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日本の伝統とか興味ないけど風呂敷ブランドを立ち上げる訳

どうも、最近ようやくピーマンが食べれるようになった野口一馬です。
#残るはパクチー。

さて明日の11月28日11時より、風呂敷のブランド「NUNOIMI」をクラファンでリリースいたします。
(※タイトルでちょっと日本の伝統を否定しているっぽく書いちゃいましたがそんなことはありません。「日本の伝統としての風呂敷」という文脈で広めたい、という訳ではないというだけです。)

プロジェクトページはこちら


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そこで多くの方から質問をいただきました。
「なぜ、今、風呂敷なのか?」

こちらの疑問に答えつつ、風呂敷の魅力を紐解いていきたいと思います。


皆さんは風呂敷にどんなイメージを抱いていますか?

日本の伝統のもの?
着物と一緒に使うもの?
結んだりして使うもの?
手拭いの大きいバージョン?

どれも間違っていません。


ですが僕は、日本の伝統を継承したいわけでも、和服ファッションを推したい訳でもありません。

風呂敷が秘めている「ある生活の哲学」を提示し、風呂敷を通じてその哲学を味わって見て頂きたい、
という想いがあります。

そしてその生活哲学こそ、資本主義の社会でも極めて主体的に生活を楽しめると信じているものです。

僕は今まで、
都心での生活、地方での生活、無人島でのサバイバル生活、路上生活、シェアハウス生活を体験しました。
そして今は、新しい暮らしのあり方を考えるベンチャー企業で役員を務めています。

そんな僕の生活哲学は本1冊書ける自信がありますが、ここは、ギュッと2000文字程度に収めたので、気軽に一読頂けますと幸いです。

NUNOIMIのコンセプトは、「余白ある生活に、あなたの物語を。」です。

①「余白ある生活」とは?

風呂敷って不便です。
だってわざわざ結ばないと使えないんですもの。

昔に比べて、目的達成までの時間は短縮されました。
東京から大阪まで、車だったら6時間くらいかかります。
でも新幹線だったら2時間で行けます。
便利になったことによって、生活に4時間の余白が生まれました。

そしてその余白には、「大阪の友人に会いにいく」など、次々新しい目的が追加されます。

最短で目的を達成するために過程を省き、空いた時間をまた新しい目的で埋めていくことを、「目的主義」と呼ぶことにします。

目的主義の生活は、目的が達成される瞬間で喜びを感じます。ところが、多くの目的を達成できる代わりに、”目的達成のための過程の時間”に価値を感じにくくさせます。
つまり、目的主義的な生活は、”過程を楽しむ”という精神を犠牲にするのです。
「早く大阪に着きたい」という思いが強すぎると、大阪までの時間は、「無駄な時間」として認識されてしまいますよね。

近代の資本主義社会においては、自分の意思に関係なく、目的主義的になりやすい構造があります。(詳しくはどこか別のnoteで)
しかし、人生のほとんど時間が、なんらかの目的を達成するための過程の時間です。
故に、多くの目的が達成できるのは良いことですが、その代償も大きいです。

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その代償を補うのが、”わざわざ不便な体験を選択する”という行為です。
その理由は今の社会が、「”わざわざ不便を味わう”という選択ができる」という構造から見えてきます。

例えば、キャンプって便利の対極の体験ですが、楽しいですよね。それは、便利な生活に慣れたからです。
狩猟採集時代に生きた人間にとってはキャンプ的な生活は日常なので、きっと楽しいとは思いません。

(画像出典:玉川学園・玉川大学・協同:多賀歴史研究所)

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(もやはキャンプ的な生活すらも便利な方。。)

便利な社会になったことによって生まれた「余白の時間」があるからこそ、”わざわざ不便を味わってみる”という選択ができるようになりました。

そしてその選択は、”過程を味わう”という自分の意志の現れです。

「余白のある生活」を際立たせるのは、”過程の時間”にどれだけ豊かさを味わえるかです。
過程を味わう、というのは人生をより味わい尽くすのに必要な精神だと感じています。
その手段としての、”わざわざ不便な体験を選択する”です。

モノを運んだり、包んだり、覆ったりする。
そこで、風呂敷の“わざわざバッグの形を作る” ”わざわざ結ぶ”という不便な選択を意図的に生活に取り込むこむ。
さすれば、現代の便利な社会だからこそ生まれた、「生活の余白」により自覚的になり、豊かさを味わえるでしょう。

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これが、わざわざ不便なものを使う意味であり、風呂敷に秘められた魅力の一つです。
”余白ある生活”に、あなたの物語を。」


②「あなたの物語」とは?

風呂敷って言ってしまえばただの正方形の布なんです。
僕は皆さんにNUNOIMIの風呂敷を「こうやって使って欲しい」という意図がありません。
それが肝です。

あなたの創造性がなければ、NUNOIMIの風呂敷も価値を持ちません。

使い手が創造性を持って結んだり、ものを包んだりすることで初めてその風呂敷に価値が宿るのです。
それも万人にとっての価値ではありません。あなたにとっての価値です。
NUNOIMIもあなたの生活に最適化されるようにデザインされておらず、不便なモノだからこそ、あなたの創造性が宿る余白があります。

創造性とは、社会や他者にばかり向けられるだけのものではありません。”自分のために”自分の創造性に寄り添う。そんな感覚を生活に持ち込むことって、すごく人間らしい事だと思います。

生活の豊かさを、他者によってデザインされた製品に頼るのではなく、自分の創造性を持って創っていく。その行為の連続で生活が、人生が創られていきます。そこから生まれるあなたの物語は、きっとあなた色に溢れていることでしょう。

それが風呂敷に秘められた魅力の一つです。

「余白ある生活に、”あなたの物語を。”

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まとめ

まとめると、コンセプトに込められた思いは、

便利の恩恵として生まれた「生活の余白」を際立たせるために”わざわざ”不便な体験を選択をする。
その体験にあなたの創造性を持ち寄る事で、生まれる「あなたの物語」があなたの人生を彩ります。


こんな生活こそが、僕が風呂敷を通じて伝えたい価値観です。
僕は皆さんが主人公となった生活から、どんな物語が生まれるのか、とても楽しみなのです。


だからより多くの人に風呂敷を手にとってもらいたい。
そのためのデザイン性、生地の質感、価格感、には徹底的に拘りました。

是非、一度クラファンページをチェックして頂けると幸いです。

(クラファンページはこちらから)

ここまで読んで頂いてありがとうございました。是非応援のほど、よろしくお願いいたします!!

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