったり、学習塾兼学童保育の運営だったり。
しかし、それで生計を立てられるのか、生涯をかけてやりたいかは、分からない。
わたしの性格では、きっと飽きるだろう。
それでも、一回挑戦してみたいなと思う。
失敗するかもしれない。飽きるかもしれない。
でも、やってみたい。
それらをやる為には、収入の基盤が必要だ。
不動産投資は、わたしにとって基盤となるものだ。
今はまだ、お金に執着したいと思う。
その後、やりたい事に挑戦する。
本当にやりたい事なら、借金をしてでもやれば良いかもしれないが、万が一失敗した時が悲惨すぎる。まあ成功するにはその覚悟が必要なのかも知れないが。
結果としてそれらのやりたいことをやり、それが社会に受け入れられ、その報酬で生活できた時こそ、初めて父に自信をもって報告できるのだろう。
もう少し、悪あがきをしようと思う。
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