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【短編小説】自己像幻視

意識だけは妙にハッキリしている。

体の感覚はない。

俺の目には見慣れない角度で地面が映っていて、数十メートル先にはフロントが少しへこんだ車が止まっている。
その車のライトが俺をあざ笑うかのように照らしてくる。

車から50代くらいの男性が顔面蒼白で出てくるのが見え、周りからは悲鳴や救急車を呼ぶ声が聞こえる。

「こんなあっけなく終わるのか...」

自分の状況を理解し、頭の中でつぶやく。

徐々に人だかりができ始め、その中にとても馴染みのある顔が見えた。
細身で長身、ボサボサな髪に無精髭が生えている。

今、惨めに地面にへばりついている俺と全く同じ顔だ。

ただ表情だけは違い、恐ろしく不気味な笑みを浮かべている。

「俺ってあんな表情できるんだ。」

そこまで驚きもなく悠長なことを考えていた。

冷静なのは死が近いことを悟っているからではなく、あの人物を見たことがあるからだ。

そりゃ鏡を見れば自分自身は見えるだろうがそういうことではない。
3日前と今日の朝、鏡の中ではなく現実世界で2度も、俺の姿をしたあの人物を見たのだ。

ドッペルゲンガー

テレビやネットで何度か見聞きしたとこはあるが、俺はオカルトの類は一切信じていなかった。
実際、自分と瓜二つなあの人物を見たときも「似た人くらいいるだろ」とくらいにしか思っていなかった。

もちろん、ドッペルゲンガーを見たら死が近いなんて真に受けるわけがなかった。
こんな状況になるまでは。

だんだん意識が遠くなっていくのを感じる。

ドッペルゲンガーなんてもはやどうでもいい。

「理香...」

俺には妻と今年小学校に入ったばかりの娘がいる。
自営業で仕事が忙しく、家にいる時間がほとんどなかったので娘の理香はあまり俺に懐いていなかった。
もっと稼いで妻に楽をさせたい、娘に広い選択肢を持たせてやりたいという思いがあったので、それも仕方のないことだと思って必死に働いていた。

でも、今となってはその努力も無意味だったとしか思えない。

もっと時間をつくってあげればよかった。
ずっとの成長を見守っていたかった。

悔やみきれない後悔だけが残ったまま意識が消えていくのを感じる。

ふと、人だかりの中にいるはずのない理香の姿が見えたような気がした。

「最後くらいはいい夢を見させてくれるんだな。」

そう思いながら俺は目を閉じた──。


気がつくと俺は見覚えのない町に立っていた。

「ここが...死後の世界?」

見覚えは無いが違和感はない。ごくありふれた日本の町並みだ。
人も歩いているし、車も走っている。 聞こえてくる言葉も理解できる。
ただ、さっきまで夜だったはずなのに今は真っ昼間で照りつける夏の日差しが眩しい。

「夢でも見てたのか?それとも幽霊にでもなったのか?」

自分の足元を見た。
ちゃんと足はあるし地面にしっかりと着いている。

だが、その目に映る景色にはとても違和感を感じた。

いつも見ていた足よりも明らかに太く、お腹や腕も肉付きが良い。
心なしか地面との距離も近く感じる。

「こんなに太ってたっけ...?」

近くにガラス張りのおしゃれなカフェが見えたので、そこまで行って全身を確認しようと歩きだした。

「あれ?」

明らかにおかしい。
体を動かしている感覚はあるが、地面を踏む感覚がしない。
浮いた状態で手足をジタバタさせて空回りしているような感覚だ。
なのにちゃんと目的の場所は近づいてきている。

とても嫌な予感を感じながらガラスの前に立ち自分の姿を確認した。

「...」

一瞬、自分がどこ映っているのかわからなかったが、恐る恐る右手をあげるとガラスに映る小柄で小太りな中年男性の手もあがっていく。

「...これが俗に言う転生ってやつか。」

自分で言いながらも全く納得できていない。
「あの主人公たちの気持もこんな感じなのか」などと考えているとふと我に返る。

こんなガラス張りのカフェの前で右手をあげてる中年男性って完全に変出者じゃね?

