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固有の喪失を回復するまでに

ひとは手に入れていないものを求める。手に入っていれば新たに求めることはない。欲しいものは必ずまだその手の内にはないか、あるいは失ったもの。今やみんなこれまでの生活を失った。

みんな持って生まれたものでかつ今持っているもので生きている。何が好きで、人より何が得意で、こういうときに幸せを感じて、あのような風景に満たされる、そういうことでのみ活路が見出され、生活が豊かになる。社会との接点の中に自分の固有の感情を揺さぶるものが立ち現れる。それを集めていけばいい。育てていけばいい。ときにはそれを失うこともあるけれども。

それがわたしにとり何かと考えれば、親切で思慮深い友・先輩・後輩、少しずつ消費される積ん読の本、あちらこちらで見つける美味しい菓子、世界を彩る深いことばの数々であって、今日もそう考えて、エッグタルトを買ってしまう。でも、みんなにはまだそうそう会えない。

ひとびとは強制的に相互監視に置かれて、この一年以上分断されてきた。ひととひとの分断をリニューアルした形で接続しなおすことに社会は躍起になってきたが、でもわたしはわたしの中の固有の喪失を、元の形で回復したい。

この災厄が終わっても、またいつか別の災厄が訪れる。いつまでも、今のわたしがあるとは限らない。今やれることは、喪失を回復するまでに、数歩先に進んでおくこと。この先、再び本来の自分が失われても生きられるように。




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