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西田幾多郎の『善の研究』:生と死を越えて

・はじめに

西田幾多郎の『善の研究』において、「生と死を越えて」というテーマは、私たちの存在や生死について深い洞察を与えてくれます。
哲学の原点には悲哀があり、その悲しみの中で、私たちは言葉にならない感情を抱き、何かを表現しようとします。

・絶対矛盾的自己同一と多の一

西田幾多郎は、「絶対矛盾的自己同一」という概念を通じて、異なるものがそのまま一つになることの重要性を説きます。
私たちは物事を二つに分けがちですが、実際にはそれらが一つの存在として捉えられることが求められます。
自分が見ていることは、他者が見れば全く別の見え方をしていることも理解しなければなりません。
また、「多の一」という概念では、何を一つにするかが重要です。
自分を一とするならば、多はみんなになります。
つまり、私たちは個々でありながら、同時に人類の一部であり、他者との繋がりを持っているのです。

・永遠の今と人格的生命

西田は、過去と未来が現在に繋がり、永遠の今が存在するという考えを提示しています。
現在は未来によって引っ張られ、様々な働きの中で形成されます。このように、私たちは永遠の中に今を生きているのです。
さらに、生物的生命は死によって終わりますが、人格的生命は他者との繋がりがある限り、生き続けると西田は説いています。
たとえ肉体が消え去っても、私たちの人格は他の人々の中で生き続けるのです。

・おわりに

哲学の原点である悲哀を抱えながらも、私たちは生と死を超越し、他者との繋がりの中で永遠に生き続けることができるのです。
自分の判断基準が絶対に正しいとは限らず、柔軟な考え方を持つことで、自己を広げ、より多くの人々の中で生き続けることができるでしょう。

西田幾多郎の『善の研究』について第四回までお付き合いいただきありがとうございました。
お楽しみ頂けたでしょうか?
次回からは「ハイデガー」についてお話ししていきます!
ハイデガーについて
マルティン・ハイデガー(1889年 - 1976年)
20世紀を代表するドイツの哲学者で、特に存在論に関する研究で知られています。
彼の主著『存在と時間』(1927年)は、現代哲学に大きな影響を与えた重要な作品です。
ハイデガーの哲学の中心的なテーマは「存在」の問いです。
彼は、西洋哲学が伝統的に「存在そのもの」を見落としてきたと批判し、人間の存在を通じて存在の意味を再考しようとしました。
彼は、日常的な生活の中での「存在」がいかにして自己の理解に影響を与えるのかを分析し、存在を時間的なものとして捉えました。
また、ハイデガーは技術や近代社会についての批判的考察も行っており、技術が人間と世界との関係を変えてしまうことへの警鐘を鳴らしました。
彼の思想は、実存主義、現象学、解釈学、さらにはポストモダン思想にまで広範な影響を与えました。

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