急いで手をおろし何もなかったかのように辺りを見渡すが、誰も俺のことを気にしている様子はなかった。
カフェの中を覗いてみると、ガラスのすぐ向こうに若い二人組の女性が座っているが、こちらには気づいていないようだ。

ホッとしたと同時に、放っておけない現状について考える。
まず、この男性は誰なのか。
身分証明書がないか探してみるが、カバンは持っていないしポッケの中も何もない。

このご時世でスマホも持たずに外に立っているなんで明らかにおかしい。
転生だとしたら、アイテムの1つくらい持たせて欲しい。

この男性についての手がかりは今のところなさそうなので、次はここがどこかを探ることにした。

「あの〜、すみません...」

このよくわからない状況で知らない人に声をかけられる自分の度胸について、客観的に関心しながら反応を待つ。

「...」

ガン無視だ。

「あの!」

食い下がることなく少し強めに呼びかける。

「...」

また、違和感を感じた。
俺が声をかけたのは少し気の弱そうな男性サラリーマンだ。
いくら自分の今の姿が怪しいからと言って、あのタイプの男性が眉一つ動かさずに無視するとは考え難い。

「あの〜、すみません。」

今度は少し白髪混じりの髪のおばあさんに声をかけてみたが、予想通り無視された。

薄々感づいていたが、俺は無視されているのではなく認識されていないのだろう。
だから、さっきカフェの前で不審な行動をしいても誰も気にしていなかったのだ。

そして、よく考えたらもう一つ不思議なことがある。
こんな陽炎が見えるような日差しの中にいるのに「暑い」という感覚がまったくしないし、汗もかいていない。
歩いていた時の空回りしていたような感覚も総合して考えると、今の自分の体は幽体に近い気がしてきた。

一つ解せないのは「なぜ全く知らない男性の幽体になっているか」ということ。

「もしかして、生前この男性とどこかで合ったとこあるのか?」

うーん、と考えるように目を閉じると

「【6day】23:30:11」

暗闇の中にタイマーのようなものが浮かび上がってきた。

「【6day】23:30:10」
「【6day】23:30:09」

どうやらカウントダウンしているようだ。

「嫌な予感しかしない...」

知らない場所、知らない男の幽体、謎のカウントダウンタイマー。

考えても何も分からない。

まずはここがどこか把握する、そしてあわよくば自分のことが見える人がいないか探すため移動することにした。


あてもなく歩いていると車の通りが多い道に出た。
そこに案内標識があり『岡山城 3km』と書いてある。

「岡山!?」

俺は静岡に住んでいたし、事故にあった時も静岡にいたはずだ。
岡山にはなんの縁もない。知り合いは数人いるがこんな小太り中年男性は全く見覚えがない。

場所がわかったところで何も解決はしなさそうだし、とりあえず静岡に戻るのが最善なのではと考えた。
理香や妻のことも気になる。

ふと、どうやって帰ろうか考える。
なんでも有りな状況だしテレポートとか空飛んだりできないのかと思いつき、幼少期を思い出しながら念じてみたり空を飛ぶイメージをしてみたが、同じ景色が広がるだけ。

誰にも見えていないし感覚も無いはずなのに顔が火照ったような、背中がむず痒くなるような感じがしてきたのでそそくさとやめて、新幹線で帰ることにした。

「30歳後半にもなって何してんだか...」

幸い岡山城周辺から駅までは近いようだ。

早速向かおうと歩き出したが、「新幹線の運賃はどうしよう」と一瞬足が止まる。
が、誰にも見えないなら無賃で乗れることに気がつきまた歩き出した。

スマホを持っていないので現在地や駅までの道のりが分からないため、案内標識に従いながら車道沿いを歩いた。


少し道に迷いながらも、1時間ほど歩いていると徐々に町並みが賑やかになってきた。
気づけば辺りは茜色に染まり、足早に歩くスーツ姿のサラリーマンやOLが目につくようになった。
その人達の行く先に目を向けると、駅らしき建物が見えた。

