見出し画像

自己紹介その3「わたしのしごと」

まいどです。
noteで自己紹介タグと同時に目に留まったんが「私の仕事」タグでした。
ザーッと読んでみる限りでは、私みたいなんは居てはりませんねぇ。
そもそも私ってなんの仕事してるかというと、喫茶店をやってます。
喫茶店をやってるというと日本語的におかしいかもしれません。
喫茶店を営んでいるといった方が正しいんでしょうか。
でも、それもなんか違う気ぃがするんです。

一番しっくりするんは「料理を作ってます」です。

私自身、食べることももちろんですが料理を作ることも大好きで、それを仕事にしてしまいました。
ある意味、とても幸せなことです。好きなことを仕事にできるなんて。
毎日 好きなことをしていられるのですから。

といっても、実のところ そんなに甘いもんではありません。[そりゃ、せやね]
必ずしも作りたい料理を提供できる状況でもないですし、作りたい料理がお客さんが求めてる料理とも限りません。
そこが完全に噛み合うてたら、幸せこの上ないんかも知れませんが・・・正直なところ、私は厨房に立ててるだけで幸せという喜びを知っているので、今以上のことをあまり求めていないのも事実です。

そもそも料理好きになったキッカケは母でした。
ウチは結構厳しい教育方針だったんで、褒められるということは殆どありませんでした。
叱られて悔しいという気持ちが人を育てるという母は、怖かったですし、今でも怖いです。[三つ子の魂百までも]
というても、がみがみとヒステリックに怒ることはありません。
悪い事をしたら叱る、悪い事をしそうになったら注意するという感じです。
叱られることは少なかったですが、いかんせん母の迫力と威圧感は半端やありません。それでも母のことは大好きでしたし(今でも大好き)母も私を愛してくれています。

そんな母ですが、私が小さいころに働きに出ていくことになりました。
毎日働いている母に ある日、ご飯ごしらえがしんどいやろからと一杯のすまし汁を作りました。
すまし汁というても、熱湯にとろろ昆布を入れて、しょうゆを垂らしただけの汁です。
母の大好物のその汁を、仕事から帰ってきて座っていた母に
「お腹減ってない? これ、ウチが作ったんやけど食べる?」
と持っていくと母は涙して
「ありがとう。美味しいわ」
といって抱きしめてくれました。
今思えば、その時、母に何かあったんでしょう。もともと泣いていたのかも知れません。
そこに 思いもかけない子供からの一杯のすまし汁が心に染みたんでしょうか。

子供の私には、そんなことわかるはずもありません。
「お母ちゃんが褒めてくれた!料理するとお母ちゃんが喜んでくれる!」
と思った私は、今まで以上に台所で母の横に立つようになり、料理の手伝いをするようになりました。

母が離婚して、母と二人暮らしになってからもそうです。
ご飯は母が用意してくれていましたが、私も大きくなり出来ることが増えると、一人で買い物に行ったり、簡単な下ごしらえなどを頼まれるようになりました。
高学年になる頃には食材宅配サービスで届けられた食材を添付のレシピを見ながら作るようになりました。
家事の手伝いはもちろんですが、料理すると やはり母は「美味しい、美味しい」とすごく喜んで食べてくれました。

それ以来、料理することは自分の中でも喜びとなったんです。

そしてもう一度最大の転機がありました。
それは高校生になって行き始めたバイト先が仕出し割烹だったことがキッカケです。
厨房の活気、職人の仕事ぶり、それはもう私の目を惹いてやみませんでした。
今まで作ってた料理とは全く違って、美しくて、とびきり美味しい。
自分が作った料理をお客さんがお金を出して食べてくれるなんて、「なんてすごいことなんや」とえらい感動したんです。
「料理することを職業に出来たらなぁ」
このとき、初めて思いました。でも、当時は女が料理人になることなど考えられないという時代で、厨房に立つことなんて夢のまた夢でした。
高校を中退することになって、社長になんでもするから調理場に入れて欲しいと懇願しましたが、当然許されるはずもなく。
毎日毎日、暇が出来たら厨房を眺めてました。
そこで運命の親っさんとの出会いです。
毎日、時間が空いたら厨房を羨望のまなざしで見てる私に親っさんがこう声を掛けてくれました。

「自分 料理好きなんか?」

即答で「はいっ」と答えただけですが、大体のことを察してくれた親っさんは社長に、ホールやレジがメインでも空いた時間に調理補助兼洗い場として厨房に入れてくるように直談判してくれました。
それからというもの、店でお運びしたりレジ売ったりしつつ、朝の暇な時間や休憩時間には料理人さんらと一緒に仕込みさせてもろたり、夜のピークが終わると洗い物させてもろたりと、ちょこちょこ厨房内に入らせてもらったんです。
その嬉しかったこと、嬉しかったこと。
他の従業員からは「都合よぉ 店に使われてる」とは言われましたが、それでも私は嬉しかったんです。厨房に立てることが。

それから料理を仕事にすることができました。
いろいろあって親っさんの元を離れて、余所の店なんかにも勤めることになるんですが、その時も厨房に立つことはホンマに難しいことで許されることではありませんでした。
それ故に
「厨房で料理ができる」
ということは、ホンマにホンマに有り難いことと思うようになり、今に至ります。

「私の仕事は料理人」です・・・とは、恥ずかしいて よぉ言えませんけど
「私の仕事は料理をつくることです」とくらいは胸張って言えそうです。

そして、これからも出来るだけ 1日でも長く厨房に立っていたい。厨房で死にたい。と心底思います。


今日もたくさんあるnoteの中から最後まで読んでくださってありがとうございました。

この記事が参加している募集

自己紹介

読んでくれた皆さん、おおきにです! もしスキとか、シェアしてもらえたら、めっちゃ嬉しいです♪ さらにサポートなんかしてもろえたら天にも昇る気分☆ [そんな奇特な方にも出会いたい(笑)] サポートしてもらったら絵本作りのために使います[夢と希望をnoteに託して]