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欅坂脱退後の平手友梨奈がつまらない問題

さんかく窓、ファブル、ドラゴン桜、風の向こうへ駆け抜けろ、六本木クラスと日本映画、ドラマの中心的な役に出つつ、知名度的な意味でも上がっているかもしれない最近の平手友梨奈だが、欅坂時代のオタクとしては退屈の一言。


上記に上げた作品は大衆ばかりに目を向けててつまんないよねを結集したかのような作品ばかりで、欅坂のテーマと言うかその大衆に生きられないようなロック的な立ち位置とまるで重なってなくねという気持ちがずっとある。
ので平手友梨奈は欅坂時代何がしたかったんだというのと、今なにがしたいんだろうとなっている、

自分は欅坂時代の自分のやりたいことを正直にやるスタンスだったり、その平手友梨奈という存在の生物感、不安定さや嘘のなさに惹かれたわけだが、嘘にまみれた作品ばかりをやっていて伝えたいという言葉の意味がすごくしょぼくなっている。と思っている。

音楽活動においても2曲ととても中途半端でFNSがなかったらどうなっていたんだろうというような状態だ。

あまりこういった内容がsns上で見られることはなく、元気そうなどのイメージが増えたが実際のところはインタビューでもあるように欅坂時代とあまり変わってないようにすら見える。

内容のある本音のインタビューがあまりないので行動でしか平手の思考を読み取れないがそれすら困難だ。

事実、欅坂のアカウントをなんとなく持っていての肌感だが、平手友梨奈のビジュに惹かれている信者などはついていけているがうるさいタイプのオタクがあまり浮上していない。
何においてもファンビジネスというのは熱心で中立的なオタクが必要だと自分は思っているが、その存在があまり見えてこない今の状態はものすごく危険だと考える。

じゃあこれから平手はどうしてけばいいのか?という話だが、それがとてもムズい。
個人的にはそこまで売れなくても、平手主体の創作が見たい。
具体的に言えば歌詞の制作、ライブの制作、もっといえば映画、舞台の制作。

正直ここは平手がどうなりたいのか?というのが大事だと思うのだが、いつも将来未来はわからないと言っているように本人の欲があまりないと思うのだが、ダンスの理由であるように虚構の世界で生きていけない救わなきゃいけない人をちゃんと救おうとするべき存在だと思うし、その意味ですごく存在価値が高いと思う。

個人の幸せという話がよく出るが、身を削ってその役割をできる事自体すごく幸福、価値のあることだという考えも可能だ。と自分は思う。

あの正直に全うに生きようとするからこそ、葛藤にまみれた苦しかった欅坂時代もやはり美しいものだったと自分は思っている。

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