「ようやく着いたか...」

この1時間の疲労を吐き出すようにつぶやいたが、足の疲労や喉の乾きなどは感じていない。
ただ、歩きながら現状や生前のことについて悶々と考えていたので精神的な疲労は感じている。
もちろん1時間考えたところで、答えなど出ていない。
頭の中のタイマーも気になるが、ひとまず今は静岡に戻り妻と娘を確認するのが先だと思い、足を早める。

少しずつ人と人との距離が詰まってくる。
俺のことは誰も見えていないので、駅の方から歩いてくる人はまっすぐ俺に突っ込んでくる。

「うわっ!」

突然横に曲がってきた人に気が付かずぶつかった。
かと思ったがその人は何もなかったかのように俺を通り抜けていった。

まさに幽体だなと自分の状況を嘲笑しながらも、避ける必要が無いなら楽に進めると開き直り、目的地まで最短距離を歩くことにした。


改札の目の前まで来た。
一応、駅員の顔色を伺いながら改札扉にゆっくりと近づく。

扉に触れようと手をのばしたが、触れることはなくすり抜けたことを確認して、何食わぬ顔で改札を通り抜けた。
当然ブザーもならないし、誰も俺を見てなどいなかった。

少しホッとしたような、悲しいような複雑な感情を無視してエスカレーターを登る。

新幹線が到着するまであと5分程度。

ぼんやりと向かいのホームを眺めていると、心臓がドクッと大きく波打ち全身に広がるような衝撃が走った。

そこには小柄で小太りな中年男性、まさに今の自分と瓜二つな人物が立っていたのだ。

するとその男性が顔を上げこちらを見た。
完全に目が合い、お互いに見つめ合う形になっている。

「え...」

みるみる内に、その男性の両の目が見開かれ、次第に得体のしれぬ恐怖に満ちた表情に変わっていく。

その瞬間、俺の目からその男性の姿が消えた。
こちらのホームに新幹線が入ってきたのだ。

俺は考えるより先に向こうのホームへと走り出していた。

「あの男性は確実に俺のことが見えていた。接触できれば何かこの状況について分かるかもしれない!」

向かいのホームにたどり着いた時、すでにこちら側にも新幹線が到着しており、あの男性の姿は見当たらない。
ドアが閉まる警告音が鳴り響いたので、ほとんど閉まっている扉を文字通りすり抜け、新幹線に飛び乗った。

元々いたホームから見た時に男性がいた位置から推測すると、俺の乗った車両の2〜3両後ろにいるはずだ。

まずは今いる車両を見渡し、あの男性がいないことを確認する。
そして扉をすり抜け次の車両へ入る。ここにもいない。

そこで気がつく。

「もし本当にあの男性が俺を認識できるのだとすれば、突然俺が目の前に現れるとパニックになるんじゃないか...?」

そう考えると無防備に近寄るべきではない。
俺は連結部の窓から車両内を確認することにした。
幸い、新幹線の進行方向と逆の車両に向かっているので、乗客の顔が認識できる。

「次が2車両目。もしかしたらここにいる可能性もある。」

あの男性以外には見えていないはずなのに、コソコソと隠れていることにおかしさを感じながらゆっくりと窓を覗く。
前方にはいないことが確認できたが、後方がよく見えない。

