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羊角の蛇神像 私の中学生日記⑳

咆哮の夜

唸り声をあげる野良犬の目的は一体なんだったのだろう。
彼の縄張りで野営する人ザルの子どもに一体どんな用があったのだろう。
私は最悪の事態を想定して、彼を追い払う決断をした。
無断外出はサバイバルなのだ。

私は比較的細い板材を掴むと、野獣のごとき咆哮とともにそれを振り回した。
野良犬は呆気なく去っていった。

かつてドアの外に(自ら)野良犬と置き去りにされて泣き喚いた幼い日の私とは違うのだ。
弱肉強食の野生の世界に自らの意思で飛び込んだ私は、自分の身は自分で守らなければならない。
私は人間をやめたのだ。ジョジョ。

この時から私にとって、「叫ぶ」という行為が何か神聖なものになったと思う。
私はその後の人生の局面で、叫ぶことで自らの力や存在を誇示するやばい人間になってしまったのだった。

野良犬を追い払った万能感に酔いながら、夜空の下で私はまどろんだ。

露出の夜

空の色を落とすまぶたをゆっくりと開けて、朝露の匂いの中私は目覚めた。
建築予定地ということもあり、私は硬いベッドに別れを告げてその場を去った。

2000円の引き渡しの時間まで、平日にぶらぶらする未成年の私は人目を避ける必要から、辺鄙な場所を探しては一定時間過ごして移動するということをしていたのだと思う。

退屈な私は約束の時間のかなり前に待ち合わせ場所へ行った。しかし、彼は約束の時間が来ても現れなかった。
心細さに苛立ちながら2時間ほど待ったがとうとう彼と会えなかった。
騙されたのか、事情があって来れなかったのかはわからないが、2000円分の悔しさを歯噛みながら私は移動することにした。
なおも家の方向はわからないままだったが、それでも歩き続けねばならない。

当てずっぽうに進む私を嘲るように日は沈み、期待を裏切る景色が書き割りのように私の不安を煽った。

家も店も無く、歩道も整備されていない山間の道を進む。
行き交う車は少なかった。時折それらのヘッドライトが私の影を乱暴に書き殴った。
私は自由であることの不自由、そのストレスから逃げるように、意識的な狂乱状態を装って、局部を露出した。

即ち私は局部を露出して夜道を歩いた。
不思議な解放感と切なさを味わいながら、私は家と、その夜の寝床を求めて歩き続けるのだった。

悲しきアリア

その夜、私がどこで休んだのか覚えていない。
夜通し歩いたのだろうか。
道路より高い丘の上の家から飼い犬が吠え立てた。
私は狂獣の雄叫びでそれを黙らせた。

無断外出をして3日目の朝が来た。

なおも人気の無い郊外だったが、まばらな民家と田畑が切ない朝空の下に広がっていた。
何となく私は田んぼの中の畦道を進み、その傍らで小休止をした。

そこで私は見た。
雨晒しでくたくたになった成人誌を。
辺りに人がいないことを確認して、貼りついたページを丁寧にめくった。

道端で拾うエロ本ほど少年の心を弄ぶものは無い。
店で買ったり人からもらうものとは違う、一期一会の良さがあるのだった。

私は畑仕事に使うクワや肥料を置くための、屋根つきの所へ忍び寄ると、またもや局部を露出して、歓喜のアリアを奏でたのだった。

自然との調和で満たされた私の上を一陣の風が舞い、空虚感に支配されると、私はその場を逃げるように去った。

心も体も疲れ果てていた。

旅の終わり

拾ったのか、出会った1年生からもらったのかは忘れた。
私はポケットの中の硬貨を公衆電話の投入口に入れると、自宅の番号を押した。
無断外出の朝から丸2日経っており、そのことは母にも伝えられていたようだ。
安堵する母に、場所を伝えた。

叔父の車で母たちが迎えに来てくれた。
電話の時か、迎えに来た時かは忘れたが、緊張のほどけた私はわんわん泣いた。

私の(1度目の)旅はこうして終わった。

しばらく家でゆっくり休んだ。
これからどうするかの相談を先生たちともした。
そうして私は再び学園に戻る決断をしたのだった。

その頃の学園での記憶はひどくぼんやりとしている。
無断外出のあとで、私はAくんやBくんやCくん、そしてWくんと会わなかった気がする。
彼らがいる間は戻る気が無いと宣言したのだろうか。
それとも、あれらの事件があって、彼らは別のどこかへ行ったのだろうか。
あるいは、4人のうち誰かとは再会したのかも知れない。
全く思い出すことができないが、確かなことがひとつあった。
学園に戻った私が、彼らとの苦しい時間を共にすることは二度と無かった。

結果的に私は解放されたのだった。

羊角の蛇神像㉑へ続く

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