三者三様ーショートショート
◇部下の場合
「ん~?」
パソコンの同じ画面でさっきから30分はにらめっこをしている。ネットでも調べているが一向に原因が分からない。
そもそも自分のパソコンじゃないから、操作が悪かったのか機械の不具合なのか、それすら検討がつかないのだ。急がないと会議時間になってしまうのに。
若い世代が皆デジタルに強いなんてマジ幻想だよ。こちとら初めて手にしたモバイルはスマホの世代なんだから。家にパソコンがなかった訳じゃないけど、それより共有タブレットで動画とか見てたし。
なんて、一人でブツクサ言ってみる。ヤバい、時間だ。仕方ない。
会社からの支給パソコンは諦めて、自分のスマホで繋ぐ。念のためこっちにもアプリを入れておいて良かった。
『……』
『では、すみませんが、よろしくお願いします』
つい、映像でもお辞儀をして通信を切る。たった15分、されど15分。新企画についてとテレワーク体制についてと会社からの連絡事項。脳みそがパンパンだ。
でも、この体制になってから上の人たちと絡まなくなって本当に助かる。リーダーには悪いけど、副部長から受ける粘着質な指摘には本当に辟易していたから。
「リーダーは素敵だよなぁ…」
いつもキリっとしていて私たちを纏めてくれる姉御肌の女性。中継ぎなんて面倒なはずなのに、さりげないサポートには感謝しかない。こちらも好意に背かぬよう勤しまねばなんだけど…。
差し当たっては、この物言わぬパソコンをどうするか。
◇リーダーの場合
『了解。じゃあ、取り纏めて副部長に上げとく』
『すみませんが、よろしくお願いします』
プチッ。音声通話をオフにして「ん~……」、伸びをする。会社と違い、極限まで腕を伸ばしても誰に咎められることもない。
入社2年目の後輩は悪い子でも出来ない子でもないが、若干潔癖すぎるきらいなのが玉に瑕だ。応用力がないのは仕方ないけど、マニュアル的性質なので心の中では〈取扱注意〉の札を貼っている。
「ふー…」
オンライン会議上での意見メモを書類に起こしながら、眉の間の皺を伸ばす。
実務より管理的な仕事が増えてきた身にとって、テレワークはメリットしかないと思っていた。見えないところは手を抜けるし、オナラをしようが腹を掻こうが自由。しかし現実は…
「副部長をひとりっじめ~」
ピューイッと口を鳴らし、纏めたテキストデータを添付してメール送信☆なんて気分だったのは最初だけ。今はただただ不安しかない。
齢42の副部長は、オンライン及び腰派だ。オンライン会議もチャットも、「そっちでやったのを上げてくれたらいいよ」と軽く投げた。出社時の会議では皆勤賞だったのに。
少しワンマン風な部分もあるが、基本は部下想いで手を抜かない副部長にこっそり寄せていた好意。認めてほしくて頑張ってきた。なのにテレワークになってから、どうもカラ回っている気がする。ヤバい、焦る。
今までは何にでも顔を突っ込んできたが、リーダーとのやり取りがメインの今は私が命綱なんだから。頑張らないと。
◇副部長の場合
ピコンッ。
電子音がメールの受信を報せる。今いいとこだからなー。もうちょい。20インチのデスクトップ画面では主人公が窮地の手に汗握るシーン真っただ中だ。
『助けに来たわよ、ミラクルピーチ!』
「ライムちゃん‼」
ボロボロのピーチを救うのは毎度お馴染みクールライム。鮮やかにピーチを敵から救い出し、さらに一撃を加える。ここからはライムとピーチが共同で敵をやっつけるのがいつもの展開。だが、今回は旗色が悪い。
『あっ…』
ライムが敵に陥落し、ピーチもボロボロ。このままでは二人ともやられてしまう。そこへ現れる黒い影。もしや…と思ったら『…to be continued』。続きが気になる終わり方だけど、ひとまず作業後としよう。
先ほど届いたメールをチェック。グループリーダーが会議内容を纏めてくれた議事録付きだ。そちらにも目を通す。幾つかの確認事項と気になる点を挙げ、さらに上への確認が要るものは保留との返信を打つ。
「テレワーク様々だよなぁ」
メールの送信画面を見ながらポツリ。ついでにさっさと上への確認を行い、さっきの内容を仕事の割り振りに反映させておこう。
テレワークが決まった時、真っ先にしたのはリーダーへの丸投げだった。オンラインとかよく分からんし、といった体でチャットやWEB会議を拒否し、そこでの取り纏めを頼んだのだ。
実際には以前から地元に住む友人たちとWEB上でチャットやゲーム、今でいうオンライン飲み会みたいなこともしているから疎くはない。ただ、リアルとオンラインでの仕事の仕方を変えただけだ。
リアルはセクハラだパワハラだと気を付けなければならない事が多すぎるのに、会議などへの出席率や振る舞いも評価に加味される。
部下は評価されるのは自分らばかりで、役職になったら評価する側みたいに思っているがとんでもない。中途半端な役付きの方が、上から下から大忙しだ。そこにコンプライアンスだのハラスメントだの。まずは真面目に仕事をしろと物申したい。ぶっちゃけ、職場にいる時間の8割は雑用みたいなものなのだ。
「それが仕事っちゃ仕事ですけどねー」
しょーもない会議がなくなったら自分の仕事など圧縮して2時間で終わる。あとは全社・部門チャットを流し見してリーダー報告との齟齬がないかの把握くらいだ。
そもそも会議なんて部長が出てるから仕切るけど、擦れていないフレッシュな意見の方が参考になる。足りていない部分はフォローすりゃいいし。それをグループリーダーが「副部長はどう思いますか?」などと回してくるからヤヤコシイのだ。
ピコンッ。メールを受信。送信先を確認して開く。
「ふはー…」
先ほどのリーダーからだ。『さすが』だの『気付きませんでした』だの、そんなんはいいから早く確認しなさいよと言いたい。しているんだろうけど何かと無駄が多い。
取り纏めでリーダーとしての自覚や下の意見を見る力を養ってほしかったのだが、これは不発だっただろうか。
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