あまり得策だとは思えないが、人と椅子の中をすり抜けながら後ろの方まで行くことにした。

「右の列に行くか、左の列に行くか...」

もし、選んだ列にあの男性がいたとするとほぼ100%自分の存在がバレてしまうだろう。

逆の列であればすり抜けながら2つ後ろくらいの席までは目視できる。
だが、選んだ列は実際すり抜けてみないと、そこに誰がいるか目視できない。

仮に、椅子をすり抜けて顔を出したことろに男性がいれば、その男性からすると、突然椅子から自分の顔がでてくるいう恐怖体験が発生してしまう。

「迷ってもしょうがない。」

覚悟を決め左の列を選択肢、ゆっくり進んでいく。

結局その車両にはおらず、次の連結部にたどり着いた。

つまり次の車両にいる確率が最も高くなる。
また、先程と同様にゆっくりと窓を覗く。

前方からゆっくりと視線を遠くに動かしていく。
すると、車両真ん中の辺りの通路側に、あの男性の姿があった。

「いた...」

やはり、カフェのガラスに映っていたあの人物と全く同じ姿。
少し挙動不審な感じで辺りを見回したり、真剣な様子でスマホをいじったりしている。

「迂闊に近づけないな。」

その男が新幹線を降り、あまり人がいない場所に行く機会を見計らって接触することにした。

男性を見張りながら新幹線に揺られ、二回目のアナウンスが流れた時、男性が立ち上がった。
こちらに歩いてきている。

「まずい...!」

俺はすぐに前の車両へ逃げ込み、男性の死角になる場所に移動した。
新幹線が止まり、ドアが開く。人が出入りする気配を感じて数秒後に、俺も新幹線を降りた。

急いで辺りを見渡す。

20m程先にいたが、まだ少し周りを警戒しているようだ。
あまり近づき過ぎないように、少し離れた人混みの中から後をつける。

すでに辺りは薄暗くなっていた。

男は駅を出て、まっすぐと歩いていく。
交差点の角を右に曲がったのを確認して、俺もその後を追った。

駅周辺は賑わっており、人もそれなりに多い。
まだ接触するには危険な場所だと思い、もう少し尾行を続けようと思ったが、その男性は角を曲がってすぐのマンションに入ってしまった。

「おいおい、マジかよ。」

急いでそのマンションの前まで走る。
エレベーターが降りてくるのを待っている男性の姿が、ガラス張りのエントランスから見える。

今しかないと思った俺は、そのガラスをすり抜け、男性に近づき肩を叩いた。

「あの...」

男性は振り返ると同時に目と口を大きく見開らき、エントランス中に響き渡る叫び声をあげた。

完全にアプローチの仕方を間違えた、と反省した一瞬の隙に、男性はエレベーターに飛び込みボタンを連打していた。
酷く歪んだ表情で、俺の顔と扉に交互に視線を送りながら、一刻も早くエレベーターが閉まらないかと願っているようだ。

無論、俺もエレベーターに乗り込むこともできたが、そんなことしたところで、まともな会話などできないと悟り、エレベーターが閉まるまでただ立ち尽くしながら男性を見送った。

「どうしたものかな〜。」

エレベーターが15階で止まったことを確認した後に、俺は外へ出た。
マンションの外から15階は確認できない。
だが、上から下を見ることはできる。

もし、男性が確認のために下を見て、そこに俺がいたらきっとまた怖がらせてしまうだろうと思った俺は、マンション横の工事現場に隠れることにした。
恐らくこの場所もマンションを立てているのだろう。
中はまだ完成とは程遠く、骨組みだけだ。

そんな無機質な場所に寝っ転がりながら、作戦を考える。
が、良い作戦など全く思いつかない。

「もう、何回もアタックして慣れてもらうしかないか〜。単純接触効果作戦!」

恐らく使い方を間違っているであろう効果の名前を入れた雑な作戦を考え、色々有りすぎて精神的に疲れたので目を瞑った。

「【6day】16:55:42」
「【6day】16:55:41」

相変わらずカウントダウンは進んでいる。

妻と娘にも会いに行きたいが、恐らく今はこの男性から色々聞くのが最優先だろう。
だが、話したところで何か解決するのだろうか。

このカウントダウンが最後の1日になっても何も解決していなければ、全て諦めて最後に妻と娘に会いに行こうと決意した。


翌日。

接触の機会を得るため、工事現場から男性が出てくるのを待つ。
だが、一向に出てこない。

日の昇り方からして、もう昼前くらいのはずだ。

「そういえば、今日はサラリーマンとかスーツ姿の人全然見かけてないな。もしかして休日か?」

だとすれば、昨日が金曜日で今日が土曜日。
もしかしたら月曜日になるまで家から出てこない可能性もある。

カウントダウンのこともあるので、2日潰れるのは痛い。
かといって、無理に家まで接触しにいっても恐怖を与えるだけだ。

迷ったが、おとなしく待って外で接触することを選んだ。

案の定、その日と次の日に男が姿を表すことはなかった。


「【4day】03:25:00」

今日は朝から工事音がうるさい。
昨日、一昨日は休日だったため工事が休みで、今日は月曜日だから再開したのだろうと推測した。

つまり、あの男性もそろそろ出勤時間のはずだ。

すると、予想通り男性は出てきた。
金曜日に見たときよりも明らかにやつれているように見える。

だが、俺にも残された時間がない。
意を決して工事現場から飛び出し、男性の前に立ちはだかった。
まだこちらには気づいておらず、覇気のない表情でとぼとぼ歩いてきている。

