ゆめのようなひびを。

数日前、商店街であるポスターを見かけた。
その日も、いつものように仕事帰りにスーパーに寄り、夕食の食材を買って帰るところだった。夕焼けのまぶしさに目を細めながら、にぎわう商店街を歩いているとき、ふと誰かの視線を感じた。振り返ってみても特に怪しい人もいなかったので、気のせいかと思った。一歩二歩と歩いて、やっぱり後ろがなんだか気になって、少し勢いよく振り返った。ぐいっとすごい力に引き寄せられるように、僕は一枚のポスターと目が合った。近寄っていくと、それはどんどんつよい力で僕を睨んだ。らんらんとした目はぎらつき、まるで地獄の業火をそのまま目玉としているよう。真一文字に引き結ばれた大きな唇の端からは微かに鋭い光が漏れ、その刃の切れ味は想像することさえはばかられる。ポスターという小さな穴から、現世の行いを監視している閻魔大王のようだなと思った。ぞわぞわしながらそんなことを考えていたら、すこし後ろから突然「あーっ!!!」と大きな声がした。びっくりして思わず振り向くと、お母さんに連れられた小さな女の子がいた。彼女は「おかーさん!!!!」とその大きな声のまま母親に笑いかけた。
「えんまいち!!!!!!!!」
どうやらこの人物は地獄の閻魔大王で間違いないらしい。楽しそうな笑顔を浮かべた女の子は、母親にはいはいとなだめられながら歩いて行ってしまった。僕はあんなに小さな女の子がこの恐ろしい顔を見て、あんなに無邪気に笑っていたことがとても不思議だった。あんなに小さな子が、こんなに恐ろしい顔を見てする反応とは思えなかった。
ポスターに書かれた日にちを確認して、僕は家路を急いだ。

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ポスターに書かれた日にちは6月14日、15日、16日。
子供の頃、ぎらぎらした瞳の彫刻のポスターが小学校の玄関に貼られていた。最近のポスターはとてもやさしげなイラストの物が多いみたい。
この三日間は大人も子供も浮かれ騒ぐ。この街で生まれ育った人たちはたぶん刷り込みのようになっている。と思う。そのくらい、どこからわいて出たんだろうというくらい、街中の人々が集まってくる。よちよち歩きのおちびさんから、腰の曲がったおじいさんまで。仕事中もそわそわして、大急ぎで帰って飲みに出かける。ランドセルを玄関に投げ捨てて、立ち漕ぎで息を切らして集合場所に駆け付ける。三日間だけの、夢のような時間。
閻魔堂を中心に2キロにわたる露店街。飲み食いしながら、誰かとしゃべりながら、二時間でも、三時間でも、歩き続ける。外の人からしたら訳わかんないだろうな。でもここでしか再会できない人がいる。話せない話がある。出来ない格好がある。少なくとも私はそうだった。夜のほの暗い露店街を、人のごった返す中を、浴衣で歩きながらきょろきょろ好きな人を探した。普段の制服とのギャップに、ちょっとどきっとしてくれないかなとか考えながら。そんな夢の時間が、またやってきたのです。もうその人には会えないけれど、私はあの頃の私じゃないけれど。

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