見出し画像

美味しすぎない「ハンバーグカレー」

地下にある店は大体よいのだ。街中の喧騒を背に階下に足を運ぶと、空気が少しずつジメッとしてくる。複数ある飲食店の様々な臭いが混じって篭り、独特な空気が充満してくる。

画像1

漢字でひと文字「花」と描かれたネオンの横で、明らかにスナックの入り口であろう重い扉を押し開く。ランチ時とは思えないほどに店内は仄暗い。闇に目が慣れない。「お好きな席にどうぞー」と暗がりから女性の声が聞こえた。

画像2

恐る恐る座るイスは、座面と背もたれが垂直だ。ヤニで色づいた壁を電球色の光がほんのり照らし、煙草の吸殻の臭いと夜の香水の匂いが入り混じる。スピーカーの中でジルベルト・ジルが雰囲気良く歌い上げ、ビートを無視したテレビ越しの坂上忍が下手なラップよろしく話している。ココは昼と夜、きっと現実と虚構の狭間なのだろう。そう思うより仕方がない。

X JAPANか、それとも極悪同盟か。強烈に個性的なママが現れ注文を問うてきた。メニューを見る目がどうにも滑る。モチーフはYOSHIKIなのかTOSHlなのか、それともBULLなのかDUMPなのかと気になりながら、何となくハンバーグカレーを注文する。

画像3

思いのほか深いスパイスのカレー。ひと回しのコーヒーフレッシュ。焦げ目のついたハンバーグが香ばしく、許容ギリギリに柔らかく炊かれた白米が「美味すぎなく」纏め上げる。

しかしどうにも量が多い。この後ボーイとして働かされるような、そして働く前に「しっかりと腹ごしらえするんだよ!」と責め立てられているような、不思議な感覚に陥る。そんな虚ろな時間を締めるのは、濃く淹れられたアイスコーヒーだ。

画像4

恐らく10倍に希釈すべき濃縮されたコーヒー原液を、2倍程度にしか薄めず出しているに違いない。コーヒーは苦くてなんぼだ。ふらりとやって来た初老の客が「ポークカレー」と言葉を投げる刹那、煙草に火をつける。煙が揺らぐ。喫茶店やスナックなんてそんなもんなんだ。テレビの中で何やら文句ありげな坂上忍の顔を背に店を出た。



この記事が参加している募集

サポートいただいたお金で絶妙なお店にランチにいきます。