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二人で昔話を

結論としては違ったのだけど、「もしや妊娠しているのでは」と思いひやひやするような、わくわくするような気持ちでしばらく過ごしていた。
私は健康な人よか妊娠しづらいので、気を付けなければ妊娠はしない(教科書の逆)と思っている。それなのに、この数週間はひやひやするような、わくわくするような、そしてちょっと寂しいような気持ちだった。つい先日、年子となる下の子を妊娠中の友人が「また新生児が見れるのは嬉しいけど、一気に子育てをするのがもったいないような気もして、ないものねだりなんだけど」と言っていたのも思い出していた。杞憂だった。別に妊活をしていないのに妊活をしていた時のような、ぐしゃっと握りつぶすような音が心の奥のほうでした気がした。

しかしその頃と違うのは、後ろを振り向くとニカっと笑う四角い小さい笑顔が待っている。近頃はずり這いやつかまり立ちをするので顔の肉が重力に従って下がったのか、顔が四角っぽい。動き始めると痩せると聞いたがその兆しを傍からみている分には感じず、弾みそうな体を重たそうに力いっぱい持ち上げている。
二人目が欲しいかというと、同居人も私もきょうだいはいたほうが楽しいという認識はある。私は一人いるのだからお金や年齢も踏まえて妊活のステップアップは慎重にと現段階では思っている。同居人は子とは別の性別の子が欲しいようである。
この子だけでも十分幸せなのは間違いない。

そんな我が子が前述のとおりつかまり立ちをしはじめたのでベビーベッドを卒業出来たらと思い、先日一度チャレンジした。
つかまり立ちをベビーベッドでされると転落の危険もあるし、卒業するという環境の変化を与えるなら少しでも物心がつく前の方がいいだろうと思った。何事も「物心がつく前に」と思いながらやっているので、色々チャレンジするのは早めかもしれない。
ひとまず大人用の敷布団を2枚しいて子のスペースを作った。それでもフローリングの部分は覆いきれないが多少なので目をつぶり、寝かせることにした。ちなみに子は大人の気配がすると気になって寝ないので、空き部屋に一人で眠っている。
モニターで確認していると予想どおり寝ずにずり這ってうろうろしていた。泣いたりうろうろしたりを繰り返しており、少し寝かしつけをすると眠かったのもあり眠ってくれた。しかし大人が寝る段階になってベビーゲートのロックの「がちゃん」という音で覚醒した。そこから3時間は寝なかった。

初めの1時間は私が寝かしつけをしていた。大体これでうまくいくのに今日は目がぱっちり開いているのが暗闇でもわかる。子が動く、動きを止める、目がぱっちりを確認、繰り返しているとたかだか1時間なのに心が折れかかってきた。同居人がいる日だったので交代する。
同居人の寝かしつけは正直、こういう寝ない夜はほぼ無効だ。逆効果な時すらある。日中に寝かせるのは私よりうまいのに、夜にしっかり長く寝かせるのは壊滅的である。本人はそう思っていないのが問題なので度々伝えるのだがいまいち伝わらない。
1時間後、よく覚醒した元気な子を受け取り交代する。同居人から交代してからはだいぶ眠たそうになったものの、寝ない。交代前に戻ったくらいな感覚はある。私がいない側の手足がふんふんとワイパーのように動く。それを止めると嫌がる。体のぶつかるところを探しているようにも見える。ためしに壁によせ、壁・子・私の川の字(?)になってみると、壁の存在をしばらく確かめていた。満足すると壁に背をむけて手足をふんふんと動かすようになった。壁があることがわかって安心したのか、壁に文字通り背中を預けることにしたようである。動かす側の手足に寄ってやり、しばらくするとどうにか眠った。

確かに、暗闇の中で手も足もぶつからない空間に一人で放置されるのはブラックホールに落っこちたようなものかもしれない。
しかも数カ月前まで狭い狭い子宮の中にいたのだ。
子宮の中にいた時間の方がまだ長いかもしれない。
まだそんなに記憶を私の中に残していたのだ。
まだ忘れたくない胎動やおなかの硬さを徐々に思い出せなくなる私に、「こうだったでしょ」と昔話をするように泣き、この世界での違和感を教えてくれる。あなたの「こうだったでしょ」に「これからはこうするんだよ」と教える私に、忘れたくないものを教えてくれるのだ。忘れてほしくないけど、君が忘れていったら、教えてもらった私だけでも覚えておこう。だからまだ、もう少し君とだけ昔話をしたい。

(結局ベビーベッドを下の方まで下げたら柵に届かなくなり、ひとまず事なきを得た。また敷布団になるときは敷布団の周りにベビーサークルを準備しよう、と寝不足の大人たちは話しあった。朝もいつもよりだいぶ早く起きた。)


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