『熱帯』 聖地巡礼記 #1
「私の聖地巡礼だけが本物なの」
はじめに
2017年の春、私は彼女に袖にされた。
心にぽっかりと空いた穴を埋めるべく書店をふらふらと彷徨っていると、中村佑介さんの装丁に目を引かれ、『夜は短し歩けよ乙女』を手に取った。「当分の間、デート代もかからないし本でも買うか」と軽い気持ちでレジへと向かったのだが、後にKZNewsを名乗り、森見主義者として聖地巡礼マスターを目指すことになるとは、この時の私は知る由もなかった。
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『熱帯』は私が聖地巡礼マスターを目指すきっかけとなった作品である。
私は『沈黙しない読書会』に集った方々によって結成された「学団」のメンバーとして、『熱帯』の聖地を巡礼することを主な任務として活動してきた。
この手記では、何章かにわたって『熱帯』の聖地を巡って私が体験したことについて語っていけたらと思う。
第一章 KZNews氏、中井書房を訪ねる
まず私は、作品の中で登美彦氏が『熱帯』を見つけたという中井書房を訪れた。
中井書房は作品と同じ店名で、二条大橋の近くにひっそりと佇んでいた。季節は作品と同じ夏であったため、汗を流しながら三条駅から鴨川沿いを歩いてきた私にとって、ひんやりとした店内は、まさに無料で涼める場所として大変ありがたかった。
店内に入り私がまず感激したことは、作品の描写と同じように、入り口の脇に「百円均一」のコーナーが設けられていたことである。
「もしや、ここに・・・」と胸を昂らせそのコーナーを覗いてみたが、例の古風なデザインを見つけることはできなかった。
しかし、『熱帯』の参考文献として使用された『秘境西域八年の潜行』に出会うことができた。
やはり、古本には神様が宿っていたのだ。
なむなむ!
「こうして出逢ったのも、何かの御縁」
私は3冊の古本を抱えてレジに向かい、店主に商品の会計と写真撮影の許可をお願いした。店主は快く承諾して下さり、この書店が数十年前にとある映画のロケ地として使われたことについて教えて下さった。
店主に挨拶をし、ホテルに戻って購入した古本をもとに心の穴を埋めるようと店先へ歩みを進めていると、ソフトクリームを持った少年が文庫本の棚にもたれながら薄ら笑いを浮かべていた。
「無理はしないほうがいいぜ、兄さん」
「私の恋路を邪魔したのはおまえだな」
私は法然院学生ハイツの住人よろしく後ろ向きの叫び声を上げそうになったが、紳士らしく耐えた。そして、万能のお祈りの言葉を何度もつぶやき、灼熱の京都の街に歩みを進めた。
なむなむ。なむなむ。なむなむ。。。
【第二章に続く】