儚い04_鍵束01

鍵束、それは儚い

 カラン、コロン。
 店先で来客を示す真鍮の鐘が鳴った。
 入店した男は、腰に皮の袋をぶら下げたこそ泥だった。物腰を見ればだいたい客がどんな職業なのかくらい、わしにはすぐに見破れた。コソ泥が万引きでもしにきたか。こんな町外れの小さな、古びたわしの店にやってくるという事は、よほどせっぱつまっているのだろう。わしはそしらぬ顔をして、こそ泥の様子を仔細に監視した。

 わしは骨董品を扱う道具屋を営んでいた。取り扱っているのは、ゴミ同然のアイテムだったが、わしはそういうゴミにこそ、不思議と愛着が沸く性質だった。小さな店内に所狭しと並んでいるアイテムは、わしの自慢のコレクションでもあった。店の入り口には、古えの魔導大戦時に使われたと云われる王国の軍旗があり、軒先には、伝説の勇者が使った大魔王の心臓を突き破ったと云われる神槍が吊るしてあった。店の中には、こまごまとした、魔法の砂が入ったガラスポットや幸運をもたらすラピスラズリ、それから絶えず火を灯し続けるランタンなどが並んでいた。ランタンというのは携帯用の光源発生装置で、基本的にはオイルを燃料としている冒険者に必須のアイテムである。ランタンの隣には、セットとして防水マッチを並べて置いてある。絶えず火を灯し続けると謳っておきながらこのランタンはすぐに、よく火が消えるのでそうしていた。わしは、こうした不完全な骨董がたまらなく好きだった。店先の王国軍の旗も、軒先の神槍も、当然偽物だったが、そうした品物にもさまざまな伝説が残っており、ちょっと考えればそれらの伝説が嘘なのはすぐにわかるはずだが、それも含め、わしにとっては自分の子も同然だった。

 男はわしが気付いているとも知れずに、店内のアイテムを腰の袋に入れていった。ああ、そんな乱暴に掴んで、おいおい、そっちは壊れやすいんだぞ、とわしはハラハラした。わしは我慢できなくなって、こそ泥に、ある話を聞かせてやる事にする。
「その昔。大魔王の時代があった」
 こそ泥は一瞬強張った後、万引きするのも忘れて横目にわしを見た。わしは、こそ泥がアイテムに触るのをやめたのでほっとしながら、独り言のように話を続けてやる。
「人々は恐怖し、混沌の時代が続いた。今と同じように各地にモンスターが現れ、人々は救いを求めていた。大魔王による世界征服があと一歩というところまで迫っていた時、ある伝説がよみがえった。それは、いつしか忘れ去られていた伝説の勇者の到来であった。勇者は、たくさんの人々に支えられ、そしてようやく大魔王の封印を果たした。まあ、この辺はお前さんも知っておろう。有名な勇者のおとぎ話だからな。しかし、問題はその後だった。平和が訪れるかに思われた世界は、すぐに混乱の時代に戻った。偉大なる人の王は、なぜか恐怖を求めるがごとくに暴走し、強固な軍勢の矛先を、大魔王の代わりに今度は人類へと向けてしまった。魔導大戦だ。そして、人の王は世界中を蹂躙し、侵略し、そして支配していった。戸籍を作って逃げ場を失くし、階級と言う制度を創ってすべての人をそこに押し込め、土地に線を引いてはそれを領地と呼ばせた。そうしていずれ、人の王は、この世界の全てを手に入れていった」
 こそ泥はわしの話に引き込まれていた。わしは、段々愉快な気持ちになった。
「世界を手に入れた人の王。だが、人間の欲と言うのは恐ろしいもので、とどまるところを知らない。人の王は、次に人々の知識を独り占めしようと考えたのだ。つまり、世界中にある書物の全てを我が物にしようとした。そして、王立図書館が建てられた。今は見る影もなく、ただの廃墟となっておるがな。まあ、そういうわけで、王立図書館にはありとあらゆる書物が納められていく。納められたとは言っても、それはほとんど強奪したものだがね。そして世界の書物は失われていくわけだが、その代わりに世界では書物の価値が限りなく高まっていく。賢者や魔法使いや学者、魔女や司祭に祈祷師、死霊使いや錬金術師といった者達が皆、数少ない書物を求めていたからだ。希少なものとなった書物は、盗賊にとって金目のものより狙い甲斐のあるものになった。世界中の盗賊どもは王立図書館を目指し、再び書物は世界にばら撒かれる事になっていった」
「そりゃあ、いい時代じゃあないか」
 こそ泥が、五本で二ゴールド特価という、どんな扉も開ける鍵束を弄びながら答えた。どんな扉も開けられるなら、一本で十分なのになぜか五本セットというその鍵もわしの大好きなアイテムのひとつだった。鍵束を気にしながらも、わしは話を続けた。
「しかし王国も馬鹿じゃない。本が盗まれないように、様々な対策を練った。そのひとつに『ブック・カース』というものがある。これは、本の奥付けに書かれた呪いの呪文によって、盗人に報いを与えるというもので、これは多くの盗賊を震撼させた」
 こそ泥がごくりと喉を鳴らすのがわかった。
「例えば、それは『この本を盗む者、或いは、借りて返さぬ者よ。ここに記されし呪いの言葉の力によって、必ずや汝にその罰が下される。汝の手は灼熱に焼かれ、激痛を伴ってただちに腐り落ちるであろう。汝の人生はことごとく呪われ、助けを請う事すらままならぬ。苛まれし苦しみは永遠に終わらぬだろう』と言った文言によって書かれておる。これらは、王国直属の魔法職によって組織された、呪術師集団によって作られたものだったから、その呪いの効果は折り紙つきだった。いくら在野の魔法職が本を追い求めたとしてもその呪いに太刀打ちできるはずもなかったわけだ。さて、呪いの効力がどうなったかと言えば、それはすべて盗んだ当人達がかぶった。つまり、盗賊たちは目先のけちくさい報酬に目が眩み、愚かにもその人生を棒に振っちまったというわけさ」
 こそ泥が、手にした鍵を強く握っていた。おいおい、壊れちまう、すぐに力を抜け、このこそ泥め。わしは、最後のダメ押しとして、もう少し話を続けてやった。
「もう察したと思うが、『ブック・カース』は、何も本にだけにしか使えない呪いなどではない。王墓にも使われ、王の墓を暴いた者どもがことごとく病気や事故で死んだ話だって、たとえ若いお前さんでも聞いた事くらいあるだろう。持ち主に必ず不幸を呼び込む絵画や水晶玉の話はどうだ。剣や兜に呪われた王子。他にも数え切れないほど、この手の話はあるぞ。ああ、そうそう。言い忘れておったが、ここにあるものはすべからく、そんないわくつきの物を蒐集したわしの自慢のコレクションだ。ところで、若いこそ泥のお前さん、何か気に入ったアイテムでも見つかったかね」
 盗賊は、鍵束を離して床に落とし、腰につけていた袋を放り投げ、そのまま退散した。
 カラランコロン、カラン。
終わり。

あとがき。
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20150411
仲村十四郎
豊田楽夜

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