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劇場版ラブライブ!サンシャイン!!イタリア聖地巡礼記⑤

前回記事はこちら。


前置き

  • 2019年4月~5月にイタリアへ聖地巡礼したときの旅行記となります。

  • 日数は10日間、そのため記事も10パートに分かれます。

  • 旅行時期がコロナ禍前であるため、本記事発行時点の情勢とは乖離がある可能性があります。

  • 本記事は、2019年当時に書いた原稿を加筆修正したものとなります。

  • もともと自分用の備忘として書き殴ったものであるため、一部分かりにくい箇所がある可能性があります。

  • ラブライブ!サンシャイン!!については、こちら(公式HP)をご参照ください。

  • 以下、ラブライブ!=「ラ!」、サンシャイン!!=「サ!!」と表記します。

5日目: 2019/4/29 (月) ローマへ移動、チヴィタ・ディ・バニョレージョ観光

ホテル(フィレンツェ)―フィレンツェSMN駅―鉄道―オルヴィエート駅―バス―チヴィタ・ディ・バニョレージョ―バス―オルヴィエート駅―鉄道―ローマ・テルミニ駅―ホテル(ローマ)

ホテルで朝食を済ませた後、フィレンツェSMN駅に移動し電車に乗る。ベネチアからフィレンツェまで乗った特急列車にはコンセントやテーブル、列車専用誌があり、乗客もけっこう多かったが、今回の列車は鈍行であるためか比較的空席があった。道中は、やはり荷物の盗難が怖いので眠らずに車窓からの景色を見つつ過ごす。相変わらず同行者はうとうとしている。道中の駅では、乗る客も降りる客もほとんどいなかった。

2時間ほど乗り、目的地「チヴィタ・ディ・バニョレージョ」の最寄りであるオルヴィエート駅に到着。
駅のトイレを使おうと、駅内のトイレを開けてくれと頼んだら、駅の鍵丸ごと自分に預けてきた。客に駅の鍵を預けっぱにしていいのかよ。

オルヴィエート駅周辺。のどか

駅でチヴィタ行きのバスを待っていると、観光バスばりにでかい路線バスがやって来たので乗り込む。
チヴィタのバス停に到着した後は、他の客の流れを追いかけて進む。チヴィタの歴史ある素朴な街並みが続いていた。道なりに歩くと、チヴィタ・ディ・バニョレージョが見えてくる。ここは通称「死にゆく町」と呼ばれており、遠くから見ると、周囲の山々から孤立しているように見え、本当に陸の孤島みたいな姿をしていた。

チヴィタ・ディ・バニョレージョ

入場料を払い、きれいな連絡橋を進む。連絡橋からは陸の孤島らしいバニョレージョが綺麗に撮れる。ここで写真を撮る人は結構多かった。周囲の山々もきれいで、ぽつぽつと住宅が点在しているのが良かった。

チヴィタ・ディ・バニョレージョへ向かう連絡橋。
この橋だけが綺麗

バニョレージョの中に入ると、ほかの大きい都市と比べて、建物の古さ(ぼろさ)というのが目立っているように感じた。この辺りは何十年かの周期で巨大地震が起こっているらしく、その度に道や建物が崩れたりしたらしい。数年前にも巨大地震の被害に遭ったらしく、中央にある教会で寄付を募っていた。
「死にゆく町」だなんて呼ばれており、実際人口は数十人程度しかいないが、観光客は結構おり、観光客マネーで持っている間はまだ大丈夫なように感じられた。しかし、観光客が減少したときは本当に危ないかもしれない。

19世紀のころの写真。山に道が切り開かれている

2時間ほどバニョレージョ内で過ごし、来た道を戻る。チヴィタのバス停で行きと同じような観光バスに乗ってオルヴィエート駅まで戻り、ローマ行きの電車を待つ。
電車に乗ると、朝乗った時に増して乗客が少ない。そして今度はちゃんとコンセントが使えたので一安心。やはり盗難が怖いので眠らずに景色を見て過ごす。同行者は相変わらずうとうとしている。道中、車窓から虹が見え、リアルOver the Rainbowを体感する。

Over the Rainbowは、
劇場版ラ!サ!!のテーマでもある

2時間ほど乗り、ローマ・テルミニ駅に到着。すっかり日が暮れていた。駅を出て、泊まるホテルであるアストリアガーデンを目指す。ここも聖地である。テルミニ駅周辺は治安があまり良くなく、しかも夜なので用心したが、特に何もなく一安心。ホテルが見えてくると、劇場版と同じ景色が広がる。それだけで感動。

アストリアガーデン。劇場版と同じ景色

ホテルでは許可を得たうえでロビーの写真も撮りまくる。ちなみにこのホテルは、外鍵だけでなく内鍵も鍵穴を回して鍵をかける必要がある。かけ忘れに注意。

ホテルのロビー。劇場版と同じ景色



ほどほどの疲れで快適に眠れる。このころには同行者のいびきで目が覚めることはほとんどなくなっていた。

6日目に続く。

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