ほぼ目の前まで来てもまだ気づいていないようなので、恐怖を与えないようになるべく明るめな声色で話しかけた。

「すみません!」

その瞬間、目の前にいた男性が鉄骨に変わった。

「へ?」

呆然と立ち尽くし、その光景を見つめる。

理解するのに数秒かかった。
そこから頭の中での整理が高速で行われ始める。

俺は死んで、知らない誰かになっていた。
その体は幽体のようで誰からも見えない。
しかし、ある人物だけには見える。この身体・顔と瓜二つな人物だ。
俺はその人物と接触した。
その人物は今、目の前で死んだ。

「ドッペルゲンガー」

悲鳴や救急車を呼ぶ声が耳に響く。
その音が頭の中で反芻し、あの時の記憶をフラッシュバックさせた──。

そう、あの時俺は仕事の帰りで信号を待っていた。
周りには誰もおらず、ぼんやりと信号を見ていると、突然誰かに背中を押された気がして「あ」と声をあげた次の瞬間には、数十メートル先の地面に横たわっていた。

俺はその3日前と事故当日にドッペルゲンガーを見ていた。
しかも、事故の現場にもアイツはいた。
誰もいないはずの場所で背中を押せるのは、アイツしかいない。

「でも、幽体だから触れられないはず...何か別の方法で?」

いや、違う。
俺は3日前、エントランスでエレベーターを待つ、この身体の男性の肩に手をおいた。
その時、確実に触れていたことを思い出した。

「つまり、ドッペルゲンガーは自ら手を下せるということか...」

全身に鳥肌が立ったような感覚が走り、鉄骨の下にいる男性にゆっくりと視線を移す。

じゃあ、この男性はなぜ死んでしまったのか。
俺は直接この男性に手を下してはいない。

でも、俺が接触したことで、この男性は精神的に追い詰められてしまい、注意力が散漫になったり、いつもより歩く速度が遅くなったことで事故に巻き込まれてしまった、と考えることもできる。

「俺が、殺したのか...?」
「俺が、この人の人生を終わらせた...」

言いようのないやるせなさが襲ってくる。
その場で膝をつき、頭を抱えながら誰にも聞こえない叫び声を上げた。

「【11day】03:25:06」
「【11day】03:25:05」

「...なんで、増えてるんだよ」

いま起きたことや感情などすべて忘れる勢いで走り出し、マンションのエントランス前に立ってガラスに映る自分の姿を確認した。

「誰だ、これ...」

そこには、髪はほとんど白髪で腰の曲がったおばあちゃんの姿が映っていた。
ガラスの反射ではあまり顔がハッキリ見えないが、優しそうな顔に深いシワが刻まれている。

到底信じがたいが俺の中で全て繋がった。

俺はドッペルゲンガーになったんだ。
ランダムに選ばれた人間の姿に変化し、その人物をこの世から消すことでカウントダウンの時間が1週間増え、次の対象者の姿に変化する。
恐らくカウントダウンが0になると、ドッペルゲンガーはこの世から消えるのだろう。

もっと早くに気がついていれば、あの男性の人生を奪わずに済んだのに。
後悔してももう遅いが、俺の人生も今度こそ終わる。

仕組さえ分かったなら、残りの11日間は何もせずカウントダウンを待てばいいのだ。

最後に妻と娘の顔を見たかったが、不本意だとしても人を殺してしまった俺にそんな権利はないだろう。
そもそも、なかった命なのだ。

「理香...」

そう口に出した時、あの時の景色が浮かんできた。
事故に合い、意識が途切れる寸前に見た理香の姿。

その姿は人混みの中にあった。
そして、さっきまでそこには俺のドッペルゲンガーがいたはずだ。

「まさか...」

俺は静岡に向かうため、老婆の姿で駅へと走り出した。

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