見出し画像

【ネタバレ注意】ガンダム初見の肉体廃止派が見た「閃光のハサウェイ」感想

 「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」という映画を見た。「全人類の例外無い宇宙移民」を掲げるテロ組織「マフティー・ナビーユ・エリン」が地球連邦政府と「モビルスーツ」と呼ばれる巨大人型有人兵器で戦うというストーリー。ガンダムは初見で予備知識も無いが、蘭茶みすみの掲げる「全人類の肉体廃止」に通じる概念もあり、興味深い内容だったため感想を書く。彼らは自らの言葉に呪われており、我々も、「我々が●●である」と自己を規定して苦しんでいるかもしれない。

 「閃光のハサウェイ」とは?

 「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」は、日本サンライズ制作のロボットアニメ「ガンダム」シリーズの一つで、富野由悠季監督の小説をもとにしたアニメ映画。ガンダムシリーズ最初の「宇宙世紀」を舞台にした作品で、作中に登場するブライト・ノア艦長の息子ハサウェイ・ノアが主人公だ。「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」の続編としての扱いだという。

 「宇宙世紀」作品は、地球が「地球連邦政府」により統一された世界。人口増加により地球が耐えられなくなったことで、宇宙空間に建造されたスペースコロニーに人類を「宇宙移民」させるという時代背景があり、宇宙移民「スペースノイド」と地球上に残った「アースノイド」が、それぞれの正義を巡って数多くの戦争が起きているのだという。しかし「閃光のハサウェイ」では、地上には連邦政府と関係のある特権階級と、その生活基盤を支える労働者だけが残っている。マフティーは特権階級を含めた例外無い人類の宇宙移民を主張している。

 「肉体廃止」とは?

 「肉体廃止」とは、バーチャルYouTuber「蘭茶みすみ」が掲げる目標。全人類が、技術的に可能な最大限の自由を手に入れるために、その障壁となる現実世界での肉体を廃し、仮想空間に移住することを主張している。初期の作品では、肉体を捨て「バーチャルヒューマノイド」として独裁者となった蘭茶みすみが「完全な自由の実現」「肉体廃止による完全な格差の解消」という理想を謳いながらも、自ら肉体を捨てないことを選んだ「肉体人類」を「自らの自由意思のもと権利を捨てた者」として抑圧。抵抗する肉体人類の様子も描いている。

 肉体廃止と宇宙移民

 宇宙移民は、当初は科学者や技術者、官僚などが優先的に移住し、やがて強制的な移民が始まり、最終的に環境の良い地球に残った者は、地球連邦政府に関係のある人間だけになってしまった。「閃光のハサウェイ」でも、許可なく地球に残っている者が、宇宙に強制送還される描写が映されている。

 肉体廃止も、当初は「肉体を捨てよう」という酔狂な人物たちが肉体を捨てて主導権を握り、やがて誰しもが肉体を捨てる状況になるように社会の構造を作り替えていく。肉体維持にはコストがかかるため、「コストがかからない生き方」として肉体廃止を喧伝することで、貧窮した肉体人類から肉体廃止を進めていくのだ。最終的には肉体は贅沢品となり、結局特権階級だけが肉体を保有しながら生活することになる。

 現実世界も似たような構図だ。「王道楽土を作るぞ」という酔狂な人間が大陸を占領し、既成事実として認めさせる。やがて「原野を開拓しよう」と喧伝。不況に付け込んで、小作人のような貧窮した人間を大陸に送り、勢力圏を築くために使っていく。最終的に内地に残るのは、ある程度恵まれた人と、彼らの世話をする労働者だけになってしまう。そして、彼らの世話をする労働者は、都合よく使われ、いらなくなると「不法」の烙印を捺されて強制送還されている。現代にも、過去にも起きている。

 都合よく宇宙に送られた側には、この状況をよく思わない人も出てくる。追い詰められて新しい生き方を選択せざるを得なかった人間は、自らを「選ばれた者だ」と鼓舞し、アイデンティティにして、既得権益層との逆転を狙い始める。バーチャルに移住した者も、田舎に移住した者も、企業から縛られない生活を選んだ者も、自らの存在のキラキラとした部分を切り取り、「我こそが新人類だ」と喧伝し、全人類の進化を掲げるのだ。しかし、それだけでは、既得権益層を倒すことはできない。

 この状況は、薄々みんな感じているが、自らの世界を作るためには都合が悪いため口にはしないだろう。「マフティー」が、宇宙に強制送還される一般人を目にしたときも、見て見ぬふりをした。だいたいの人類は、平穏無事に生きたいのであって、既得権益層に搾取されたいわけでも、新人類になりたいわけでもない。しかし、それを言ってしまった以上、既得権益層は権益を手放すことはできないし、新人類も、自ら喧伝した言葉に縛られて突き進むしかなくなる。それぞれの立ち位置の人間が、自らの言葉に呪われている。

 複雑に絡み合った呪いを断ち切るために、さまざまな人間がもがき、苦しんでいる。ジオン・ズム・ダイクンは、スペースコロニーによる自活と、地球連邦政府との対等な関係、最終的な全人類の宇宙移民を平和裏のうちに行うことを訴えた。しかし、彼亡きあと、この理想は「ジオニズム」として単純化されて受け止められ、「我こそは、わかり合えるニュータイプだ」というアイデンティティのもと、さまざまな惨禍を生み出すことになる。シャア・アズナブルも、ハサウェイ・ノアも、自らの言葉の呪いに苦しんだ。

 蘭茶みすみも、当初はバーチャルヒューマノイドによるバーチャル国家と、既存の領域国家との対等な関係、最終的な肉体廃止を民主的な手段によって行うことを主張していた。しかしこの理想は「ミスミズム」として単純化されて受け止められ、「バーチャルヒューマノイドこそ優しい世界を作る存在である」というアイデンティティのもと、地上を核の炎で焼くことになり、泥沼の戦争に突入する。我々は、自らの言葉の呪いによって苦しんでいる。

 ガンダムについては何も知らないが、「閃光のハサウェイ」は、こうした言葉の呪いに縛られた人間同士の、引くに引けなくなった泥沼の戦いを見ているようで興味深かった。見終わったあとの後味の悪さは、複雑に絡み合った現実の呪いのほどけない様子を表しているようだった。そんな暗澹たる現状を、ふわっと切り開く風のようなギギ・アンダルシアという存在に、ほどよい清涼感を感じた。

 鳴らない言葉をもう一度描いて、赤色に染まる時間を置き忘れて、悲しい世界はもう二度となくしていきたいですね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?