ハロウィンとスタンリーと黒い穴

ハロウィンの季節になると、スタンンリー・デザーさんのことを思い出します。デザーさんは一般相対論と場の量子論の第一人者で、ADM形式として知られる、一般相対性理論のハミルトン形式(1+3分解理論)を完成させた人です。超重力理論や共形アノマリーにも深い洞察があり、カルテックに居た頃、私に親しく接していただきました。お互いにファーストネームで呼び合い、私が論文を投稿すると内容に関してありがたいコメントをよく頂いたものでした。(ファインマンが「重力の講義」で「金星人の方法」と呼んだやり方で一般相対論を導いたのがデザーさんで、私の新しい超重力理論の形式を模索する研究で、その方法が関係していたのでした。)

さて、あるハロウィンの日。数理物理のアガナジッチさんがバークレーからいらしてカルテックでセミナーをしました。ちょうど、ファインマンが「重力の講義」をした部屋です。しばらくすると、セミナーの途中でデザーさんの補聴器がエラーを起こしてピーピー鳴ってしまいます。講演者のアガナジッチさんは突然のピーピー音に「(ハロウィンだから)怖がるべきかしら?」と。アガナジッチさんはカルテックの卒業生(ジョン・シュワルツさんの学生)ですからハロウィンに限らずいたずら好きのカルテックの校風をご承知だったのでしょう。(例えば、カルテックではハロウィンに凍らせたかぼちゃを大量に塔から落として凍ったまま破裂するときに発光する現象を観察する「実験」を行っていました。)

デザーさんが亡くなってしばらくして、デザーさんの自伝を読みました。
スタンリーは本名ではなく、アメリカに亡命したときにマンハッタンで
「名付けられた」アメリカ名であること、そして幼少期の亡命の経験からソビエト(ロシア)に対して複雑な思いを持っていたことも初めて知りました。そんなことも知らなかった私がスタンリーと交わした、最後のメールがここにあります。

話題は、日本語版のランダウ・リフシッツの「場の古典論」のあとがきに
「ブラックホールはロシア語で性的な響きがあるので、原著ではコラプサーと呼んでいるが、ここではより普及しているブラックホールに改めた」
との趣旨のことが書かれているが、ロシア出身の同僚はこの話を否定している。この件についてなにか知っているか?とスタンリーに尋ねた、その返信です。

「very "profound" question--I have to ask one of my OLD Russian friends from the USSR days! Well, I met Lifshitz and Ginzburg when they let them out but it's too late now.」
(とても「深遠な」質問だ。ソ連時代からの古いロシア人の友達に聞かなきゃならん。いやあ、俺はリフシッツもギンツブルグも国から出れたときには会ったが、今となってはもう遅い。)

天国でデザーさんはリフシッツに真相を尋ねてくださってくれたでしょうか?

デザーさんは親友のシュウィンマーさんにこの件についてメールを書いてくださったようで、そこからコマルゴツキーさんにさらにメールがまわり、「キップ・ソーンの本にも同じ話が載っている」とマル秘情報を得ました。私の調べでは英語版の「場の古典論」でブラックホールの代わりにコラプサーが使われているのはほんの数か所で、そのうちの1つか2つが日本語版ではさらに、ブラックホールになっています。

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