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ビフォアサンライズと不思議な出会い

その映画はブダペストからパリへ向かう列車のシーンから始まる。ドイツ人の中年夫婦が恐らくどうでもいいことで、延々と言い争っている。ドイツ語なので、何を言っているのかわからない。雰囲気の悪い空気が車内を支配し、隣に座っていたソルボンヌ大学に通うセリーヌは、いたたまれずに席を移動。そこで出会ったのがアメリカ人のジェシー。物語はこんな会話から始まる。

「夫婦はお互いの声が聞き取れなくなるのよ。歳と共に男は高い声を識別できなくなり、女はその反対なの。聞こえなくなるのよ」
「だから殺しあわずに歳を重ねられるのか笑」

普通の若者だったら「うるさくてかなわいね」「イヤなら別れたらいいのに」とかなんとか、殺風景な会話を交わすだろうけど、それじゃ映画が成立しない(笑)。二人はウィーンで下車、ジェシーの翌朝のフライト時間まで(ジェシーはヨーロッパの放浪旅からアメリカへ帰国するところ)街を歩き回ることになる。

市バスに乗ったり、LPが沢山並ぶレコード屋さん(CDではない)を覗いたり、ウィーンの街並みは、いい意味で古ぼけた情緒感に満ちている。レコードの視聴をするには、お店の奥にある電話ボックス程のブースでレコードに針を落とす。…レコードに針を落とす時、手慣れた子は、「プツン」とも針のノイズを鳴らさなかったっけ。

この試聴ブースや観覧車、バスに座席で体が近づくたびに、好奇心旺盛なアメリカンボーイ(が、どこか繊細)と、アンニュイな落ち着き放つフレンチガールの時間はゆっくりと流れていく。

街角でジプシーの占い師に手相を見てもらったり、ドナウ川沿いでは詩人に声を掛けられたり、二人の状況もステキだけど、それを包み込むウィーンの街全体が恋愛に溶け込みそうなやさしさに包まれている。

この作品は何回か見ているのだけど、何度見てもこのセリフのところで必ず勇気をもらい、おなかの底から力が湧いてくる思いだ。神さまかどうかわからないけれど、誰かと話をしたり、一緒にいる時、会話そのものより、その空間が何よりも愛おしく感じるし、その合間で会話をしているように思うから。

「もし神が存在するのなら、人の心の中じゃない。人と人の間のわずかな空間にいる。この世に魔法があるなら、それは人が理解し合おうとする力のこと。たとえ理解できなくても、かまわないの」

さてさて、話はこれだけでは終わらなくて、「ビフォアサンライズ」が大好きすぎて、以前、ツイッターで「この映画が大好きなんだ~!」的なことを呟いたら、♡を付けてくれた人がいた。どんな人かしら?と見に行ってみると、第2章の「ビフォアサンセット」に出てくるパリの本屋さんによく行くのだと、本屋さんの写真を紹介していた。もちろん映画も大好きらしい。

その方はクラシックギターを勉強するために、日本からパリへ渡り、パリで暮らしている若き音楽家の方だった。少しお話して、仲良くなってしまいました。うふ♡ 今ではずいぶん立派になられて、公演のため、帰国されることもあるようだ。ふしぎな映画からふしぎな出会い…。私たちの出会いは恋愛とは程遠いのだけど(だって、音楽家の彼は息子くらいの年齢だから)、私たちの空間にも神さまはいるに違いない。



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