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Vol.23「寄せる」「取り戻す」「取り入れる」「向かう」「動かす」

2年半前に起業したTさんは、求人企業と求職者をつなぐ人材紹介の会社を経営しています。創業から短期間で仕組みを作り、事業を軌道に乗せ、順風満帆に運営に当たられていました。しかし、外部の要因が事業に影響を与え、事業自体も一時は苦しい状況に。現在は再び成長軌道に戻りつつあるとのことですが、今回は、この上昇と下降を経験されたTさんのレンズを通して、改めて経営と運営について伺う場となりました。

新しい経営の考え方に、自分を【寄せる】ことに挑戦した創業期

「ミッション、ビジョン、バリューを定義することは経営にとって本当に不可欠なのか。ミッション、ビジョン、バリューという基本的な思想を持たなくても経営は可能なのではないか」という疑問に挑戦し、自身を新しい経営の考え方(あえて、経営理念等を設定しない)に「寄せる」ことを決断した創業期のTさん。
もともと緻密な業務のオペレーション設計が得意なTさんが取り組んだのは、「求職者と募集案件のマッチングを誰もができるようにすることを基準とした、オペレーションの徹底構築」でした。オペレーションを整え、メンバーを配置し、現場のマネジメントは構築したオペレーションの運用を徹底する。オペレーションに徹底的に寄せた仮説が市場に合致するとしたら、人材紹介業界に後発で参入しても十分に市場で生き残ることができる。さらには、経営理念などがなくても、オペレーションが経営と利益を牽引すると見立てたのです。もちろん、緻密なオペレーションは、極限まで無駄なコストを低減し、利益を創出させるに違いないという点も踏まえて。
Tさんの一貫したオペレーションに寄せた経営は、人員に関しても同様でした。正社員を増やさず、標準化されたオペレーションを導入し、経験の浅いメンバーでも高い生産性を維持すると同時に、採用コストも抑制させたのです。このようにミッションやビジョンを意識しない経営方針を追求し、コストや生産性を経済的指標として掲げた経営は、営業利益率65%という高い収益性を確立し、短期間で事業の利益を叩き出したのです。

本来の自分が事業に込めた想いを【取り戻す】そして【取り入れる】ことに気づき、再生へ

オペレーションに寄せた事業が順風満帆で、ご自身の立てた「理念なしでも高利益は実現できる」と結論を出しかけたTさんですが、振り返って、このように話されます。
「お話しした通り、オペレーションの標準化に依拠した高い営業利益率と、経営者が手を動かさずに業務を進められる美学を重視していました。どんな人でも業務に対応できることを前提にオペレーションを設計すれば、強固な企業になると信じて取り組みましたし、自らそれを実現できると思って取り組んでいました」
ある種、Tさんの実験のような運営は、想像以上の成功をおさめたかに見えましたが、根幹から状況を覆す事態が発生します。利用していたマーケティングチャネルが使えなくなり、オペレーションも変更を余儀なくされたのです。結果的に、事業は下降の一途を辿り、ついには売上がゼロにまで落ち込んでしまいます。
2年で築いた、オペレーションに徹底追従した運営が、外部環境の変化に押しつぶされる事態を迎え、会社のあり方自体の刷新を迫られるのです。
「起業時に描いていた本来の事業に対して、ビジョンやバリューのイメージを自分は持っていました。ただ、今回は徹底的にオペレーションに寄せると決めて取り組み続けました。しかし、外部環境の変動に柔軟に対応するためには、将来10年や15年を見据えた体制の構築が不可欠だという理解に改めて至りました」
このように様々な経緯を経て、Tさんは本来の想いを「取り戻す」と同時に「取り入れる」と決断されました。極度にオペレーションに特化した運営ではなく、自身の事業などに対する価値や理念も反映した運営、体制へと舵を切るのです。

未来に【向かう】【動かす】2度目の形成期

「ミッション、ビジョン、バリュー無しの経営は諸刃の剣であった」との検証と反省を踏まえ、「KPIだけを追いかけるオペレーションではなく、まずはミッション、ビジョン、バリューをしっかりと構築し、それに基づく行動指針を策定する」ーーTさんは、次の挑戦ステージに「向かう」ことを選択します。
創業時に描いていた事業バリューとは「キャリアアドバイザーを内部に持てない企業に対して付加価値を提供すること」でした。
現在、法人顧客は自社で採用活動が可能な一方で、キャリアアドバイザーの内部採用は難しいというジレンマがあります。この矛盾を受け入れながらも、Tさんは「お客様が、サービスに課金しても有り余るメリットを享受してほしい。それこそが自社の価値」と社内に発信し、社員を「動かす」ことに意識を向けています。

ただし、標準オペレーションに頼る社員たちにはその意義が理解されにくいとの課題も抱えています。最新のマーケティングチャネルの活用を開始し、売上も元に戻ったものの、コストレベルは以前の倍に増加しています。さらに、マッチングの決定率の向上が求められ、社員のスキル向上が不可欠。これまでは、スキルに頼らない仕組みで成長させてきた事業でしたが、転換期を迎え、人材のスキルに大きなばらつきがあることで事業の成果を脅かす状態と直面します。そこで、Tさんは、「スキルと実績に基づく評価制度」および「知人やコネクションに依存せず、確かな採用プロセス」を掲げた運営に着手されます。まさに、会社のバリューなどを軸にしながら、新たな運営方針を打ち出された形です。
さらに、ご自身を含めた経営層のあり方についても「部下からの苦言に対峙する強さ」を持ち合わせた人材である点を重視した方針を掲げています。
Tさんは「挑戦をクリエイトしていくエージェントが揃う組織でありたいですし、求職者の新しい挑戦に対して、エージェントとしてその道筋を開発していくことを大切に思っている人と仕事をしたい」と力強く話されます。
まさに、Tさんの想いを詰め、ミッション、ビジョン、バリューと連動した組織運営の萌芽を感じられますね。
「ビジネスに問題が発生することはいとわない。問題を解決し、会社と自分が成長できることに喜びを感じる」と、笑顔で語るTさん。前向きさだけでなく、理論的かつ現実的なアプローチで経営に取り組む姿勢が印象的でした。
経営に対するご自身のロジックを基に、失敗からの学びや他の経営者との交流で得た知見を加え、より事業運営と成功への道筋を強固なものにする。壮大な実験と日々の積み重ねは、伺う以上に地道で大変な作業です。Tさんが、常にその先を見据える向上心を持って、課題をご自身のモチベーションに変える姿勢は、ビジネスとの真摯な対峙とご自身の胆力がみなぎるものでした。伺う私たちにも、パワーを分けていただくような時間となりました。

【取材協力】
IT業 T様

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