制約が人生を豊かにするす
生きるということは楽をするということではないということ
よく自由に生きるような人生を選びたいなんていう人がいますがこの自由とは何を持っての自由なのでしょうか
自由というものは平等と同じくとても扱いにくい言葉のひとつです。
平等とはみんなが横一列になってすべて均等に分配されるものを持つこととすると、この均等に分ける際に一度、一箇所に集めなくてはいけないのです。
この部分がすでに平等という概念が崩れているといっても過言ではないでしょう
なぜならば、平等なのですから本来はそういった役割を背負うこともなってはならないはずなのですから
この理由から共産主義というものは成立しないと歴史からも証明されています。
では、自由に生きるということはなんなのでしょうか
精神的な負担などを負うことなく、ただ時間を消費する行為を自由に生きるというのはやはり生きるということに関して言えば異なるものではないかと考えているのです。
人は制約の中で生きることをよくないことと認識する節がありますがこれは間違いであります。
これは仏教でいうと「規矩」といい規則がある事を前提として人の世界は存在するものとしています。
この規則という枠組みは人間が生きていくのにとても適しているものなのです。
この枠組みはたえず時代の変化に沿うように変化はするものであり、変わらない基本的なものもあります。
自分がこの規矩をどのようなかたちで認識することがその生きるということの見つめるときのヒントになるのではないでしょうか
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